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学園抗争歌戦姫~スクール・ストライフ・ソング・ヴァルキュリア~  作者: 十参乃竜雨
第一章 キグルミ、サンドイッチマン、プラカード。そして物語は再スタート。
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劣化コピーの信奉者達

 無言のままミーティングルームについたそこには数十人の人間が集まっていた。

 なんと寂しい事だ。本当なら信奉者全員と会うとなったら、演習場を貸し切るくらいでなくてはならないのに、ミーティングルームで事が足りているのだ。

「…………これが私の信奉者の皆さんです」

 先ほどまでのやり取りですっかりと元気をなくしている。

 俺はそれに少しイライラしながらも、信奉者たちを見渡す。顔と名前はもう昨夜のうちに頭に叩き込んでいる。少ないから簡単であった。

「…………紹介したい人がいるって言ってたけど、コイツ、誰?」

 制服の白いシャツの上に赤いパーカーを着ている女が言葉を発した。茶髪のショートカットで大きな赤いヘッドホンを首にかけている。口には棒付きの飴を加えている。

 明らかに素行の悪い雰囲気が醸し出されているが、そういう部分を除いてみると体は華奢だし、顔だちは少し幼い印象を受ける。

 確か、名前は閃律 アイリア(せんりつ あいりあ)。スレイナの信奉者の紅一点。

 それよりも紹介したい人がいるとか、事前にそれしか言ってないのかよ!

 そんなこと言ってたら、恋人か何かだと思ってしまうだろ!

 ミーティングルームに入った時に殺気が飛んできたのはそのせいか。

「私にとって重要な人なんです」

 また勘違いされそうな言い方をしやがった。もうわざとやっているんじゃないか! 嫌がらせか⁉ 信奉者たちとの関係を悪化させる前に、訂正しなければ。

「俺はおまえた……」

「モレはそんな奴は認めないんだお‼」

 ああ、もうめんどくさいことになってきている。たしか、このうるさく言っている連中はたしかスレイナ親衛隊と名乗っているはずだった。

 一番初めに俺に罵声を飛ばしてきたのは親衛隊の隊長と名乗る太った男だ。もう丸太と言ってもいい。スリーサイズを計ったら一〇〇、一〇〇、一〇〇とか簡単にありそうだ。

 名前はたしか、大犬オオイヌ 河豚狸フグリ。特徴的すぎてすぐに覚えた。

「河豚狸さん! ちょっとなにか勘違……」

「みなまで言うな、だお。この男は我々がテストしてやるんだお! スレイナ氏にふさわしい男かどうかをだお」

 ああ、変な方向へ話が流れていっている。その前に信奉者に流される歌戦姫ってどうよ。

「貴様、スレイナ親衛隊の会員番号、欠番の二番、スレイナ氏の未来の旦那様の持つ輝かしい二番を欲しければモレの屍を越えて見せろだお!」

 ああ、なんだこのむだにカッコいいセリフを盛り込んだ茶番は。俺は盛大にため息がつきたくなった。

「だから、俺はそんなんじゃ……」

「おぬし、ここにきてまだ言い訳をするのか、だお! 最低な男だお! 男の風上にもおけないんだお!」

 ああ、もうめんどくさい。ああ、引き籠りたくなってきた。

「貴様の血はなに色だお! 貴様はモレたちが血の涙を飲むほどの男ではないんだお! スレイナ氏が傷物になる前に成敗してやるんだお!」

 大犬がどたどたと俺に向かって走ってくる。

 ああ、もうどうにでもなれ!

 とりあえず、見せしめにコイツを盛大にぶん殴って黙らせるか。

 俺が巨体を鎮めるための拳を構えた瞬間の事だった。

「フギュラバハァ、フボダオォ!」

 その肉弾戦車が一瞬にしてボンレスハムになった。銀色の金属糸だった。その元を俺は目で追う。すると紅一点のアイリアにたどり着いた。彼女の袖からその銀色の糸が伸びていた。これが彼女の得物か。ピアノ線の類だろう。それが河豚狸の体を縛っていた。

