07.曇り
映像が終了した後も女神さまは驚愕の色を浮かべて放心していた。……彼女が楽しかった余韻で呆けている訳ではないというのは俺にもわかる。
だが、経験則で理解できることがあった。今の彼女に心から寄り添える言葉も振る舞いも、俺は持っていないのだ。彼女が次のアクションを起こすまで待っているしかない。なかば諦めの境地でそう思った。
"ピチョン"
不意に空間に水音が響く。ふと上を見上げると空が変化していた。先ほどまでは青い空に白い雲が浮かんでいたが、今はどんよりと曇っている。
『あっ……』
女神さまは水音を聞いてか我に返る。そうして空を見上げた彼女の顔からは憂いを感じることができた。綺麗だが切ない。胸にチクリと刺すものがあった。
『あの、女神さま……』
『っ!』
俺の姿を目に映して女神さまは一歩退いた。確実に距離を置かれている。だが、なぜ距離を置かれているのかわからないのが悲しかった。
『ごめんなさい。少しの間だけ失礼します』
女神さまは小さくそう告げると、足元から水に溶けるようにしてその場から消え去った。一瞬の出来事で今は影も形も見えない。
人がその場から消え去るのはイリュージョニストの奇術でしか見たことがない。彼女が水に溶ける様子は少しばかり衝撃だったが、神ならばそういうこともあるかと思い気を落ち着けた。
そして空はいまだにどんよりと曇っていた。空も彼女と同様に困惑しているようだったが、今の俺の心境としてはこちらの方が合っている。
女神さまが消えてしまった空間でどうするか考えたが、ここで初めて目にした彼女と同じように水面に寝転んでみることにした。
彼女が普段どういう気持ちでいるか、ひいては今どんな気持ちなのかが少しでもわかるかと思ったからだ。
『どっこいしょっ、と。……ちょうどいい温度で、柔らかくて、ほんの少し揺れてる。気持ちいいな』
寝転んだ感想はずばり快適であった。彼女が気持ちよさそうに寝ていたのも納得だ。だが、その快適さとは裏腹に心にはしこりがあった。
そのしこりを取ることが出来たらと思い、俺は水面に浮かびながら女神さまの気持ちに想いを馳せた。