登下校 (佐藤・本田)
今日も、 いつもと変わらない何気ない日が始まろうとしている。 朝起きて、 顔を洗い、 朝食を摂る。 特段家が豪邸なわけではなく、 普通の4LDKで、 姉は2年前に東京に転勤になって以来、 疎遠なので、 実質親と3人で暮らしている。 2階から降りてリビングに向かうと、 両親は起きてはいるが、 早朝特有の、 いがみ合っているわけではないが何か暗い、 ワイシャツの襟に付いたシミのようなうっとうしさが充満している。
そんな中、 一一限目から授業のある今日は、 まだ朝日ものぼらないうちに朝食を食べることになり、 松居棒でないと取れない窓のさっしに挟まった埃を指でとろうとするように、 二度寝以外に解消しようの無い眠気と格闘している。 時間も気にしてないようで、 すごく気にしている。 とりたてて朝はこれがないとダメというものはないが、 とりあえずは。 炊飯器にご飯が残っているかは確かめる。 その日は運良くご飯があり、 それに冷食をたして、 簡単に食事を済ませる。 大学生にもなって特に朝から話さないといけないこともないので、 朝食をとるや、 白のリュックを背負い、 「いってきます。」と、 一言だけ声をかけ、 玄関を出た。
最寄駅までは、自転車で10分かからない程度。 生まれ育った街は生活に困らない程度の田舎で、 市街地までは電車で30分ぐらい。 学校へは途中の駅で京都線に乗り換えるので、 終点まで定期がないのが残念だ。
駐輪所に自転車を置いて、 改札を通り電車を待つ。 おそらく多くの通勤通学者たちがそうしているように、 俺もどの車両のどのドアから乗るかはルーティーンとして決めている。 最後の車両、 といっても乗り換えると方向が反対になり最前になるのだが、 後ろから3つ目のドアと決めている。 俺が多くの人がそうであると思う理由は、 電車内の風景が、 まるで2つの鏡を向かい合わせにしたときのように、同じだからでsる。 50代後半ぐらいの、毛髪の交代しているサラリーマンが、 狭い中足を組んで、 新聞を広げていたり、 女子高生が周りと友達と歩調を合わせないといけないという義務感から、 混雑を気にせずスマホを眺めていたり、 同じ日の同じ時間を過ごしている心地になる。
そういう自分も別に、 何か特別なことをしているわけだはない。 ある程度は友達と繋がらないといけないと思い、 Twitterを確認するし、 音楽も聴く。 なんら変わらない。 強いて言うなら、 そんな自分を棚に上げて、 周囲のそういった無益な行動を、 静観していることぐらいだろうか。 そんなにスマホみてどうする、 なにか役に立つのどろうか。 そんな薄っぺらい知識で繋がる人を友人と呼べるのだろうか。 あるいは、 新聞を読むのは勝手だが、 周りに気を配れないあなたは、 そもそも会社で嫌われるので、 ニュースを読んだところで意味ないですよ。 などと考察はしている。
京都線に乗り換えると、 高確率で座れる。 通勤ラッシュの電車で座れたらやることはただ一つ。 10年来のカビのようにしつこくまぶたの裏を占領する眠気に負けることだ。 なるほど、 俺も大して周りと何も変わりゃしない。 たとえ、 周囲の難解な行動を心の中で非難しようが、 結局自分が非難の対象になっている。
周りと同じ。 とりたてて特別なことをするでもなく、 あるいはできるわけだもない。 人並みのことはこなしてきたつもりだが、 一番になることはなかった。 ただ真面目にやるべきことをそつなくこなしていたので、 真面目だとか努力家だとか、 そんなことは言われてきたが、 それは容姿であったり、 運動神経といったところに魅力のない人が、 苦し紛れに受け取る努力賞のようなものだ。 ただそれは21歳になった今となっては、 諦めのつくことだ。
そんなことを、 瞼の裏で回想するかしないかとまどろみが40分ほど続くとそこはもう、 日課である小旅行の到着地点、 京都だ。
