スレイナ(Rank.1501) VS フリージア(Rank.1)~圧倒的~
そこは地獄ではないかと一人の女性、沙華パウゼンは思った。
彼女は『シルバティック フェンリル』のフリージアの一軍の信奉者の中隊長をしていた。自分の部下となる者が五〇人いる。彼女は長い期間をかけてやっとの思いでその座を獲得することができた。
しかし、一つの渓谷を攻略しようとした時に問題はおこった。
たった一人の相手の信奉者にこちらの百人の部隊が壊滅状態に陥っていた。自分の上司である隊長はもうその信奉者の餌食になって気を失って地面に倒れてしまっている。
少し驕ったせいでこのような事態に陥ったのではないかとさえ思ってしまっていた。
次々と、彼女の仲間が次々と吊り下げられている。
吊り下げているのは一本のピアノ線だ。吊り下げられている者達の首にそのピアノ線が巻かれてしまっている。歌戦姫の加護を受けている以上、首をつられても死ぬことはないだろう。しかし、意識は失う。
意識を失ってしまうことに恐怖心がないと言えばうそになる。
今も数十人がぶら下げられてしまっている。意識を失った者達から地面へと落ちている。
これを地獄と言わずなんというのだろうか。
百人をまとめる隊長がやられたことで、副隊長である沙華に隊の指揮権が回ってきている。でも彼女は一人の敵に恐怖心を抱いてしまっている。人間ではないのではないかとさえ思ってしまっている。
そして、彼女は悟った。学生の信奉者の中ではこんな化け物がいるのだと。
だから、学園生活を全てつぎ込んで努力してつかみ取った今の立ち位置は、全くの無意味であったと。生まれ持った才能に、自分の努力がかなわなかったと。
自分の努力が無駄だったとは思っていない。無駄だと断定してしまえば、今までの自分を否定することになる。それだけは認められなかった。だが彼女は、限界を知った。
自分の信じる最高の歌戦姫は確実にプロ入りをする。そうなると数多の信奉者が集まってくる。そうすれば今の自分にはきっと一軍でいることすら難しいだろう。
もう潮時かもしれない。やめるなら早い方がいい。
歌戦姫と一緒にプロ入りする以外にこの学園を卒業する方法はない。
あとにあるのは自主退学という手段のみだ。
(…………実家の弁当屋でも手伝おうかしらね)
そう彼女は今後の事を考えた後、いまだ生き残っている自分の部下へと指示を出す。
「みんな、撤退よ。一度体制を立て直すわ!」
おそらく、敵を止めることができるのはフリージアの親衛隊しか無理であろうと沙華は判断した。でもあの敵は簡単には逃がしてはくれないだろう。だから彼女は決断する。
「私が殿を務めるわ。その間に逃げなさい」
そう彼女は部下にそう言って自分の愛用している二本の短剣を取り出す。
(…………これまでの私を全て叩き込んでやるわ)
これは八つ当たりかもしれないと彼女は思ったが、すぐにそんな気持ちは投げ捨てる。
誰かにこの感情をぶつけなければやってられない。
彼女は部下が後ろ髪を惹かれながらも撤退するのを確認すると、目の前の化け物を見据える。そして、彼女は大きく息を吸う。すべてはその思いをぶつけるために。
「あああああぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁああぁあぁぁぁぁぁああああ‼」
そう思いのたけを全てつぎ込み、目の前の化け物へと向けて疾走する。
一人の少女の耳にヘッドホンが覆いかぶさっていた。それで外の世界の音は全く聞こえないようになっていた。
彼女は雑音を聞きたくはなかった。
そのヘッドホンはある一人の歌戦姫の声しか聞こえないようになっている。
それ以外の歌、音、雑音は聞こえなくて良かった。
聞く価値なんかない。
その歌戦姫、その歌戦姫が歌う歌が、彼女のすべてだからだ。
だから、それを邪魔する者がいれば、問答無用で排除する。
今もそうだ。彼女にとって興味もない人間は邪魔。だから自分の武器で無力化する。
(ああ、退屈)
彼女、アイリアはスレイナとの出会いをふと思い出した。
その日は空が厚い雲に覆われていた。
アイリアは学園の屋上に来ていた。そこですべてを捨て去るつもりでいた。
彼女にとって世界は簡略すぎた。
一度読むだけですべての事を覚え、男に体力で負けることはなかった。何をやっても完璧にできてしまった。だから彼女にとって世界はつまらなかった。
何も興味あるものを見つけられなかった彼女は屋上のふちに立った。
そこは目もくらむような高さがあった。そこですべてを捨て去ったら何かが変わるのかもしれないと思った。
いざそうしようとした時だった。
その下から、一人の歌が聞こえた。雑音かと彼女は思ったが違うかった。
その歌がなぜ自分の心に届いたのか分からなかった。いや、分からなかったからこそ届いたのかものかもしれない。そうアイリアは考えた。
そして彼女はその歌声の主のスレイナの信奉者となった。
だが、またアイリアには分からないことができた。
それが急に現れた、刃斧斗 哉芽という人間の存在だった。
そして、スレイナの心を乱す者。
でも、それだけではないような気がしていた。
なぜそこまで腹を立てるのか。それがまったくわからなかった。
(またわからないことができてしまった)
そうしているうちに近くにいる雑音のすべてが消え去っていた。
しかし彼女の周りは、あまりにもすさまじかった。
意識を失った約百人ばかりの敵が死屍累々となって山となっていた。
それを見ても彼女は何とも思っていなかった。
(あの気に食わない男の指示を聞くのは癪だが、仕方がない。これで勝てば約束通りにあの男はスレイナのもとから消えるのだから)
そう思いながら、彼女は次の作戦の準備に取り掛かるのであった。
でも、何か心の片隅で何かが引っ掛かっていた。