スレイナ(Rank.1501) VS フリージア(Rank.1)~肉壁~
「我々することがないでござるな」
「そうですぞ」
哉芽、アイリア、アルディが三つの渓谷を守っているその時、他の者達はその奥にあるステージにいた。スレイナは短く歌っては休むという繰り返しだった。
「河豚狸氏、どうしたんでござるか、さっきから元気がないでござるよ」
「……いや、大丈夫なんだお」
河豚狸はそう言った。彼の頭の中は考えることばかりだった。
彼を悩ませていたのは、哉芽という存在だった。正直言えば彼も他の者達と同様気に食わない存在だと思っていた。
しかし、この抗争が開始されるとき、呼び出されて言われたことが気にかかっていた。
でもそれを考えさせる暇を与えてはくれなかった。
「うわぁああぁぁあああ!」
ステージの裏手側から悲鳴が上がった。それに一同に緊張が走る。
ステージの裏手はすぐにエリア外になる。それに川が走っているため、普通であれば気にしなくても良い所だった。でも、そこから悲鳴が上がった。
一同がステージの裏手へと集まっていく。
河豚狸がそこへと行くと目に映ったのは、恐怖を覚えてしまう光景。
黒ずくめ服装と口に装置を付けた集団が川から這い上がってきていた。
河豚狸は思った。哉芽の言った通りだと。彼はこう言ったのだ。
『必ず、相手は奇襲を仕掛けてくる』
川を使ってという所もぴったりとあてはまっていた。河豚狸はそれでは勝ち目が全然ないのではないかと抗議をした。
だが、帰ってきた言葉は河豚狸が想像していなかった。
『お前らで、スレイナを守るんだよ』
分からなかった。正直、自分達みたいなのは歌戦姫に相手をしてもらえなかった人間たちだ。特別な能力など持ってはいないただ歌戦姫好きの集団だ。
河豚狸がその時、何も答えないでいると哉芽はさらに言った。
『今一度、なんでスレイナを選んだのかを考えてみろ、それを一つでも思い浮かぶんだったら、俺なんかの手を借りず、自分たちの手で守って見せろ』
河豚狸は正直言えば、哉芽という人間が分からなくなっていた。
むかつくことを言う。しかし、逆に熱い言葉を言う。
でも今自身ができること、やらなければならないことは分かっていた。
「皆の者聞くんだおおぉお!」
この場にいる仲間全員に聞こえるような大きな叫び声。腹に力の入った声。
「同志諸君は、なんでスレイナ氏についてきたんだお、正直に答えるとモレは他に好きな歌戦姫がいたんだお」
それは告白で懺悔だった。
「でも、握手会に行ったとき、言われたんだお、君は信奉者にしたくないから帰ってと、他の歌戦姫の所に行っても同様だったんだお。気持ち悪いとまで言われたんだお!」
自分の想いを伝えるために彼は止めない。止まらない。
「行くところなんてなかったんだお、でも、ある時キグルミ着た変な歌戦姫と出会ったんだお! 試しに握手を頼んだら、喜んでと言ってくれたんだお!」
スレイナにとってすれば、普通の行為だったかもしれない。でも相手はそうは思ってはいなかった。
「こんなモレでも受け入れてくれたんだお。だから、モレは、モレは」
思いが湧き上がってくる。正直、自分の想いを仲間たちがどう思い、どのような行動を起こすのか、恐怖しかなかった。でも、想いは形にしなければ誰にも届かない。
「モレたちに光を与えてくれた、スレイナ氏をもっと輝かせたいんだお! だからこんなところでは負けたくないんだお!」
刹那の沈黙の後。大きな返事が味方の中からおこる。
「今時、練習したあの能力を使う時なんだお!」
自分が考え出した能力だ。でも一人では発動不可能の技。仲間がいるからこそできる技。
「いくんだおおおおおおおぉぉおぉおっぉおぉおおおおおおおお‼」
そう雄たけびを上げるとそれに続くように皆が雄叫びを上げながら一か所に集まっていく。それによって一つの能力が発現する。
信奉者能力【肉壁】
人と人が腕を組み数珠つながったところに二段目も作り上げられており、大きな壁がそこには現れた、それはステージへと続く道を完全に塞ぐまで大きなものだった。
それで相手を足止めするというものだ。
「スレイナ氏、今のうちに哉芽氏のところへ行くんだお!」
これは手を貸してもらうのではない。任せるのだ。そして勝利を収めてもらうのだ。
(その犠牲や生贄になれと言うのであればよろこんでなってやるんだお)
それが自分の信じる歌戦姫の為なら。信奉者はなんだってできる。
「でもみんなが……」
(……スレイナ氏は優しずぎるんだお)
だからこそ、彼が信奉している理由であるのだが。
「…………ほどほどに相手を邪魔したらすぐにモレ達もそっちに向かうんだお!」
そう言うとスレイナは後ろ髪を引かれながらも一人の信奉者のもとへ走っていく。
それを見届けると河豚狸は迫ってくる敵部隊の方をにらみつける。そして叫ぶ。
「みんなぁ、今一度思い出すんだお! モレ達誰にも相手されなかった日々を、悔しかったんだお! 惨めだったんだお! でも、スレイナ氏はそんなモレ達を受け入れてくれたんだお! でも、モレ達はあまりに無力なんだお! でも無力は無力なりに足掻いて見せるんだお!」
修羅へと向かう仲間たちに向ける言葉それはとても力強い言葉だった。その肉壁の一枚一枚の瞳に力が宿る。たとえ一枚一枚が非力でもそれを一つ一つつなぎ合わせて、敵の障害へと変わっていく。
そして次の言葉は敵への言葉だった。
「来るなら来てみるんだお! ここを通りたくば、モレの屍を越えていくんだお‼」
そう言うと、その部隊が一斉に河豚狸の方へと向く。
そして、その中の一人が言った。
「あれがあの部隊の核だ。つぶして押し通れ」
その声に導かれるように敵の部隊はある一画に向かって突撃してきた。