プロローグ
大陸統都、ヴィーアルトン市。大陸政府における中枢機能の拠点であり、首都として存在するその街は、大手宝石商会の本部や魔女協会の支部も建ち並ぶ、大陸最大規模の都市の一つである。
そんな街の片隅に、探偵事務所を営む少女が一人、住んでいる。
彼女のことを、街の皆は親しみを込めてこう呼んだ――
「いた! いたよ、ワトソン!」
「あー、ほんとだ」
ヴィーアルトン市第四広場から北に続く街路。の、脇。
植えられた大きな樹木の一本を、先を行く金髪の少女が指さしている。ワトソンは自身の額に手をかざし、その姿を確認しながら同意を示した。
依頼主の言っていた、白い毛並みとすみれ色の首輪。特徴の鍵しっぽは楓の葉に隠れて見えないが、恐らく間違いないだろう。少女もまた、ワトソンと同じ判断をしたようだ。両腕を高く上げ、ぴょんぴょんと飛びはねながら、樹上の猫に呼びかけている。
「にゃーん! にゃーんこ、にゃんすけー! おうち帰るよおー!」
「にゃーん」
少女の呼びかけに、樹上より返るは子猫の鳴き声。
しかし。追いついたワトソンは、バインダーの調査書類をめくりながら淡々と指摘する。
「センセ。猫の名前、にゃんすけじゃなくてエドゥアルトです」
「し、知ってたもん! 知ってたもん! 降りておいでー! えっと……え、えどう、あると? だっけ?」
忘れていたようだ。
とはいえさらに指摘を重ねれば、この少女はきっとむきになるだろう。そうすれば、宥めるために余計な時間を食うことになる。
子猫はどうも、木から下りられなくなってしまったようだ。助けを呼ぶようにしきりに鳴く猫を見上げ、次に自身より小柄な彼女を見下ろして、ワトソンは自身の雇い主である少女に、今後の意向を尋ねた。
「どうします? センセ」
「……仕方ないなぁっ」
気合いを入れるような言葉。のちスプリングコートを脱ぐと、お気に入りの鹿追帽とともに「持ってて」とワトソンに預け、ブラウスの腕まくりを始める。状況と併せ、彼女が何をしようとしているのかはすぐにわかった。
「センセ、上れるんですか? 俺、行きましょうか」
「大丈夫。私、小さい頃はいつも木登りばっかりしていたし、結構得意なの。ワトソンはそこで、私の探偵らしいところを見ていてちょうだい!」
木登りは『探偵らしい』行為なのだろうか? 疑問に思うが、目下の問題はそれではなく、いつもどこかずれている――もとい、やや心許ない彼女の運動神経に関してだ。しかしワトソンの懸念は杞憂であったようで、意外や意外、彼女はするすると、いとも簡単に楓の木を上っていった。
間もなく子猫のいる枝へとたどり着き、彼女は子猫へと手を伸ばす。
「降りられなくなっちゃったのね。でも、もう大丈夫。この名探偵テリィさんは、どんな事件だってすぐに解決しちゃうんだから」
少女の碧眼が、抱き上げた子猫を映して笑う。わかっているのかいないのか、子猫は少女の胸の中で、にゃあ、と一声短く鳴いた。
「さ、それじゃ……」
猫を抱いた彼女が、樹下へと視線をやって――しかし、そのとき。
なぜか少女が、静止した。
滑稽に引きつった表情で、きょろきょろ、きょろきょろと、あたりを見回して。
「わぁとそぉん」
「何ですか、センセ」
聞き返す。と。
ワトソンの雇い主にして『テリシラット探偵事務所』の所長であるその少女、テリィは。
先ほどまでの子猫と同じように悲壮な声で、こんなことを言うのである。
「下りられなくなっちゃった……」
ワトソンは、今度は別の意味で額に手を当て、ため息をついた。――そうなるだろうと思った。
*
大陸統都、ヴィーアルトン市。大陸政府における中枢機能の拠点であり、首都として存在するその街は、大手宝石商会の本部や魔女協会の支部も建ち並ぶ、大陸最大規模の都市の一つである。
そんな街の片隅に、探偵事務所を営む少女が一人、住んでいる。
彼女テリシラットのことを、街の皆は親しみを込めてこう呼んだ――『ミス・テリィ』と。
これは、少女探偵テリィと、その助手ワトソンの物語。
この物語はフォロワー・さわ猫さんの「謎が謎呼ぶミス・テリィ ってすればこのタイトルで物語が始まりそう」というツイートからはじまったものです。
原稿用紙100枚分くらいで書き切れたらと思っています。さほど長いお話にはならない予定。
気ままに更新。のんびりお付き合いくださったら幸いです。