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学園抗争歌戦姫~スクール・ストライフ・ソング・ヴァルキュリア~  作者: 十参乃竜雨
第一章 キグルミ、サンドイッチマン、プラカード。そして物語は再スタート。
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(2)

 俺はあれから校舎に入り、そこで待ち合わせしていた事務員と合流し、今大きな木のドアの前に立っている。先に事務員が中に入り、俺を呼び出した奴と話しているようだった。

 しかし、まぁ。この扉だけでどれくらいの金額するんだろうな。

 俺の知人はだいぶ見ない間にリッチになっているようだ。

「お入りください」

 そうしているうちに話が終わったのか事務員が俺を中へと案内する。

「やぁ! 久しぶりだね。刃斧斗はふと 哉芽かなめ君」

 俺がその大きな扉を越え、部屋に入るとその声が飛んできた。声の方を向くとそこには褐色の肌で、紫の長い髪を後ろ高い位置で一本に縛ったスーツの女性が大きな椅子に座り俺の名前を呼んだ。

 彼女は、クレマチス ヴェラート。昔、仲間だった奴だ。俺はクレマと呼んでいる。最後にあったのが七年前だったが、想像をしていたように昔のままだった。

 かろうじて歳をとったなと思うくらいだった。

 クレマは事務員を目線で指示し退出させる。この部屋には、俺とクレマだけになった。

「よう! クレマ、結婚はできたか?」

「久しぶりに第一声目がそれかぁああ!」

 クレマが椅子から立ち上がって、俺を指さして大声を上げる。

「そりゃあ、哉芽君と比べればそりゃ歳をとるよ。そう、三十路になりましたけど、何か、一人っ子の私に実家の父と母は私の独り身を心配して、見合い写真を送ってきますが、何か? 着る予定もないのにウエディングドレスのカタログ送ってきますが何か? 私は仕事に生きるつもりですが何か? 文句があるなら出るとこ出ますが、どうしますか?」

 あ、いけない、スイッチを押してしまったみたいだ。

 理知的な顔が完全に崩壊しているような気がする。

「悪い、冗談のつもりだったんだ」

「…………次からそんなことを言ったら私をもらってもらうからそのつもりで」

 うん、絶対に言わないようにしよう。

「…………何か失礼なこと考えてない?」

「いえ、考えてません」

 俺がそう言うと彼女は大きなため息をついて椅子に座る。俺は改めて彼女を見る。

 あと変わった所といえば、着る物、見に着ける物が変わったくらいだろうか、七年前と比べれば、身に着けている物が高価になった気がする。でもやはり体にあったスーツは彼女のスタイルを際立たせる。出るところは出て、締まる所は締まっている。良い具合の褐色の肌は色気を醸し出している。銀フレームの眼鏡はとても似合っていてさらに彼女の理知的な雰囲気を高めている。

 どこかの秘書にいそうだなと思える雰囲気だ。

「でも、歌戦姫関連育成学園の理事長になっているとはな、驚きだな」

 彼女は秘書としてつく側ではなく、秘書がつく側の人間になっていた。

「この仕事は自分の性に合っていると思うよ。昔からの私の気質だよ」

「そうだな。調整者だったからな」

 歌姫抗争において当然のように歌戦姫と信奉者に分かれる。そして信奉者の中でも役割にも種類がある。実際に戦う抗争者プレイヤーをはじめ、調整者チューナー支援者サポーター交換者オペレータ。それぞれが重要な役割を持っている。

 そしてクレマの調整者を一言で言えば、軍師といえばわかりやすいだろう。

 抗争において全体の戦略指揮をする立場にいる。

 歌戦姫抗争は千対千の戦いなんてざらにある。プロリーグでは万対万の戦いが行われることさえある。そこまで大きくなれば、調整者なんて何人も必要になってくる。しかし、クレマはプロリーグの調整者であったにもかかわらず、自分の指揮が勝敗を決めてしまうというのに、一人でやりきったのだ。