 歌戦姫抗争ではある程度の武具携行は許されている。それも許される武具の一つだ。

「…………そこの豚、スレイナが困ってる。黙れ」

 言葉を最小限しか使っていない感じだな。見た目の派手さと違ってアイリアは寡黙なのだろうか。それより周りが黙ったことで俺の喋る機会ができた。

「も、モレ蔑まれて、なんか体が熱くなったんだお!」

 おい誰か、とりあえずこの変態ハムをどこかに捨ててきてくれないか。というかもう一回燻製されてこい。

「俺はコイツの未来の旦那様ではない。俺はコイツが入ることになった新チームの統括者になった者だ。刃斧斗 哉芽という。」

 その場にいた者達がざわざわとし始める。それもそうだろうな。

 普通こんな信奉者が少ない歌戦姫は足手まといになるから、チームには入れない。だからいまさら誰かがチーム入りするとは思ってもみないことになるだろう。

 ちらほらとスレイナを祝福する声が上がる。

 でも、これだけははっきりさせておかなければならない。

「喜んでいるところ悪いが、喜んでばかりはいられないぞ」

 今まで個人戦しか出れなかったのをチーム戦に出れることになり、試合数が単純に倍になると考えてもいい。その分信奉者にかかかる負担は増大する。

 その負担に耐え切れなくなって信奉者をやめる者だっているのだ。

 それで一人にかかる負担が増大すれば、負のスパイラルまっしぐらだ。

 だからこの信奉者たちがやらなければならないことは決まっている。

「まずは新規の信奉者の獲得だ。少なくともチーム戦に出るころには一〇〇は欲しい」

 勝ち負けはともかくそのくらいの数がいなければ勝負にならない。

 そのほかにも俺はいろいろと注文を付けていく。

 当然ながら途中から拒絶の反応が現れてくる。当然だろう、誰だって新参者にとやかく言われれば渋りたくもなる。それに彼らの本心から言えば、信奉者の数なんて増やしたくはないだろう。信奉者が少なければ少ないほど、自分が目立ち、歌戦姫に認識してもらえる。誰だって誰かの特別になりたい。それは当然の認識だ。

 こういう場合、この認識をぶち壊せるのは新参者の俺ではない。

 歌戦姫しかいないのだ。

 俺はスレイナへと視線を移す。彼女は黙って俺の話を聞いていた。

 信奉者に声を、想いを、届けるのは歌戦姫の役目だ。

 発言を求める俺の目線に気付いたスレイナは慌てながらも口を開く。

「私は。えっと、私は、その……」

 なんでこんなにも自己主張ができないのやら。俺が一言もの言おうとした時だった。

「スレイナ、言いたくなければ、言わなくていい。そこの統括者」

 アイリアは俺をにらみながら言う。

「スレイナを困らせる奴、許さない。その場合、私が相手になる」

 俺は小さく溜息を吐く。これは前途多難だな。

 なんでクレマは彼女をチームに入れようと思ったのだ。スーパーアイドルだった者の妹だったからか? あの頭脳明晰なクレマがそれだけの理由でするわけがないのは分かっている。しかし、俺ではその意図を読むことはできなかった。

 まったく昔っから腹黒軍師と呼ばれただけはあるな。

 はぁ、乗り気はしないが、俺が火種だけでも作るしかないか。

「お前等、新しく信奉者を集めなければ、この先にあるのは滅亡だけだ」

 正直ここは学園だ。だからこそ落ちぶれても受け皿がきちんと用意されている。

 今は別に良いだろう、その地位に甘えるのも。

 だがこの学園を一歩外に出れば、外の世界は弱肉強食の世界。

 抗争で勝てなければ、人気が落ちる。人気が落ちれば、信奉者は離れていく。

 信奉者が離れれば、抗争に出れなくなる。抗争に出れなくなれば人々に忘れられる。

 そんな世界に生きていた俺だからわかる。

 前戦った相手がいつの間にか消えているなんて何度だって経験した。

「俺は別にいいんだぞ、お前らの歌戦姫が消えてしまっても。一人減ればチームの統括もしやすくなるからな」

 そう言った瞬間、目の前の信奉者たちから怒りの声が上がる。

 人は怒りが動力源となる時もある。怒りを生み出すものの一つに、敵の存在だ。嫌われ者を演じることでこいつらを無理やりにでも奮起させる。

「こんな馬鹿野郎の事はほっておいて、モレたちはモレたちだけで頑張って勧誘すればいいんだお! 者どもいくんだお!」

 いつの間にかアイリアの糸から脱出してボンレスハムではなくなった河豚狸がそう言った。親衛隊の引張り役の河豚狸がのって来たことはありがたい事だった。

 そう言って俺の前を横切って、親衛隊の信奉者たちがミーティングルームを出ていく。

「スレイナ氏も行くんだお! これからこんな奴のいない所で作戦会議やるんだお!」

「あ、はい!」

 こちらをチラチラと見ながらも流されるままにスレイナはミーティングルームを出ていく。アイリアもそれに続く。彼女は俺の目の前で立ち止まり俺に話しかけてきた。

「統括者。何を考えているか、分からない。でもスレイナを悲しませるなら……」

 力強い眼光を飛ばしてきた。こんな眼光を若い時から受けてきている俺は怯まない。

「あんたをぶっ潰す」

 怖い事で。しかし、あながちウソではないだろう。先ほど河豚狸を一瞬でボンレスハムにした。その時糸が絡まる様子すら目で追えなかった。だからかなりの実力の持ち主だと分かる。おそらく欠陥品となりさがった俺では苦戦は必須。プロリーグで戦ってきた経験値がなければおそらく勝つことはできないだろう。

