ひとりじめ
「うわー、すっごいね。やっぱクリスの『声』はヤバいわ」
私とディーは空から兵士たちの記憶が消されていくのを見てた。
南の山と、いきなりできた湖で兵士の行く手をせばめ、そのかたまりを一つずつ消化していく。
声を聴いた兵士はその後、何もなかったようにバラバラ歩いて行った。
ぶっちゃけてこれは洗脳になるんだけど、この人たちが「グレナデンに勝った、ラーウースはエラい!」と広めては大変なことになってしまう。
「兄上の声に制限があると言っていたが、どのくらいなんだ?」
「うーん、あの日は…」
王妃に捕らえられた時のことを思い出し、クリスが声で人を従わせた回数を指折る。
牢屋の人、黒いヨロイ、鳥たち…他にも出くわした文官や使用人に使ってたんだけど、
「後宮から城に出たら声が出なくなって、それまでに二十回くらいだったかな」
「大丈夫か?」
「それがね、エルドリスと親方が新しい板を作ったんだよ。音を大きく広げる魔法が板に入ってるの。だからクリスの声は遠くにまで響いてると思うし、回数も少なくできてるんじゃないかな。万が一ダメだったら兵士はフルームに泊めるって」
クリスとともに、近衛隊のコンベックスさんとカーディナルの商人たちがいる。
声は上空の私たちにも聞こえてるから、そうとう広く届いてるんじゃないだろうか。
「効き具合にばらつきはあったりしないだろうか」
「そうだねえ。でも帰っていく人は言いあいしてないし、大丈夫じゃないかな」
もし一人でも記憶が消えてなかったらヤバいかもだけど、国はいずれ情報を広げていくだろうし。
(それからあの湖…すごいな)
深い青の、いきなりできた大きな水たまり。
砂地だから水がしみこんでしまうのに、大きさが変わっていないのはアズーがそうとう頑張っているからだろう。
ドサンコちゃんが動きを止め、ホバリングする。
「なあ…アズー殿のことなんだが」
「え、何?」
ディーは一度湖を眺めていたが、こちらを向いた。
「アズー殿は、サギリの事が好きだと思うんだが」
「えっ?! え? 何言ってんの?」
あいつが?! だって私のこと、馬鹿にしてたんだよ?
「ほら来た。サギリは他人の好意に鈍いのだから。ダンだって気づいていたのに」
「やだなあ。それでディーはこの前からムスッとしてたのか。私はディーしか好きじゃないよ。アズー、素直ないい子だけどさ」
「彼の気持ちはわかるのだ。アズー殿は俺に似ているからな」
「女の子苦手なとことか?」
ドサンコちゃんがブルル、と言った。笑ってるみたいに。
「そうだ。そんな彼の心をお前がこじ開けたんだろう?」
「だってさー。ムカついてたんだもん。謝らせたくって」
「そういうのが、心の奥を突いてしまうのだ」
湖は風によって波を起こす。
「サギリの良さを知られるのは…苦しいな。いっそ、閉じ込めてしまいたい」
ディーは私の額にキスをした。「しかし、それはサギリを死なせるのと同じだからな」
うわー、やきもち焼かれてる?
「うれしい…」
「そ、そうなのか」
「うれしい。ディーがそんな気持ちでいてくれるなんて、私ってそんなにすごい?」
「そうだ。実に妬けるが、お前は人の心を開く。それがサギリの魅力だ。誰にも好かれて当然だから…俺は大きく構える力を身につけないとな」
「そう思ってくれるだけで、十分」
私はディーをぎゅっと抱きしめる。
「愛情を勘違いして束縛する男なんかワンサカいるんだよ。でもディーは違う。そういう大きなとこ、好き!」
「大きい…か。とんでもないけどな」
ドサンコちゃんの上。私たちは抱き合う。
「メリクールに帰ったら…続き、いいよ?」
「う?! うむ…」
「がんばってね」
「善処する」
「ああ、でもこの前みたいにセンパイとかの話は聞いちゃだめだよ。変なことになるから」
ダンに本でも持ってこさせようかな…いや、父さんにそんな本…まずいか。
「とにかく、焦んない。私たちは私たちで楽しめばいいんだから」
「そうだな。サギリがいるだけで、笑ってくれるだけで、俺は十分だ。欲張らなくて、いいのだな」
長いキスをした。呼吸がやばくなったら無理をせず口をはなし、また触れて。
何度も何度も、キスを繰り返す。
彼の耳たぶを触った。熱いな。ホントに愛されてるんだ。
愛されれば愛されるほど、私は強くなれる。