裏路地
……なんだろう、夢でも見てるのかな……
「……?どうしたの?おにーさん」
さっきの出来事から数分、物の見事に門を開けてみせた少女に呆然とする俺は手を引かれてレンガの石畳の裏路地を進んでいた。
16年ぶりの外のはずだが、それ以上に先程の信じ難い事実が俺の脳を支配していた。
……手を添えただけで鍵を開けた?超能力?念力?
有り得ない話だが、目の前で見てしまってはこちらも認めざるを得ない──
などと考えつつ、俺の手を引き先を歩く少女に目をやる。
紫がかった白いツヤツヤとした髪を腰まで伸ばし、目は美しい琥珀色で、年相応の少女らしくキラキラと光っていた。服は麻のワンピース、靴は……
「キミ、裸足で足痛くないの?」
「ふぇ?」
俺が言うと少女は足を上げ、足の裏を見る。
真っ黒だった。
「いやぁ、きたない!」
そう言いぴょんぴょん飛び跳ねる少女。
「……足、貸してごらん」
「ん」
仕方なくすぐそこにあった段差に少女を座らせ、ポケットから出したハンカチ(布の切れ端だが)で足の裏を擦ってやる。
すると少女の体がよじれ、小刻みに震えだし、声が漏れてきた。
「…………ん、…………ひぁ、」
「ど、どうした?」
慌てて聞くと、少女は
「………くすぐったい……」
ああ、と納得し、我慢してね、と言いまた拭き始める。
しばらく拭き続け、汚れがとれてきた頃には少女は顔を真っ赤にさせ、肩で息をしてこちらを睨みつけていた。
「ごうもん……」
「はは、ごめんごめん。よく頑張ったよく頑張った」
そう言って頭を撫でてやると少女はそっぽを向く。
……俺に妹がいたらこんな感じだったのかな……
とぷりぷり頬をふくらまして怒っている少女を見て思う。
俺は親の顔すら覚えていないほど小さい頃から例の屋敷に住んでいた。まあ、下級民産まれなんだ、それも仕方がない……と今まで誤魔化していたが、産まれてすぐ親と離れなければならなく、家族の顔や名前すら知らないことに対して屈辱や苛立ちが込み上げてきた。そんなとき、
「おにーさんこわいかおしてる……」
その声にふと顔を上げると、少女が心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
「ああ、いや……、大丈夫だよ」
「そう?」
俺の言葉にすこし安心したのか、足をぷらぷら揺らして微笑んできた。
それに微笑み返してからふと思ったことを口にする。
「……そういえば、……キミ、名前は?」
「え?」
少女は突然の問いに困惑したのか目を丸くした後、眉を寄せてむむむ……、と唸り始めた。
「……おぼえてない……」
しばらく悩んで出た結論がこれだったようだ。
「覚えてない!?」
予想外な答えに、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
あの屋敷に急に現れて、名前を覚えていない……。俺が想像していたより事態は深刻らしい。
と俺があからさまに戸惑っていると、
「しばらくすればおもいだすかも……」
「そ、そうか」
名前を思い出せるならこの子のために町中を歩き回ろうか……と考えた矢先、少女のお腹から可愛らしい音が響いた。
咄嗟にお腹を抑える少女。しばらくしてこちらをちらりと見て、
「おなかすいた……」