 俺の培ってきた戦いの感性がそう俺に語り掛けてきていた。

 アイリアはそう言うとミーティングルームを後にした。

 あれほど小うるさかったミーティングルームがシンと静まり返っていた。

 さぁ、予想外に早く終わった為に暇だ。よって、寮に帰って引き籠りライフを堪能するか。俺はそう思い、ミーティングルームをあとにしようと歩き始める。

 しかし、一握の違和感が俺を襲った。

 俺は急いで振り返る。そしてその違和感の正体を見つける。

 それはミーティングルームの後方。全身を黒一色でレザージャケットにブーツの男がいた。何もかもが黒に染められた格好。目に見える限り、黒でないものといえば肌と髪色のみ。白髪とまでは言えないが白に近い色が抜けた髪の色をしていた。

 そしてサングラスをしている。なぜ、室内でサングラス? 格好はついているのだが、なんせここはマンガの世界ではないのだ、明らかに不審者にしかない。

「フハハハァ! ようやく我に気付いたか」

「いや、お前の空気が薄いだけだから」

 ああ、言ってしまった。これは人が気にしている部類の物だ。

「フハハハァ! 我にこちらを視認できたということはこちら側、裏の世界の住人だと思ったが、まだだったようだな!」

 ああ、わかってしまった。この人、患っていらっしゃる。

「お前はついていかなくて良かったのか?」

 こいつ一人だけがここに残っているのだ。患っていらっしゃるんだから特に意味がないんだろうが、とりあえず、聞いてみた。

「フハハハァ! 我は群れる主義ではないのだ。孤高の漆黒の闇を好むのだ!」

 はい、予想通りの答えありがとう。

「フハハハァ! おぬしが漆黒の裏の社会に一歩踏み出した記念に俺の異能をみせてやろうではないかぁ!」

 フハハハァばっかウルサイ、それに踏み出してねぇよそんなところ。

 それに異能って…………あ、能力の事か。

 信奉者が抗争中に限り、特有の能力を使用できる場合がある。

 それを【信奉者能力ファンアビリティ】という。

 痛い男が近くの機器を操作し、歌を流す。声はスレイナだ。

 疑似の抗争状態を作り出して、能力を発揮しようということだろう。

「暗黒面に宿りし我の漆黒の思想よ、偽りの世界に転生せしめたこの我に貪欲なその力をしめしやがれぇ!」

 ああ! イタイ! イタすぎる! もう直視ができない。

 そう思っている俺の目の前でその男が片手を高めの天井へと向ける。

 だが俺は次の瞬間絶句する。

 人を容易に飲み込むような漆黒の炎が立ち上がる。それは簡単に天井に達し、その天井を埋めつくさんばかりに広がっていく。それを見た俺は慌てて声を上げる。

「おいバカ野郎‼、火事になるだろうがぁあ!」

 こんな人がいるところで火事を起こしてみろ、大変なことになるぞ!

「フハハハァ、安心しろ偽りの世界の住人よ! 俺の暗黒の炎に触れてみるがいい」

 そういうと男は火柱を上げるのをやめ、手のひらに乗るサイズにして俺に差し出してきた。俺は言われるがまま手を差し出してみる。

「あつッ!」

 それは熱かった。しかし、何というのだろうか。

 湯のみに熱いお茶を入れた時ぐらいの熱さだった。やせ我慢したら我慢できるくらいの熱さだ。え、なにこの見た目を完全に裏切っている。

「フハハハァ! 我の異能力名は【道化師の魔法(ピエロ・マジック】。平和に現を抜かす者共を騙す我の漆黒魔法だ!」

 なんと評価したらいいのか困る能力だな。元々【信奉者能力】は一朝一夕に身に付く能力ではないのだ。一生その能力が開花しない者もいれば複数の能力に目覚める者もいる。

 実際に俺も【信奉者能力】を複数持って『いた』。今は一つも使えないが。

 さまざまな理由から一度手に入れた【信奉者能力】を失くす者も少なからずいる。

 まぁ、俺が『欠陥品』たりえる原因の一つである。

「貴様は集団を支配する者といったな!」

 ああ、統括者の事ね。

「我のこの異能の事を知り、役立てるがいい! フハハハァ!」

 とりあえず、見せびらかしたかったって解釈でいいのかな。

 でもまぁ、ハッタリの能力だといってもいい。でも馬鹿にはできない。この能力を、このハッタリをうまく利用すれば、かなり使える能力だと考えていいだろう。

「まだ、名前を聞いてなかったな」

「フハハハァ! 我のこの偽りの世界での仮そめの名は、アルディ シンビィだ。己の心に刻みつけるがいい!」

「俺も改めて、刃斧斗 哉芽だ。以後ヨロシクな」

 俺が手を差し伸べると迷うことなく握手をしてきた。ここで、能力持ちがいることがわかって少し安心する。これから大変だろうが、信奉者の数を増やすことができれば、負け確実という底辺のラインを脱出できるだろう。

 まずはそこを目指してやっていくしかない。低い目標であるが、そうやっていくしか道はないと言える。

 俺は改めて目の前の男を見てそう思った。


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