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祈り

 わしわしわしわしっ。

 爪は立てず、あくまでも指の腹で。額の周りから少しずつ、そしてまんべんなく円を描くように。

 わしわしわしわしっ。

「うう…何を始めているのだ…」

「ああ~頭皮がこってますね。普段ストレスもたまってたんでしょうね。マッサージしていきますからね」

「頭の皮が、こる…? うっ…くうう…」

 フヒヒ。気持ちいいみたい。

 美容学校を出て美容院に就職しても、いきなりカットはさせてもらえない。やるのはシャンプーからだ。

 店を開くまでの間、どれだけの頭を洗ってきたのだろう。

 最初は仲間同士でシャンプーしあうが、服を濡らしたりいきなり熱いお湯を出したり。

 それでも半年頑張って、ようやくお客様を任せてもらうようになり、「気持ちよかった」といわれるようになり…

「ちょっと首を上げてください」

「う…こうか?」

 首が浮いた。頭の後ろを速やかに洗う。

 元に戻して「痒いところはございませんか?」と尋ねる。

「それどころではない」

「よかった」お湯を出してシャンプーを流し、コンディショナーを出して揉みこむ。

 温めたタオルを台と首の間に挟むと、ディーズさんからため息がでた。

「これは、魔法か?」

「魔法じゃないけど、できるようになるまで何年もかかってます」

 しばらく置いてからタオルを外し、すすぐ。頭皮には何も残らないように、しかし洗いすぎないように。

 水分をしぼってタオルを頭に巻く。ケープを外してチェアを起こす。

「ではあちらの椅子に移動してください」

 ダンが用意しているチェアを手で示す。座らせて、私の作業しやすい高さに調整。

 銀色のクロスを巻いて、タオルを取る。

 ディーズさんのちぎられた黒髪が、ふわっと広がった。粗いコームで髪の流れを整える。

 先ほどシャンプーした感じ、頭の形は完璧だった。どこにも凸凹がない。

 ただ、うなじは上がってしまうみたい。ひっつめて結うには適していたんだけど、これは工夫が必要。

 ワンレングス状態の隊長は鏡に映る自分が気まずいらしくて少々斜めに視線をずらしている。

「サギリ、本当に…切るのか」

「ええ」腰に提げたシザーケースから、比較的長いハサミを取り出した。女性の髪は持ち上げて切るが、コームを使って広い範囲を切る男性の場合、長いハサミが適している。


 うふ。

 えへへ。

 だめだ、顔がゆるんできた。


「あの~、私の好きなように、切っていいですか?」

「お前顔がおかしいぞ」

「姉ちゃんはたまにこうなるんです」ダンが頭の後ろで手を組む。「ディーズさんがイケメンだからですねえ」

 たまに仕事中イケメン相手でデレデレしてて同僚から注意されたものだが、今は構わない。存分に楽しませてもらう。

 隊長は息をついた。「好きなようにといわれても。俺は髪を切られたことがないし、何が何だかさっぱりだ。ダンのようにするのだろう? 任せる」

「かしこまりました!」

 私は右手を胸にあてて頭を下げ、そしてハサミを両手で握った。

 祈るように。


 これは私がカットするときにやる「儀式」だ。初めてカットを任された日に手が震えてしまって、その時の店長が何でもいいからジンクスを作れとアドバイスしてくれたのだ。

 こうすると手が温かくなって落ち着く。

 この国の宗教のように、私が生きるためのものだ。

「じゃあ、始めますね。いきますよー!」

 そして右手にハサミを持って刃を開いた。



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