06.映像
『女神さま、もう少しそっちに詰められますか?』
『ちょっ、ちょっと距離が近いですよ!?会話もそうですけど人との距離感がちょっとおかしくありませんか!?』
『なにぶん人を避けて生活していましたもので。対人スキルが壊滅的なんですよね』
『なんだか落ち着いてて余裕があるしコミュ障って感じでもないのに。……もう。しょうがない人ですね。詰めてもらっていいですよ』
女神さまは俺の独特な距離感に困惑しつつも、ほぼ密着しながらの観賞を許してくれた。……決して彼女が魅力的だから接触したいという下心あってのことではない。
女神さまの水晶が随分とかわいらしいサイズだったからだ。こじんまりとしていて彼女によく似合っているのだが、二人で見るには小さすぎた。
そして、こうして接触してみると彼女からはいい香りがする。水気を多く含んだ植物から香るような清涼な匂いが嗅覚を刺激した。
『映像がはっきりと出てきましたね。……あっ、俺だ』
『はい、あなたですね。……そういえば名前を聞いていませんでしたね。名前を聞かせてもらってもよろしいですか?』
『あっ、はい。俺は"海原 大海"といいます』
『ふむふむ。大海さんですね。ありがとうございます。私は特に名前はありませんので、今まで通り呼んでいただいて大丈夫です』
『ありがとうございます。それじゃあ今まで通り女神さまと呼ばせていただきますね。……俺が酒を飲み始めましたね』
『はい。わずかな時間で大量に飲んでいますね。さっきもたっぷり水を飲んでましたけど早飲みが特技なんですか?』
『まあ、そんなもんです。時短しようと色々試してたらあっという間に液体を飲み干す技を考案しましてね。これを身に付けてからはどんな飲み物でも秒殺ですよ』
『……それって危険なんじゃないですか?』
『まあ、良い子は真似しないようにって感じですね』
『駄目ですよ?危ないことしちゃ。……でも、あなたがここにいるってことはこれが原因で命を落としたんでしょうか……』
『今の段階ではピンピンしてますね。なんとなくだけどこの辺から記憶がなかったかもしれないな。……あっ、脱ぎ始めた』
『やだっ、変なもの見せないで下さい!』
『見せないで下さいといいつつ指の間から見てますが』
水晶の中で俺のヌードが繰り広げられ始めた。女神さまは手で顔を覆って見ないようにしている。が、指の間からチラチラ見ているようだ。大したムッツリである。
『もうっ、飛ばしちゃいます』
女神さまはそう言って映像の早送りを開始した。神のデバイスだけあって高性能のようだ。そして映像の中の俺は風呂に入り湯船に浸かったが、すぐに舟を漕ぎ始めた。
『風呂の中で寝始めた。記憶がなかったとはいえこの時の俺ヤバいことやってるな』
『これ絶対危ないですよね?』
女神さまは顔を背けつつチラチラ映像を見ている。こうして引きこもっているくらいだし、そういう危険なシーンはあまり見たことがないのかもしれない。
『ええ、酒も飲んでるしかなり危ないです。……あっ、でもお風呂から上がりました』
『そうですか。よかった……』
女神さまが安堵の息を吐いたその次の瞬間。水晶の中の俺は床で滑って転倒した。そして蛇口に頭を強打する。そのまま俺は動かなくなった。
随分と唐突な呆気ない幕切れであった。だが、苦しまずに逝けたのはよかったかもしれない。
『どうやらこれが原因で……』
俺の口からは続く言葉が出てこなかった。女神さまの顔が驚きに彩られていたからだ。俺は瞬きも忘れて、青く美しい瞳が動揺に揺れるのをしばし眺めていた。