真相
俺は膝を地面についていた。
同時に俺は理解してしまった。知ってしまった。
確かめる方法なんてないから分からなかったんだ。
あいつの想いを。知る方法なんて存在しないと思っていた。
でも、ここに、あった。これは間違いなく、千灯シオンの想いだ。
俺はどこか、あきらめていたんだ。もうあいつの気持ちを知ることなんてできないと。
でも、知ったら知ったらで現実という銃口が頭に突きつけられる。
だったらなんで今回のようにあいつを救う事ができなかったんだ?
救う力があったのにも関わらず。なぜだ。
ああ、その現実に押しつぶされそうになる。
俺はあいつの事が……。そしてあいつも俺の事を……。
俺が地面に崩れ落ちそうになった時。
俺は暖かいものに包まれる。俺はそれが何かわからなかった。
少ししてそれは人肌の暖かさだと知る。
スレイナが俺の頭を抱いていてくれた。それが俺が落ちるのを引き留めてくれた。
彼女は何も言わなかった。それが俺にとってどんなに助かったことか。
「す、まない。少し、いいか?」
「…………はい、何ですか」
その言葉はひどく優しく聞こえた。
「十分、いや二十分間これから起、ることはすべて、忘れて、くれない、か?」
「はい」
そう彼女が言うと俺は感情があふれ出した。
俺は感情にまかせて、声を上げて泣く。
八年前だって、泣きはしなかったのに。なのに、もうこの感情を俺はどうすることもできなかった。だってそうだろう?
俺とあいつは両想いだったのだから。
俺はその感情にまかせて大声をあげ、今まで流したことのなかった初めての涙を流す。
○ ○
「いや~、呼び立ててすまないね、哉芽。怪我の方はもう大丈夫なのかい?」
墓参りから次の日、俺はクレマに理事長室へ呼ばれた。
理事長室に来るともうすでに先客がいた。
その先客とは、見事団体戦の大会をストレートで勝ち進んだチームの長のフリージアと、歌戦姫抗争の警備を任せられている大企業の警備員で俺の顔なじみのおっさんだ。
フリージアは俺等との戦いの後、大会で戦っていない。つまり、大将戦に行く前に勝ったということだ。まぁ、そのおかげで学園通信では、やたらと『フェルクレイリィ ヒナ』の記事が取り上げられていた。
そのおかげもあってか、スレイナをはじめ他のメンバーの信奉者の申し込みがそれぞれ増えてきた。まぁ、悪い兆候ではない。
「みんなを呼んだのは他でもない。今回のステージ事故に関しての報告だよ」
そう言って彼女は紙の束をそれぞれ俺を含めた三人に配る。その書類にはマル秘と書かれた印が押されていた。
「ちなみに盗聴等、情報漏えいする手段は全て排除しているから、気にせず基端のない意見を聞かせてほしい」
俺はその紙束をめくって中を見る。難しいことがたくさん書かれていたが俺にも分かるように簡潔にわかりやすくまとめられていた。
「それで今回のステージ崩落の原因は人為的なものであると分かった」
俺はその言葉に驚く。
「それで犯人は……」
「ライブ映像の解析ができて犯人が分かって家に踏み込んだ時には首をつってた」
犯人はフリージアの信奉者の一人であったこと。そして、ステージの一部分をいじるだけでステージが崩壊するように組み立てられていたこと。その仕組みが全競技場のステージに仕掛けられていたことが他にも分かった。ステージを組み立てた会社を捜索したらもぬけの殻だったらしい。そしてクレマは続ける。
「それで今回は犯人死亡で片が付いたみたいだね。学園も事を大きくしたくないからこれで終わらす気でいるみたいだ。ここまで組織が大きくなると私の意志に反する者もいるからね。大きな決め手がない以上そうするしかない状態だ」
クレマがそう言うのだからそうなのだろう。
「そのステージの仕掛けってのを見抜けなかったのは完璧なウチの落ち度だな。おそらく、検査の中で誰かが書類を改ざんしたか、意図的に見過ごした奴がいたみたいだな。今こっちはそれを調査中だ。でも、上がそれについてやる気を出していない以上、馬鹿を発見するのは難しいのが現状だ」
「私もステージの崩壊を引き起こした信奉者の周りに聞き込みをしたが、たいした手がかりは得られませんでした。すみませんが今回は役に立てませんでした」
おっさんとフリージアの順でそのように言っていた。しかし、疑問が起こる。
「俺はなんでここに呼ばれたんだ。いろいろと状況が読み込めないんだが」
「ああ、そうだったね」
