05.水晶
しばらく怒れる少女を宥めすかしていると元の調子に戻ってきた。だが警戒されているのか若干胡散臭そうな目を向けられている。せっかく可愛いのだから元の調子を取り戻して欲しいと思うのは酷なんだろうか。
……とはいえなんとか話ができる状態まで落ち着いたので、今はこの場所と彼女について聞かせてもらっていた。
『この場所は無数にある世界の一つなんですね』
『はい。色々な法則を越えた領域に作られた、私が好きに扱える世界です』
少女は無い胸を張って軽くドヤ顔になっている。どうやらここは俺が居た世界とは別の世界らしかった。
『一目見て人間離れした方だと思いましたが、やっぱり凄い方だったんですね』
『……人間離れしたっていうのは、褒め言葉じゃないと思うんですが……』
彼女は俺の言葉を受けて唇を尖らせる。これはいけない。褒め言葉のつもりだったが彼女にとっては好ましくなかったようだ。俺は心から好ましく思っていることを伝えようと慌ててフォローした。
『いえ、そういう意味じゃなかったんです。ごめんなさい。とても綺麗な顔立ちをしていると思って……まるで女神さまが絵画から飛び出してきたみたいな……』
彼女は俺のしどろもどろな弁解と身振りをじっと眺めていた。その眼には少しばかりシニカルな色が混ざっていたが、ややあって相好を崩す。それを見た俺はホッとした気持ちになった。
『ふふっ……わかりました。あなたって突拍子もないことを考えるけど素直な人なんですね。……私の方こそ怒ってしまってごめんなさい』
『いえ、俺が軽率なことをしてしまったので。……ああ、でも笑顔になってもらえてほっとしました。内心申し訳ないと思っていたんです。仲直りできてよかった』
『はい。……あの、先ほど女神と言ってくれましたよね?実はその通りで、私女神なんです』
『あっ、やっぱりそうだったんですね。女神っぽいオーラが出てるなー、って思ってました』
この場所が清廉だとはいえあまりにも異質であること、彼女があまりにも美しすぎることで現実味が薄かったのだ。彼女を女神だと思ってしまうも当然の成り行きと言える。
『ふふっ、そんなオーラ出てますか?……でも、この世界を維持できてるのも私が女神だからなんです。これでも私、それなりに力があるんですよ』
女神さまはそういって力こぶを作ろうと腕を曲げた。だが筋肉のおこりはまったく生じない。その腕が見た目相応にぷにぷにであることが伝わりほっこりする。
『はい、上腕二頭筋がよくキレてますよ。ここは凄く綺麗ですね。俺が居た世界とは大違いです』
『なんだか微笑ましい目で見られてる気がする……。えっと、そういえばあなたは別世界から来た人間でいいんですよね?』
『はい。地球生まれの人間です。どうしてここにいるのかはわからないんですが……』
『ここに来る直前の記憶とかはないんですか?』
どうにか思い出そうとするが一向に記憶が浮かんでこない。ここに来る直前のことは完全に頭から抜け落ちてしまったようだ。
『申し訳ありません。どうも記憶が抜け落ちてしまったようで……』
『それじゃあ仕方ないですね。確認していきましょう』
そう言って女神さまは空間から水晶玉を取り出した。それを宙に浮かせて両の手の平を遠目からかざしている。その姿は占い師のようだった。
『その水晶で俺のことがわかるんですか?』
『はい。これであなたがここに来る直前の様子を見ていきます』
『そうして水晶に手をかざしてると占い師みたいですね』
『これは正確に言えば水晶じゃなくてデバイスなんです。端末みたいな形にも変えられるんですけど、私はこっちのほうが好きなので……』
女神さまははにかみながら水晶について話してくれた。照れているのとやや饒舌になっているのが可愛い。
『あっ、なんか見えてきましたね』
『はい。それじゃあ一緒に見ていきましょう』
俺はここに来る直前の俺が何をしていたのかを知るため、像を映し始めた水晶を女神さまと一緒に眺めることにした。