苦難の道?
ぶわっと、大風に押される。
「うっわ…」
さっきから目を覆ってばかりだ。ドサンコちゃんの鞍は強化してあって私たちは足を固定されているのだが、ドサンコちゃん自体が風にやられたら一緒に落ちてしまう。
口も鼻ももう砂でぐしゃぐしゃ。目は涙まみれ。
「凄まじいな。これをグラインは越えたのか」
「たしか動けなくて砂嵐が収まるのを待ったって言ってたよね」
高いところからだと砂漠もただ「砂!」じゃなくて海みたいに波をうったり渦を巻いたりしている。
「あっちに山があるよね」
南の方を指さす。「あっちに寄ると風はどうなるかな」
「大して高く飛んでいるわけではないからな」
そうか。私たちはせいぜい10メートルくらいしか浮いてない。飛行機みたいに上空へ行ってしまえば天気もクソもないけど空気も薄くなるんだっけ。
「うまく風をつかめればグラインより早く行けるかもしれないのだが」
同じ時間にスタートしたけど、今はあっちの方が先へ行ってるかな。風がきつくてドサンコちゃんがたまにあおられてしまう。
(もしかしてこの状態だと馬車の方が早かったりする…?)
ダンと近衛隊もそれぞれ馬と馬車で移動を始めている。
「サギリ、しっかり捕まっていろよ。姿勢は低くしていてくれ」
「う、うん」
「そしてドサンコ。お前も頑張れ。頼りにしているんだ」
ディーもこの子をドサンコと呼ぶのか。ドサンコちゃんはブルルル、と鳴いた。
「まだ通信板は使えているか?」
「あ、うん。みんなの言葉はわかるよ」
私は板を二つぶら下げている。スマホとスマホもどきだ。王都を出たとか、タイヤの様子がおかしいとか、いろいろな情報が見える。
「グラインは?」
「あっ…?! わかんない。喋ってないだけかも」
「あいつはもう、届かないところへ入ったかもしれん」
私は本物の方のスマホで周りの風景を撮った。ダンに送れと言われているのだ。地形を知りたいみたい。
風の壁にぶつかる。
「う…わあっ」
横に生えてた枯れ木にぶつかりそう。でもディーが足で蹴飛ばした。
「どうしたものか。低い状態で飛んだ方がいいのか…」
「それだと風はつかめないってことだよね」
ドサンコちゃんは羽ばたいて上昇し、羽を開いてスーッと風に乗るから早いのだという。
でも、羽をたたむと普通の速度の馬なのだ。私たちがいつも乗ってる馬車の馬よりずっと遅い。
今はバタバタ翼を動かしてどうにか風にあらがっている感じだ。
「…ん?」
ディーは砂の流れを見ていた。「あの渦…いきなり大きくなっているな。この方向は」
「上、曇ってない?」
突然、空が暗くなり始める。ぱつん、と顔に水滴が当たった。
「雨?」
「サギリ、賭けよう。あの渦に乗るんだ」
へ?
「雨雲ということはあの渦の中は上昇気流。高く飛べるかもしれない」
そうなの?
「雷に打たれるかもしれないがな」
おおお、賭けだな。私はぎゅっとディーを抱きしめなおす。「行こう」
黒い砂を巻き込み大きくなる渦に飛び込む。
私はディーを信じて目を閉じた。渦の外はすごい風、ドサンコちゃんの翼は力にならずただ渦にぐるぐる巻かれていく。
「もう少し…!」
うう、気持ち悪い。私遊園地のコーヒーカップとか平気なつもりだったけど、レベルが違うよ。
「中心に!」
ディーが剣を使ったみたいだ。その力で一気に渦の中心へ入った。
回転は止まり、ふわりと上がる。
目を開けると太陽が見えた。山が、何もかもが遠い。
「すっご、めちゃくちゃ上がってない?!」
「よかった。やってみるものだな」
ディーはそう言って剣を鞘に戻したんだけど…。
あれ?
