8話 ありがとう
※8/6 5:05
加筆修正しました。
ここで完結でもよかったと思っている自分がいるけれど、まだまだ書きたいことがあるので続きます。
隣で泣き疲れて眠っているレイアを見る。時刻は既に夜。彼女の記憶をほぼ全て見てしまった俺は、これからどうするべきだろうかと悩む。
いつかは出ていくかもしれなかったのに、彼女の記憶を見て精神が同調したせいなのか、レイアに対して安心感と愛しさを覚えている。怯えていたことがバカらしいほどに。
髪を指で梳くように優しくレイアの頭を撫でる。少しくすぐったそうにした後に、手に頭を擦り付けてくる姿が小動物みたいでかわいい。
記憶で見た光景のようにしてみても、俺は彼女になれはしない。当然だ。根本は全くの別人なのだから、多少混ざり合ったところで全く同じに振る舞えはしない。
――特典はランダム、容姿もランダム。いいな?
この世界に来る前の神の言葉を思い出す。ああ、当然だろう。他人の体に憑依しているんだから。強制じゃなければ、知っていれば断っていた。
「ん……みー、なぁ」
目を覚ましたら、どう接すればいいのだろうか。そもそもここに俺はいていいのか。起きてしまう前に撫でていた手を戻す。
「んぅ……おはよう、ミーナ」
おはようって、返していいのかな。先ほどの二人のやり取りは、すべて見ていた。二人の想いを知っているからこそ、大切な人の体にいる俺を恨んでるんじゃないか。
「難しく考えない!」
頬を掴まれてむにむにと伸ばされる。
「い、いひゃいです……」
「キミがミーナじゃないことなんて、最初っから分かってるよ。そのうえで私は君を攫ったんだ。今更追い出したりしないし、そもそも逃がす気なんかないってもうわかってるでしょ? それに、キミのことを彼女に任された。全部、聞いてたんでしょ?」
「……はい」
聞いていたけれど、受け入れられるかどうかは別だ。胸が締め付けられる。俺が消えれば、彼女はいられたかもしれないのに。
「彼女も言ってた。キミは最後に私たちを引き合わせてくれた、特別な子だって。キミが何と思おうと、すでに私たちにとって大切な存在なんだよ」
ようやく頬が解放され、ひりひりと痛む。でもそんなことが気にならないほどに言われたことが嬉しくて、視界が滲みだす。
腕を掴まれて引き寄せられ、抱きしめられる。
「この手は離さない。言ったでしょ? 私のモノにするって」
初めて会った時とは違って高圧的なものじゃなく、優しく諭すような声色。拒否権は与えない。言外にそう言われているのに、嬉しく感じてしまう。
「拒否、権は?」
それでも聞いてしまうのは、はっきりと言葉にして言ってほしいから。彼女の影響が大きいだろう。でもそれと同じぐらい、自身もレイアに惹かれ始めていると思う。
恐怖もあった。逃げようとした。拒絶しようと思えば出来た。それでも受け入れてしまったのは――助けを呼んでしまったのは、レイアが優しい吸血鬼だと体が知っていたから。何かあれば助けてくれると、分かっていたから。
「あるわけないでしょ」
耳元でそう言われ、抱きしめる力が強くなる。ずっと堪えていたのに、とうとう涙が溢れてしまった。
「絶対に、もう離さない」
少し痛いくらいに力が籠められているのに、嬉しいという気持ちのほうが強くてゆるめてなんて言えない。
もう『ミーナ』はいないのに、ずっとこうしていて欲しいと思ってしまう。
「はい……!」
「もう一度、彼女に会わせてくれてありがとう」
お礼を言うべきなのは俺なのに、涙が止まらなくて、声に出そうとすれば嗚咽が酷くてうまく伝えられない。
落ち着くまでかなり時間がかかった。座って向かい合う。
「受け入れてくれて、ありがとうございます」
「当然だよ。さっきも言ったけど別人だとわかってて攫ったんだから」
「身寄りがないからよかったですけど、あったらどうしたんですか?」
「普通あんな格好で歩き回らないから」
「ははは、そうですよね」
その通り過ぎて乾いた笑いが零れる。
「それにね、彼女の生き写しだと思ったから。見た目も、雰囲気も、血の匂いも。瞳の色以外何もかも……本当にそっくりだったから」
「それは……」
「言わなくても、もう分かってるよ。それにキミはキミでしょ?」
「そうですけど、さっきから一度も名前を呼ばないのはどうしてですか?」
理由はわかっている。他の人を大切な人の名前で呼びたくないということじゃなく、俺と彼女に気を使ってることぐらい。レイアは今更名前なんか気にしていない。
「ミーナって、呼んでいいの?」
「……いいよ」
きっと彼女も、そんなこと気にしないから。
俺は彼女になれない。はっきりと口にしたわけじゃないけれど、ならなくていいとレイアも言った。
「今更他の名前で呼ばれても、慣れないですし。それに――」
レイアの手を取って両手で包み込む。少しひんやりしているのは吸血鬼だからか、それとも緊張しているのか。
「レイアにとって特別ななまってわかってますから。そんな名前を貰えることが嬉しいんです」
多少複雑ではある。この名前を呼ぶたびに、俺を通して彼女を見ることになるんだろう。別にそれでいい。一番じゃなくていいから、そばにいさせて欲しい。
それに、俺自身も彼女のことを覚えていたいから、その名前がいい。
「わかった。これからよろしくね、ミーナ」
「ぁ……よろしく、レイア!」
その言葉に籠められた意味を理解したら、この気持ちを抑えることが出来なくて。
レイアの胸に飛び込んで強く抱きしめると、レイアの腕が背中に回され、俺よりも強い力で抱きしめ返される。
この幸せなときが、いつまでも続きますように――。
ここで完結でもよかったと思っている自分がいるけれど、まだまだ書きたいことがあるので続きます。