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1話 吸血鬼の餌にされました

気まぐれスタート。

のんびり書いていこうと思います。


※3/26 3:10

いくつか表現を変えて修正しました。文字数が千字以上増えています。

 目を覚ましたら、広がっていたのは見慣れない景色だった。

 レンガ造りの建物が並び、石畳でできた未知の上に立っている。歩道と車道と思われる場所は段差で分けられており、シャドウの端には様々な露店が並んでいる。


「どこ、ここ?」




 少し前のこと。辺り一面真っ白な空間にて目を覚まし、目の前にいたおじさんを認識するよりも早くその人は口を開き――。


「お前死んだ。俺神。異世界に転生させる。特定はランダム。容姿もランダム。いいな? その世界で暴れている魔王を倒せたら、何でも一つ願いを叶えてやるから。それじゃ行ってこい」


 と、とてもいい笑顔で告げられ、その意味を理解する間も、何か一言口にすることすら許されず視界が暗転。

 気が付けば見知らぬ場所にいた。


「!? 声が……」


 口に出してすぐに感じた違和感。声の高さ、次いで髪、視線の位置、胸の膨らみ。服は普段部屋着にしていたスウェットだ。だが、体が変化したことでサイズが合わず、脱げないように紐をきつく縛り裾を折り曲げて何とか固定する。靴はなかった。

 すぐ横にあるお店のガラスに映った姿を見て、ようやく己の身に起こったことを理解した。


「ふざけるなよ……!」


 なんで女なのか。なんて嘆いたところで現状が変わる様子は微塵もない。


「はぁ……」


 ため息を一つ溢す。受け入れたくはないが、元の姿に戻る目途が立つまでは我慢するしかないだろう。あのおじさんの言葉を信じるのなら、魔王という存在を倒せば願いで戻れる。自分に戦う力があるか甚だ疑問だが。

 他にもいくつか気になるところはあるが一番は、自分は本当に死んだのか。どれだけ必死に思い出そうとしても死ぬ直前の記憶は一切なく、その状態で受け入れられるほうが不自然だ。だと言うのに、どこかで死んだ事実を受け入れている自分がいることに驚く。

 仮に、今目の前に広がっている光景が夢ならまだいいが、匂いも、音も、肌を撫でる風の感触も、全てが夢とは思えないほどにリアルだった。

 もう一度ガラスに映る自分の姿を見る。肩甲骨の辺りまで伸びた黒髪に、以前とは違って青い瞳。見慣れないはずのそれに、なぜか懐かしいと感じていることに気付かないふりをする。

 手を見れば白くて細いしなやかな指。身長は正確にはわからないが、百七十にギリギリ届かなかったところから十センチ以上は小さくなっているように思う。年齢は十八で大学受験を控えていたのが、よくて十五に見えるかどうか。


「それにしても……」


 容姿の確認はそこまでにして、周囲をちゃんと見てみる。

 異世界という割には見慣れたものが多い。レンガ造りの街並みには街灯が一定間隔で並び、シャドウの端に並ぶ露店は祭りやフリーマーケットを彷彿とさせる。海外にでも行けば見ることが出来そうだ。

 異世界というと漫画やゲームみたいにエルフやドワーフといった種族が真っ先に思い浮かんだが、残念なことに人間以外見当たらない。


「?」


 慣れない体であることと靴がないために、ゆっくり歩きながら街を見ていると多数の視線を感じた。この服が珍しいからかと思ったが、途中見かけた服屋を外から少し覗いてみると似た服が売られていたので、そういうわけではないようだ。

 なら何故、と考えた瞬間今の自身の容姿を思い出す。以前はちょうどよかったサイズの服も、身長と体格が変わったことでダボダボ過ぎて不釣り合いだ。それに、部屋着であるこの恰好で大勢の人で賑わっている場所に出ることなんて普通ない。