「ねえ…もしかしてさ、最初からその力を遣えばよかったんじゃ…」
今、ディーは剣の力で渦の中心へ入ったけど、その力をそもそも上昇力に使ったら…。
ディーはぽかんとして、そして真っ青になってしまった。
「何をやっていたんだ俺は! あ、あの時…サギリが王妃にとらえられていた時も力を使えばもっと早く助けられたのでは?!」
「ディー、ディー、落ち着いて。前見て、操縦して~!」
ドサンコちゃんは翼をまっすぐ広げ、スーッと滑空する。時々羽ばたいて、また風に乗る。
ディーが剣を振ると、加速する。
「これだ。これだよー。サイッコーじゃん。この高さは渦入らなかったらいけなかったんだから結果オーライだって!」
「う、うむ…」
多分私たち、高度百メートルレベルで飛んでいると思う。砂嵐が下にあちこち見える。美容学校の修学旅行で見た四国のうずしおみたいだ。あんなのに巻かれていたのか。
『隊長?』
グラインさんの文字だ。あっちも嵐を抜けたらしい。
『どこにいらっしゃいます? 幸いなことに何とか嵐を避けられました。将軍の風の読みが当たったようです。でも…通じるということは隊長たちも抜けているんですよね?』
「それがさー、たぶんグラインさんから見えないくらい高いとこにいるっぽいんだよ」
『え? サギリ様何をおっしゃって…あ!』
私は砂漠に小さな動く点を見た。あれか。
『すっご! 飛ぶ馬だけでもヤベーと思ってたのにそんな高く飛べるんだ!アガるヾ(*´∀`*)ノ』
顔文字出た。どういうことだろ…私にはそう見えるだけかな。
「グライン、嵐を抜けたということはもう国境か?」
私はスマホであちこちを撮る。スマホは通じるだろうか。
だめだ既読なし。でも画像は残しておこう。
『そうですね。この速さならきっと、数時間もすれば』
ドサンコちゃんは滑空を続け、だんだんと地面へ近づく。グラインさんの馬と合流する。
ヴィオラが手を振ってる。「やほー!」
私も手を振った。
「すごいよこの馬も。彼がバリア張ってるから砂来ないし、マジパない速さだし。これもサギリの力?」
「そうだよ。しっぽの毛切ってるの」
「ウチの馬のも切ってよ~」
「これが終わったらね!」
さあ。
私たちは前を見た。
兵士たちがぽつぽつ見え始めた。みな楽しそうにしている。
「戦いは終わった、という顔ですね」
「彼らは『出口』に任せよう。今はラーウースだ」
兵士たちの間につっこみ、駆け抜ける。
革袋をもった兵士たちは、馬の速さにひっくり返った。
「こちらも行くぞ!」
ディーが剣を振り、ドサンコちゃんが加速する。
「な、なんだあれ!」
「馬が…飛んでっぺよ!」
「さっきのは…しょーぐんじゃないのけ?!」
できるだけ、この姿を焼き付けよう。ヴィオラはそのつもりらしい。兵士は爆速する馬に気づいては驚き飛びのいて馬の前に道を作った。
時々軍属の兵士もいるようなのだが、ぽかんとしているだけ。
彼らに連絡手段はあるのかな。スマホもどきなんか、持ってるはずないけど…と思ったら花火が上がった。
そういうのはあるんだ。
「いいじゃないか。向こうがどう出るか見ものだな」
ディーは広めに剣を振った。兵士が風で尻もちをつく。逃げていく。
「あの人たち平民だよ」
「それを軍属の者が見ればよいのだ。大した力ではない」
グラインさんの馬が少し速度を落とし、並んだ。ヴィオラがこっちを向く。
「ねえサギリ、一緒に先に来たけどどうやって戦うん?」
「ヴィオラも武器持ってないよね」
「ウチはこの身体が武器だし」
なるほど、かかと落とし。
私はカバンにたくさんの板を入れている。どう使うかはその時次第なんだけど。