電車から地下鉄に乗り換えるのに、 混雑を除けば手間はかからない。 今の時代わざわざ定期券を出さなくとも、 電子カードをタッチするだけで改札を通れる。 朝から欝蒼とした大人に混じって、 駅の階段を登り、 改札を抜ける。 地下鉄の駅には地上にでる必要もない。 改札を出て左に15秒歩けば、 そこが地下鉄の改札だ。 先ほどと同じ要領で中に入り、 やはり1時間まえと同じように、 決まった車両の決まったドアから入る。 通学者にとって電車の乗り降りとは、 ただの作業である。
ただ、 一つだけ違うことがある。 電車では優雅に一人の時間を満喫できるが、 地下鉄では、 よく会う友人がいる。 本田かおりだ。
彼女とは学科が同じで、 来る時間帯、 地下鉄、 授業と何かと縁があり、 入学以来それなりに親しくしている。
「おはよう、 悠馬くん」
「おはよー」
彼女の声は、 はちみつに砂糖を振りかけたような甘い声で、 容姿はどちらかというと子供。 中学生と偽っても、 半分ぐらいは騙される気がする。 髪は肩ぐらいまで伸びて、 毛先を少しカールしている。 ナチュラルメイクという矛盾を施しているところで、 ぎりぎり大学生と判断できる。
「眠いねー」
「ほんと、 一限から必修とか学生を労ってほしいわ」
「ほんとねー、 もうすぐ3年の秋学期になってもまだ一限あるとか、 うちらぐらいじゃない? しかも必修で」
「先生もしんどいだろうし、 無理にしなくてもいいのにね」
地下鉄の乗車時間なんて10分もかからないので、 普段は特に深い話はしない。 ただ、 今日はいつもと違う。
「今日の5時にラウンジでいいんよね?」
「うん、 そうだよ。 履歴書とか必要なものを持ってね」
「なんか私が就活するなんて、 信じらんない」
「俺もだよ。 自己分析ってなにって感じ」
「ほんと、 就活あるのに、 一限とか信じらんない」
「そこなの?」
客から一銭ももらえない夫婦漫才でもって、 現状への不満をドアにぶつける。
なんでかわからないが、 大学3年生からは就活をすることになっている。 先日、 第一回就活セミナーたるものが行われ、 そこでは、 やれ「就活にフライングはない」だと、 「今この瞬間でも就活を始められます」だの、 あるいは先輩の経験談を聞かせ、 とにかく学生にはやる気持ちを抱かせようとする、 そんなセミナーだった。 全校集会での生活指導の話ばりにくだらない話をして、 一体何人の気持ちが動くのだろうか。 就活が迫っているという事実を、 自分のことには置換せず、 ただ光にぶつかる害虫のように、 現実への不満を反芻する。
別にまだ始めなくても大丈夫、 結局周りと同じように3月ぐらいから始めればいい。そんな軽々しい考えを打破してくれたのが、 他でもないかおりだった。
「でも、 セミナーの後かおりが就活会議っていうの? 誘ってくれて助かったよ。 まだいいだろって高を括ってたからなぁ。」
「私も、 キャリセンの人の話を半信半疑で聞いてたんだけど、 前に話したバイトが一緒の峰くんがもう動いてて。 それで私も少しずつやってみようかなぁって」
「ほんとよかったよ。 俺、 バイトもサークルもしてないから一人でどうしようかって悩んでたからさ。」
つい先日までの現実逃避を押し隠して、 とりあえずその場を取り繕う。 そんな校長の朝の話ばりにどうでもいいことを話しているうちに、 大学に着いた。 俺らの大学は、 特別難関大学なわけではないし、 学生のやっていることも大したことではないが、 一応全国に名の通っている有名大学だ。
学科の必修授業なので、 一限は同じ教室なのだが、 教室に入るや否や、 それぞれ別の席に座り、 友達を待つ。 授業は300人を超える規模の授業なので、 一方通行的にすすむ。 授業と同じように、 受動的にすすむ世間を横目に、 夕方の会議に想いをいたしながら、 時の流れに身をまかせる。