「不審に思われても仕方ないか」


 これ以上見られ続けるのは嫌なので人通りの少ないほうへと移動し、ここまで歩いてようやく気付いた大きな二つの問題に頭を抱える。


「お金どうしよ。文字もなんて書いてあるのかわからないし……」


 言葉は何故か理解できた。多少の苦労はするだろうが仕事も探せるし、文字を覚えることも頑張ればそう時間を掛けずにできるだろう。

 だが問題はこの恰好だ。この服装をどうにかしない限り、雇ってくれるところなんて見つかりそうもない。だけど服をどうにかするにはお金が必要。

 肩を落とし、深いため息を吐いた。


「お腹空いた……」


 ふらふらと、人通りのない薄暗い路地を通る。じめじめしていて嫌な空気だ。賑やかなあの通りも視線が鬱陶しいが、ここよりは安心できると、踵を返した。

 ドン、と誰かにぶつかり尻餅をつく。「いってぇ」と言いながらぶつかった相手を見ると、縦にも横にも大きすぎるスキンヘッドの男がいた。


「どこ見て歩いてんだ!」

「ご、ごめんなさい!」


 予想以上に怖い相手に、反射的に謝罪をしてしまう。冷静になって考えれば大通りほどではないにせよ、横に四人は並んで歩けるほどの広さがある道を真後ろに――振り返っただけでぶつかるほど距離を詰めて歩いている時点で、最初から狙われていたようだ。そのことに後になって気づいたが、この時の俺はパニックになってしまいそのことに気付けなかった。


「まあまあ落ち着けよ、ガジ。キミ、怪我はない?」

「あ、はい。大丈夫です」


 ガジと呼ばれた者の後ろから出てきた痩せぎすの男。巨漢を抑えてはいるが、舐めまわすような視線で見られていることに気付き、身震いする。


「そ、それじゃあ急いでいるので」


 大通りで感じたものとはまた別種の嫌な視線。今の性別を思えば、ここに留まれば何をされるのか容易に想像できる。

 不躾な視線がどれだけ嫌だろうと、こんなところに今の姿で来るべきじゃなかった。


「まあ待ってよ」


 走って横を通り抜けようとしたが、だぼだぼの服と慣れない体ではそんなに早く動けず、あっさりと腕を掴まれてしまった。


「手怪我してるじゃん。手当てしてあげるからちょっと着いてきてよ」


 言われて掴まれた手へと視線をやれば、確かに手のひらを軽く擦りむいていた。だがこの程度であればわざわざ治療する必要なんてない。


「いえ、このぐらい何ともないので」

「ダメだよ。ばい菌が入って化膿したら大変だ」


 言っていることはもっともなのだが、その下卑た目つきを隠しきれていない。何とかこの場を離れようともがくが、掴まれた手は放してもらえず、力を入れて引くほど相手も掴む力を強める。


「いてぇ! 離せよ!」

「ああもう面倒だな。おい、連れてくぞ」

「おう」

「やめろ! だれ、むぐぅっ!」


 助けを呼ぶために大声を出そうとしたが、痩せぎすの男に口を塞がれてしまった。


「あぶねえなぁ。大人しくしてないと、少し痛い目見ることになるぞ」

「んんぅ!?」


 首筋にナイフを当てられ、少しだけ切れたのか血が伝っているのがわかった。痛みと恐怖で視界が滲む。

 何があったのか全く思い出せないけれど死んで、碌な説明もなく知らない世界に飛ばされ、性別まで変わり、挙句には男二人の慰み者にされそうになっている。ただ普通に生活していただけなのにどうしてこんな目に遭わなければならないんだ。

 瞳の表面に溜まっていた水が、恐怖に瞼を下ろしたことで頬を伝う。


 ――怖い、嫌だ……誰か助けて!


 そのまま顎へと流れ、水滴が地面へと落ちた。


 カツン、カツン――。


 奥の路地から靴音が響く。ゆっくりと近づいてくる足音に、閉ざしていた瞼を開けた。その瞳に期待を込めて、音のする方へ視線を向ける。

 そんな俺とは対照的に、ガジと痩せぎすの男は警戒を強める。


「美味しそうな血の匂いがすると思ってきてみたら……」


 奥から出てきたのは黒いローブに身を包み、フードを深く被った女性。その表情はこちらからは窺えず、ただその音声からはわずかに不機嫌であることが感じられた。

 ふらふらと覚束ない足取りで近づいてくる女性に、ガジは「誰だお前?」と声をかけるが無視される。


「今いいところだからさ、邪魔しないでくんないかなぁ。それともお姉さんも混ざる?」


 ふらふらとした足取りと女性の声に、二人は警戒を解いた。痩せぎすの男はその下卑た視線を女性にも向ける。

 投げかけられた言葉を無視して近づいてくる女性へとガジが近寄り、フードに隠れた顔を覗き込む。


「お、よく見りゃいい女じゃねえか。お前も一緒に……」

『黙れ』

「っ!?」


 女性が言葉を発した瞬間、ガジは言葉の続きを声にすることができず、掠れた息だけを吐き出す。喉を押さえ、咳をしてみても音は出ない。ただ空気が漏れ出るだけだ。


「んな、おい、何をした!?」

「その子を解放しろ」


 痩せぎすの男の言葉を無視し、女声が近づいてくる。黒いローブに身を包み、顔をすっぽりと覆うフードのせいで表情を伺えず、ふらふらと近づいてくる様はまるで幽鬼のようだ。

