泳ぎ①
日本に戻ったが、かすみやレイに特に変わった様子はなかった。平穏な日々に戻れてホッとするべきなのか、少し迷いがある。平穏、日常、ということは、再びベビーに戻らないといけない。しらばくれていようと思ったが、そんなことを許してくれる彩先生ではない。帰国するやいなや、ベビーに戻るよう命令された。
調査しなければならないこと、それはAGUの相沢だ。俺は分身仏一体に相沢を見張るよう指示を出した。
今日は火曜日。つまりは、ベビースイミングの日だ。女子更衣室➡︎可愛いコーチ➡︎女風呂。天国に行ける日なのだ。自力で泳ぐのも、だいぶ上達した。今日は新たに試したいことがある。コーチの胸を目指していたが、溺れるフリをして、コーチの股間をゴールにしようと思う。考えただけで、楽しくなる。そんな想像をしていたら、かすみの都合が悪いということで、彩先生と一緒に行くことになってしまった。溺れるフリなど、すぐにバレる。手抜もバレる。本気で泳がないと、後が怖い。楽しいスイミングが、単なる特訓の場になる予感がする。
スイミングスクールに到着すると、第一のパラダイス、女子更衣室だ。スクールなのに、彩先生の水着は派手だ。胸が半分はみ出てる。この人は、常に一番でなくては満足しないようだ。スクールで一番目立っている。
プールに入ると、担当コーチが、やってきた。
『ちひろちゃん、上達が早いので、別プログラムにしたいと思うのですが、いかがでしょうか。』
『いいですわ。ハードなプログラムで、構わないことよ。』
何でもいいや。コーチが綺麗なだけで、満足。今までは3mほどの距離を泳いでいたが、今日から15mになった。大したことないと思っていたが、大間違いであった。手足のみじかい体で、泳ぐのは、かなりハード。それでも、なんとかコーチの胸に飛び込んだ。このまま、休みたいのに、もう彩先生が来ている。すぐに引き離され、また、15mを泳がされる。基本、彩先生に手加減はない。5回ほど泳いだあと、もう、限界だと思い、休憩をお願いした。
『彩姉ちゃん、休憩させてくだちゃい。』
彩先生は、ニコっと笑い、俺をプールに投げ入れた。休憩は無しというメッセージだ。俺は水中に沈み、溺れるフリをした。すると、浮かび上がって来ない俺を見て、コーチが慌てて助けに来てくれた。コーチに抱かれ、プールサイドに上がった。
『ちょっと無理をさせちゃったね。よく頑張ったね。偉いね。』
コーチが抱きしめてくれた。
練習が終わり、いよいよ、お楽しみタイム。女風呂だ。彩先生に抱かれて、湯船に入った。
『ちひろちゃん、さっき、わざと溺れたでしょ。お仕置きだからね。』
やっぱり、バレていた。俺は思い切り甘えたフリをして、彩先生の胸に顔を埋めた。
『甘えたフリをしても無駄よ。覚悟しなさい。』
暖かい湯船から出ると、シャワーを浴びた。これが、お仕置きタイムであった。冷水のシャワーだ。小さな体は、表面積も小さい。あっという間に、体が冷え切った。ブルブルと体が震えた。再び、湯船。そして、冷水。これを繰り返された。ついに、泣いてしまった。
『えーん、えーん、ごめんなさい。』
『わたくしを騙そうなんて、100億年早い。分かったわね。』
そういうと、最後に、もう一度湯船に入り、体を温めてくれた。着替えると、水分補給のジュースを飲ませてくれるし、大好きなプリンも食べさせてくれた。しかし、お仕置きのおかげで、他のママさんたちの裸体を拝める余裕が全く無かった。悔しいなぁ。そんなことを考えていたら、いつの間にか眠ってしまった。
家に戻って、しばらくすると、分身仏から、連絡が来た。分身仏によると、相沢は、普通に業務をこなし、定時になると帰宅したそうだ。俺は、相沢を24時間体制で見張るよう指示した。必ず、誰かと接触するはずだ。相沢を泳がせることにした。さらに、相沢の自宅に潜入し、パソコンのハードディスクのコピーをし、中身を調べるよう、MR.Tに依頼をかける必要がある。彩先生にお願いした。
『レイ姉ちゃん、この頃、変わった人や、変わったこととかなーい?』
『何もないよ。もし、変な人が来たら、すぐにぼんちゃん、あっ違った、ちひろちゃんを呼ぶから、安心よ。』
『いつでも呼んでいいから。』
『ちひろちゃん、遊ぼう。神経衰弱やろう。』
俺、ベビーの姿だけど、負けないぞ。
『姉ちゃん、やろう。』
床にトランプを伏せ終わったところで、かすみと彩先生がやってきた。
『あら、レイ、ちひろちゃんと遊んでるの。』
かすみが見てる。余計に負けられない。いいとこ見せてやろう。
『レイからやるね。』
そういうと、カードをめくった。ハートのAだ。次にAをめくる可能性は、51分の3だ。
『うーん、これ。』
めくられたカードは、スペードのA。なんて、勘のいい子なんだ。早く、俺の番にならないかなあ。ところが、俺の番が回ることはなかった。
つまり、一度もミスをせずに、全てのコードを当てたのだ。これには、かすみも彩先生も驚いていた。
俺は何もしないまま、負けてしまった。完敗とは、こういう時に使う言葉だと思った。レイちゃんは、まるで、トランプの中を泳いでいるようだった。
『レイちゃん、すごいね。もう一回できる?』
『出来るよ。』
彩先生が、カードをよく切り、床に伏せておいた。レイはニコニコしながら、カードを端から、めくっていく。
『クローバーのK、ハートの2、ハートのJ、、、』
全て当たっていた。凄い。透視能力を持っている。
『レイちゃん、カードの裏が見えるの?』
『違うよ。裏は見えないよ。でも、全部、覚えてるの。このトランプ、ずっと使っているから、どれがどのカードなのか覚えちゃったの。』
俺には、全て同じ柄のカードにしか見えないが、レイにはその違いが分かるらしい。カードごとの特徴を覚えているのだ。そして、それを全て記憶している。なんて、頭のいい子なんだ。俺は、尊敬の念を抱いた。これなら、本当に姉と呼べる。
『ママあ、レミ、お腹すいたあ。』
『ママあ、ちひろもミルク飲みたい。』
『まあ、仲のいい姉妹だこと。』
彩先生が笑っていた。かすみも笑っている。俺は気がついた。レイは、頭がいい。だが、凄いのはそれではない。そこにいる人、全員の心を和ませること。全ての人を笑顔にさせる能力だ。悪魔が敵視するのは、この能力なのかもしれない。守らねばならない。