そう言うと紫の長い髪を揺らしながらクレマはこちらを見てきた。
「ここにいるのは信頼のおけるメンバーだ。そして私たちは八年前の『歌戦姫界の悲劇』の調査をしている」
「おい、どういうことだよ、あれは事故で終わっている事だろ!」
「引きこもっていた君は知らないだろうけど、それはあくまで表的理由だよ。実際は原因不明で片付けられている」
それは俺にとって初耳だった。
「あの当時、私は一介の信奉者でしかなかったから、自分一人の手では、調べることなんてできなかった。だから、私はあの悲劇を期に信奉者をやめ、学園の長にまで上り詰め、権力を手にすることで、力をつけてきた」
俺は黙ってクレマの言葉を聞いていた。
「そして、調べたいものを自由に調べる力を手に入れた。なぜそんなことをしたかって? だってそうだろう?」
クレマの言葉は、想いは真っ直ぐだった。それは俺に届いてくる。
「自分の信じた歌戦姫、友の死を原因不明で終わらせてたまるか!」
感情を表に出すクレマはそんなに見たことがない。八年前だって、冷静沈着でみんなの頭脳だったのだから。
「だから私は信頼のおける者をそばにおいて、あの『歌戦姫界の悲劇』を調査している。そこまでは理解してくれたかな」
「ああ、でも今までのを聞いているとな」
「ああ、私は『歌戦姫界の悲劇』をただの事故とは思ってはいない」
「その根拠は?」
「今回のスレイナを狙ったかのようなステージの崩壊だよ」
言われてみればそうだ。同じような事故が姉妹ともに起きているのだ。ただの事故で片付けてしまうにはあまりにも不自然だ。
「今回の件で決定的な証拠を掴むことができなかったが、私の推測はさらに強められたよ」
「その推測ってのは?」
「この事故が偶然ではなく故意で引き起こされたものだということ、その結果、何者かがそうなるように手引きしたという推測だ」
俺は黙ってクレマの言葉を聞いていた。他にその場にいる他の二人も同様だった。
「それで、私は命に代えても私達の幸せを壊した奴を見つけ出して、死よりも恐ろしい苦痛を味あわせてやろうと思っている。君はそうは思わないか?」
クレマの熱い想いが俺の耳を打つ。
「ああ、そう思うな」
俺もそれが事実であれば、クレマと同じ想いだ。
「それで俺をこの学園に呼んだのか」
クレマは黙って頷いた後に続ける。
「犯人の動機は分からないが、千灯の血を持つ者が輝くのを、活躍するのを快く思っていない。だから、彼女のそばに私のもっとも信頼する者を置いておくのが一番だと思ってね」
それが俺だというわけか。あんな脅しのようなことをするクレマはらしくないと思っていたが、これで納得がいった。
「それで、改めて、問おう。『歌戦姫界の悲劇』の真相を突き止める為にも君は千灯シオンの妹、千灯スレイナのそばにいて、彼女を守っていてくれないか?」
つまりはスレイナを狙おうとして出てきた尻尾を掴もうということなのだろう。
俺は笑った。笑いがこみあげてきた。
「どうかな? 引き受けてくれるかな?」
だが断るという言葉は嘘でも出てこない。
「引き受けるに決まっているだろ! 俺にできるのは降りかかる火の粉を払うだけだがな。でも、どんなことがあろうと、何があろうとも…………」
そうだ、もうあの時のような思いはしたくない。だから。
「何がこようが俺の力ですべてを守り抜いて見せる!」
俺の言葉にその場にいる者達が少し驚いたようだったが、すぐに表情が柔らかくなる。
「いい返事を聞けて何よりだよ。調べることは全て私に任してくれればいい。それじゃあ」
改めてクレマが手を差し出してきた。俺はその手を、迷うことなく握るのであった。
「それより聞きたいことがあるんだが」
「ん? なんだい?」
俺はクレマに質問をする。
「おっさんはともかく、なんで生徒会長がここにいるんだ?」
「彼女は協力者だよ」
そうクレマは簡単に言うが、それでいいのだろうか。
「何のメリットがあるというんだ」
「それは実に簡単だよ」
そうすると、フリージアの方から話に割り込んできた。
「私は君に惚れて、信奉者に招きたい、でも、もやもやしている気持ちがあるままこちらに来てもらっても困るからね」
ここまで真っ直ぐに来られると困る。
「惚れるのに理由なんていらない。そうだろ?」
俺は正直なんて言ったらいいのか困った。そんな時クレマをみる。
すると彼女は面白そうに笑っていた。俺はそんなクレマを殴りたくなった。




