【焼肉の敷居】
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焼肉の敷居
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とうとうランチでは気が済まず、『焼肉おごって』と言い出した時がありましたね。
もちろん即答で、「それは無理!」と断りました。
”焼肉”って……それは、ちょっと敷居が高いと思うんやけどな。
家族でも特別予算を適用するところやん。
でも、結構しつこかったね。日を変えて度々言うてたし。
断った後、『”なんで” ですか?』って、訊かれることもありましたけど、
(”なんで” もなにも……え~~~、説明いるかなぁ~?)って思っていました。
どう言えば、いいかわからなかったので
「それはちょっと、わたしのお小遣いの範疇では、ご馳走できへんわ。 わたしの財布に入ってるお金は、家計も担ってるからね。
何より主人が焼肉好きやからね。 悪くて連れて行かれへんわ」
皆と同じ正社員で働いているとはいえ、一旦会社を出たら、家庭優先の背景を持っていることを意識しておいてもらいたくて、主人のことをあえて表に出して言いました。
本当は主人のことを言うと、まるで”女性として警戒”しているような発言に聴こえそうで抵抗があったんですけどね。
オオカミ君が”目に入れてもいいくらい可愛い”存在だとはいえ、優先順位として(まずは”家庭=主人”が第一。 わたしがオオカミ君にできることは、あくまでもその余剰の範疇で可能なことだけなんだよ)と分かっておいてほしかったから。
あなたは、合点がいかん顔してましたけど。
☆ ☆ ☆
結局、焼肉ご馳走してくれたのは、オオカミ君の方でしたね。
その時も、やっぱり賞与の違いが大きくて、わたしのことを気の毒に思ってくれたのでしょう?
オオカミ君が『古狸さん、僕おごりますから、焼肉行きましょう』と声をかけてくれました。
思わぬ申し出に、わたしが「えぇっ! ほんまに~~!? なんで~?? 」と大きな反応をしてしまいました。ご馳走される側に立場が逆転しても、気の弱いわたしは(”焼肉”なんて、御馳走になってもいいの? バチ当たらん?)って、思ったのです。
そしたら、オオカミ君が優しい笑みを浮かべて
『いらんお金は使いたくないですけど。 僕は、古狸さんならいいんです』
と、はっきり応えてくれて、わたしは(うわ~~~っっ)と湧き上がってくる感情に、涙が出そうでした。
嬉しくて。 とっても嬉しくて。
今まで一方通行だと思っていた気持ちが、いつの間にか双方向で通じていたことが確認できた思いでした。
相手が女性の後輩だったとしても、なかなか無いことです。
――助けても、叱っても、振舞っても。
当たり前のことなのかもしれませんが、大抵は一方通行でした。それが普通と思うようになっていました。
☆ ☆ ☆
でも、実際に行くとなると、ずいぶん躊躇しました。
”おごってもらえる”とはいえ、焼肉好きな主人を差し置いて、ご馳走になっても良いものか、だいたい主人からしたら、どうなんだろうか?と悩んでしまいました。
オオカミ君とわたしからしたら、”他意がない”ことは明白です。
けれど、そんなことを感知しようのない主人にとって、それが主人の不信を呼んだり、不快な思いをさせるような行動であれば、慎むべきだろうなと悩みました。
こんな事で悩むなんて、あなたには失笑されそうですね。
わたしが食べ物(ことに焼肉!)への卑しい気持ちを断ち切り、お誘いをきっぱり断れば悩まずとも終わる話だったのですが、
それでも、(どうしても行きたい!)と思いました。
本当に嬉しかったから。
日頃のわたしは、自分のわがままにあたると思うことならば、主人に相談することはありません。相談するまでもなく、[我が儘=我慢する]が相談するまでもない結論だからです。
けれど、この時ばかりは”決しの想い”で主人にお願いしました。
主人も、まずは『えっ、なんで?』と大変不思議がりました。『そんなことある? なんかあるんか? 』と随分いぶかっていました。
「日頃、仕事をお手伝いしているお礼って言ってくれてて。
たぶん、わたしのボーナスがめちゃ低いの知ってて、20歳も年下やのに自分の方が多いから、同情してくれてるんもあると思う。 それを踏まえてのお礼かなぁ? 」
と、わたしは説明しました。それでも不思議そうでしたけど、
『それ、ほんまに(仕事上の)下心無いんやろうな? それなら、おごってくれると言うてくれてるんやし、行ったら? ……いいなぁ~~』 と許可してくれました。
おかげで晴れ晴れとした気持ちで、焼肉をご馳走になれました。
あの時は、”本当にありがとう!” めっちゃ嬉しかったです。
ただ、うちの主人、よっぽど羨ましかったんでしょうね。その後の行くまでの間、何回も『いいなぁ~。 あんただけ、いいなぁ~~』言うてました。 今だに言うときあるんですよ。
本当に焼肉好きでしょ( 笑 )