 相方の普通ではない様子から精いっぱい虚勢を張った男の声は、それでも震えを抑えきれていなかった。


「はっ、だ、誰がそんなことするかよ。やれ!」


 痩せぎすの男の声に何とか落ち着きを取り戻したガジは、その丸太のような腕で女性へと殴り掛かる。


「危ない!」


 咄嗟に口を塞いでいた手を退かして声を上げたが、次の瞬間そんなものは必要なかったと理解する。ガジの腕が女性へと触れようかという時、女性の手がわずかに動いたかと思えば男の巨体が地を離れ、すごい勢いで自信の真横を吹き飛んでいった。


「な!?」

「え!?」


 信じられない光景に、一緒になって驚きの声を漏らす。


「同じ目に遭いたいのかしら?」


 フードの隙間から覗く紅い眼光。


「ひっ!?」


 男は声音に含まれる苛立ちと怒気に竦みあがり、慌てて掴んでいた手を放して一人逃げ出す。その際に軽く押し退けられた俺はバランスを崩し、そこを女性に支えられた。


「ぁ、その、助けていただいてありがとうございます」


 見上げる形でフードもあってわかりづらいが、隠れていた顔が少し見えた。僅かに生気を感じられる程度の肌の白さ。ルビ^のような赤い瞳と絹糸のような金髪が映えていて、まるでこの世のものとは思えないほどに整った容姿。

 先ほどとは打って変わってその瞳に鋭さはなく、声音も優しげなものへと変わり、笑顔が安心感を与えてくれる。

 安心したのか、再び視界が滲みだす。堪えきれず溢れ出したしずくを女性はそっと指で拭い、口を開いた。


「いいよ。私もキミに用があったから」

「え?」


 用があると言われても、この世界には来たばかりで知り合いと呼べる人なんて誰もいない。「あの、初めましてですよね?」と口にすると、一瞬苦しそうな表情をしたがすぐに先ほどの笑顔に戻る。


「ううん、初めてだよ」

「? じゃあ……」


 どうして――少し違和感を感じるも気にせずそう続けようとし、しかし鼻と鼻がくっつきそうなほどに女性の顔が近づけられ、詰まる。


「キミの血、とてもおいしそう」

「あの、何を言って……」


 怪しく光りだす紅い瞳。その瞳を見た瞬間、金縛りにあったかのように身動ぎ一つ、瞬きすらできなくなる。


(この瞳、見覚えがある)


 どこでだろうか。そんなことを考えている間にも邪魔な髪を退かされ、首筋に顔が近づく。大きく口が開かれ、鋭く尖った犬歯が見えた。それで食いちぎられるのだろうかと、人ごとのように考えている自分がいる。

 こうして落ち着いていられるのも、彼女からは怖い感じがしないからだろうか。


「いただきます」

「だ、いっ……!」


 女性の声でようやく我に返り、ダメと声を上げるよりも早く牙が肌を貫いた。痛みは一瞬で、すぐに痺れて分からなくなる・

 少しずつ力が抜けていくのが怖い。なんでこんな訳の分からない目にばかり遭うんだ。あまりに理不尽な出来事の連続に、涙が止まらない。


「ぷはっ。ごちそうさま」


 首筋から女性の顔が離される。逃げたくても全身に力が入らず、女性の腕の中から逃げ出せない。


「決めた」


 気持ち悪く、まともに頭も回らない状態。それでもはっきりと響く女性の声。見上げればその表情は柔らかく、さっき感じた恐怖はいつの間にか消えていた。


「あなた、私の餌にするから」

「嫌です」


 勝手なことを宣言したので食い気味に拒否をする。けれど俺の石は無視され、女性の言葉が路地に響く。


「テレポート」


 眩い光に目を閉じる。一瞬の浮遊感の後、瞼の裏からでもわかる強烈な光が徐々に収まっていくのを感じ、ゆっくりと瞼を持ち上げた。

 先ほどまで薄暗い路地にいたのに、目の前に広がるのは見知らぬ――かなり散らかった部屋だった。とても広い部屋なのに、あちこちに衣類やごみが散乱していて足の踏み場もない。誘拐されたという事実よりも、こんな汚い部屋に監禁されることのほうが辛い。


 地球の日本にいるお父さん、お母さん。

 俺は異世界に転生したら女になってて、しかも吸血鬼に攫われました。

 これからどうすればいいでしょうか。

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