一人での旅立ち
皇女様との戦いの後、僕は魔法の修行をするために旅をする決意を固めた。
「あの……旅に……出たい……で……す……」
勇気を振り絞りジョンソンさんに宣言した。
「ソラ……本気なのか?一人で行くのか?」
僕は決意を曲げるつもりはないのではっきりとうなずいた。
「本気ならお前にアドバイスをしてやる。まず、返事は声に出すこと」
「……(うん)」
「そんな返事じゃダメだ。もう一回!返事は『はい!』」
「はい!!(大声)」
「それは返事じゃない。叫び声だ!もう一回!」
「……はい……」
「練習だ!もう一回!」
「……はい……」
「大分不安だが次は視線だ!目と顔をそんなに動かすんじゃない!俺の方をまっすぐ見ろ!」
僕の視線はそんなに動いていたのか……気付かなかった。
じっとジョンソンさんの顔を見つめると変な気分になってくる。慌てて視線を逸らすと、
「そんなにすぐに目を逸らすな。顔を直視しなくていいから俺の方に顔を向けろ」
今日のジョンソンさんはやたらと厳しい。宿屋の仕事はもっと優しく教えてくれたのに……
「聞いてるのか?照れる気持ちは分かるが世の中の人は俺みたいにやさしくないぞ」
僕はジョンソンさんが宿屋の仕事を教えてくれたときのことを思い出した。
「宿屋の仕事だが、料理、洗濯、掃除、接客、会計等がある。どれからやりたい?」
料理、洗濯……何からやろうかな?と考えていると、考えていることを無意識に小声でぶつぶつと言ってしまっていたようで、
「俺の言った順番そのままじゃねえか。まずは料理からだな。厨房はこっちだ」
教えてもらう順番を悩む必要もなくジョンソンさんの説明は始まった。
「この瓶に塩が入っていて、この棚に野菜が……」
まず、厨房のどこに何があるのかを教えてもらい、
「この肉はこのサイズに切って……」
調理の仕方を教えてもらった後、
「ソラ、お前がやってみろ」
厨房での仕事をすぐに実践した。
「けっこうできるじゃねえか。これならすぐに厨房は任せられそうだ」
厨房での仕事は意外とすぐにできるようになったので、次は洗濯、掃除……と順番に教えてもらえることになった。
掃除まではなんとかできるようになったのだが、接客がうまくいかなかったので、僕に任される仕事は料理、洗濯、掃除の三つということになった。
よく思い出してみると、ほとんど喋っていなかった。口数は少ない方だと思っていたが、この世界に来てからまともな言葉を発していない。突然不安になった僕の様子を察してくれたジョンソンさんが、
「辛くなったらここに戻って来ていいぞ」
やさしく声をかけてくれたので僕は静かにうなずいた。
次の日、旅の支度を整えた僕をジョンソンさんと宿屋のスタッフが見送ってくれた。旅の支度で一番大変だったのは荷物の整理ではなく、冒険者の証明書を発行することだった。
この世界での身分証明書がなかった僕にとって冒険者の証明書は重要なものだ。冒険者の証明書は護衛の仕事や魔物退治の仕事をするときに必要であり、身分証にもなるのでとても重要だ。
「……行ってきます」
ジョンソンさんたちにそう言って僕はこの町を後にした。