風の通る廊下
俺はミーティングルームへと向かう廊下を歩いていた。授業が終わった放課後だ。隣には途中で合流したスレイナがいた。
そもそもこの学園は歌戦姫育成学園と銘打っていることもあり、この同じ学園に通う者でもカリキュラムが全然違う。歌戦姫はそれ用に組まれている。もちろん数学、古典といった一般の教科もあるが、やはり、ボイストレーニングやダンスレッスンといったそういう学習時間も組まれている。一方信奉者はガチガチの体育会系かというと、そうでもない。一般教科を除けば、全て選択式授業。体力トレーニングだってできるし、調整者、交換者、統括者といった専門的分野の知識を深める授業も存在する。
要は自由度はかなり高いといってもいいだろう。
この学園の信奉者があまりにも多すぎる点もあり、そういった形式にしているのだろう。歌戦姫が一五二七名いるのに対して、その一人当たりに平均五〇〇人の信奉者がいるのだ。そう考えれば一人一人にあった授業などとは言ってられないだろう。
そしてその平均五〇〇人はいるのに対して二〇人しかいないという問題をまず解決しなければならない。ただでさえ、前日のクリスとの一件で問題が増えてしまったのだ。
解決できる問題は早めに解決しなければならない。
「…………あの刃斧斗さん?」
一人いろいろ考え事をしていたら隣で黙ってついてきていたスレイナが話しかけてきた。
「一つお聞きしてもいいですか?」
「歩きながらでもいいならいいぞ」
ただでさえこの学園はバカでかいのだ。運が悪く、遠くのところにあるミーティングルームが当たってしまえば移動時間がそれなりに発生する。
歩きながらでも話さないと時間がもったいない。
「あの、お姉ちゃんの筆頭信奉者だった人がなぜこのチームの統括者になったんですか?」
「…………なんでそんなことを聞くんだ」
正直、スレイナと接する機会はそう多くもなく、彼女がどんな人間かは、変な着ぐるみをきる少しねじの飛んだ歌戦姫というぐらいの認識でしかない。無論、あの化け猫キグルミは禁止にしたが。
でも、スレイナと話す俺はどこかイライラとしてしまう。自信のなさがしみ込んだその声に気分を害されているのか。いや、正確にはそうじゃない。
そのイライラの正体がわかりさえすれば、心の奥にでも締まるのに、分からないからこそ、歯に何かが挟まってなかなか取れないときのような苛立ちを覚えてしまう。
「私、お姉ちゃんの出た試合、全部見たんです。あの時の刃斧斗さんの輝きは忘れません。お姉ちゃんとまるでダンスをしているようで」
「そのトッププレイヤーがこんな学園の生徒まで落ちぶれたとでも言いたいのか?」
ああ、最悪だ。正直そんなことなど相手は思ってもいないだろうに。
いつもの俺なら本心など隠し、うまく人と付き合える。引きこもりなりの処世術で。
でも、今の俺はなんでも口走ってしまう最悪で馬鹿な奴だ。
「いえ、そんなことは……」
彼女は胸にぶら下げた鍵型のネックレスをきゅっと両手で握り絞める仕草をした。
「お前は、もっと思った口に出した方がいいぞ。歌戦姫は自分の想いを言葉に代え、それを歌詞にし、さらに声を吹き込んで歌声にする。いわば自己主張しまくる役目だ。そんなに引っ込み思案だとあとが思いやられるぞ。それに……」
ああ、俺は最悪の言葉を彼女にぶつけようとしている。なぜわかっているのに止められないんだろうか。それが自分でもわからない。
「お前の姉はお前よりはできていたよ」
誰かいるならこの俺をぶん殴ってくれ! 気絶するまでぶん殴ってくれ‼
彼女の姉は完璧だった。どんなことでも完璧だった。まさにスキがない完璧さだった。
だからこそ、歌戦姫界でトップに降臨し続けることができたのだ。
あんな才能は一生分の努力をしようが手に入れれるものではない。
神が与えた才能だって思ってもいいくらいだった。そんな姉を持ったらどう思うだろうか。自分もなりたいと思っても、努力しても決して手には届かない高みにいる姉。
そんなものコンプレックスしかならないだろう。
それに嫌でも周りは比べてくるのだ。それらが分かっているのに俺はそんな言葉をぶつけたのだ。そんな俺はタンスの角にでも頭をぶつけて死ねばいい。
スレイナはそれ以降黙ったままだった。
それは当然の結果だ。
俺はそのまま無言で歩く。とりあえずこれからスレイナの信奉者に会ってこれからの対策を考えるしかない。
ふとスレイナを横目で見る。 彼女は自分の首にぶら下がったブレスレッドをまだ握り締めていた。こころなしか、先ほどよりも強く握り込んでいるように見える。
二人の歩く音だけが寂しく廊下に響き渡る。