 俺も彼女の指揮を眺めたことがあったのだが、正直どんな頭の回転をしているんだと疑うくらいだった。相手の調整者の読み合いを何回も繰り返すなど、俺には考えられない。

 でも彼女のすごい所は、把握能力だ。誰がどのくらいが限界かを全て把握していた。

 チームメイトは万いたのにかかわらずだ。

 正直、俺は今から八年前のプロリーグ黄金時代と呼ばれていた中でも屈指の実力者だと思う。もう、現役は引退しているわけだが。

 以上の事を踏まえて、彼女が自身の気質と言うのも納得だ。

「そういう、哉芽君の方はだいぶ変わったね……」

 そのクレマの声に哀愁が含まれていた。なぜ哀愁が含まれているのか。

 正直俺にも分かっていた。

 彼女が歩んだこの八年間と比べれば、俺の八年間は地獄だった。

 正直、八年前の俺が今の俺を見たらどう思うだろう。

 人は目に人となりが表れるなんて言うやつがいるが、俺は自分の経験則からそれは当たっていると思う。あまりにも俺の目は鋭くなってしまった。

 昔のような子供の輝いている目なんぞ、どこかに行ってしまった。

「それより、話っていうのは何なんだ?」

「まぁ、立ち話もあれだし、座りなよ」

 クレマは俺をソファへと案内する。革張りの高級なソファだ。まぁ、こんな巨大学園の理事長なんだから当たり前なんだろうけど。

 昔のクレマを知っている俺からすれば笑いのネタだ。

 彼女も同様に俺の目の前にあるこれまた高級そうな机を挟んだ向こう側に座った。

 スーツのスカートから黒のストッキングの足が俺の目の前で組まれる。

 うん、色っぽい。

「まぁ、君を招待したのは他でもない。君にお願いがあるんだ」

 先ほどの親しげな顔は消え、真剣な顔つきになった。それほどに重要なことなんだろう。

 だから俺は言った


「うん、めんどくさいから、パス」


「あれ、私まだ何にも言ってないよね? お願い言ってないよね?」

「クレマが真剣なのは分かる。でも引き籠り俺には荷が重い。以上だ」

「………………まったくあの時の純粋な少年はどこ行ったんだよ」

 悪いがその少年は俗世に染まりきっている。もうあきらめろ。

「まぁ、とりあえず、旧知の仲なんだ、話だけでも聞いていってくれないかい?」

「別に短い時間なら別にかまわないぞ。これでも引きこもりは忙しいからな!」

「…………あぁ、もう突っ込む気力もないから端的に言うよ」

 そういうとクレマは一つの紙束を取り出し俺の方へと差し出してきた。

 俺はその紙の表面を見る。《新チーム『フェルクレイリィ ヒナ』のメンバープロフィール》と書かれてある。

「君にはこの子たちの統括者プロデューサーになってもらいたい」

「なんで、俺なんだ?」

 正直俺はクレマと比べれば人を教えるなんてしたことないし、できるわけない。引き籠りに何を言うんだ。

「簡単だよ、君だからこそだよ」

 まったく意味が解らない。なんで俺だからできるんだ?

「君が私達のスーパーエースだった時の経験を生かしてもらいたい」

 俺は反応することなく聞く。

「たとえブランクがあろうとも、幼い時に身に沁み込んだスキルっていうものはなかなか消えないものだ。君のそのスキルをこの子たちに教えてほしいんだ」

 それでクレマは俺の目の前の紙束を俺に指し示す。

「この中に載っている五人の歌戦姫は一癖二癖ある子たちだけど、だれもが素晴らしい才能を持った子たちでね。ぜひ君に任したいんだ」

「…………報酬は期待してもいいんだな」

「君がそう言うなら、弾もうじゃないか」

 そして俺は言ってやる。


「だが断る!」


 そう言ってやった瞬間クレマが椅子から滑り落ちそうになる。

「あれ、承諾する流れじゃないの? それになにその、やってやった感は!」

 違うぞ、クレマ。これはドヤ顔というのだ。

 クレマはため息をついて改めて俺の方を見る。

「ああ、もういいや、これだけは君と私の仲だから使いたくなかったんだけどね。……使わせてもらうことにするよ」

 冷たい印象を受けるほどの真剣な顔つきになったクレマ。しかし、俺はそんなプレッシャーなどにはやられない。

「…………君はプロリーグでスーパーエースだったわけだから、スポンサー料とかいろいろお金が入って潤っているんじゃないのかい?」

 こいつ。わざと言ってやがる。こっちの諸事情はとっくにつかんでいるということか。俺は特に反応することなく、黙る。にらみつけるようにして黙る。

「あ、ごめん哉芽君、その時は未成年だったね。だから君のお給料は全部ご両親にいってたわけだね」

 こいつは良い意味でも悪い意味でも、調整者。自己が悪役になろうとも、勝つために手段を選ばない。

「その後両親は君がプロリーグを去った時から別居しているよね。うまい金ズルにならなくなった君に興味を失った。君の世話もしなくなった。いわゆるネグレクトってやつかな」

 俺は黙って聞く。

「君の近くにいた親切な人は、両親を咎めた。それでも彼らは少年の世話をしようとはしなかった。金に免疫がない者が一生遊んで暮らせるほどの金を手に入れるのも考え物だね。それでそれに見かねた親切な人達は、最後の手段に出た」

 ……人の触れられたくない過去をまるでじかに見たかのようにしゃべるんだなこいつは。

「君を担ぎ上げ、両親を相手取り裁判を起こした」

 子供が親を相手に訴える。こんなのは末期そのものだろう。

「で、裁判を起こしたんだけど、結果は少年の惨敗。向こうは君の稼いだ恐ろしいほどの金で資金力はあったからね。最高に優秀な弁護士で武装してきたら、勝ち目はないね」

 俺は理解する。

 相手は俺の八年間を完璧に調べ抜いてきている。だから、俺が今置かれている状態も知っているだろう。当然のように。

「法廷で決まった事は君が成人するまで資金援助をするという事。それも生活に必要最低限の。だから、君にはもう引き籠っているだけの余裕がないんだろう?」

 働かぬ者食うべからず。その言葉は正しい。

「そんなものは百も承知だ。だからと言って、別に歌戦姫抗争で稼がなくても普通にアルバイトでもすればいい。生きていくだけならそれだけで十分なはずだ」

 しかし、だからと言って相手の道理に乗る必要なんてない。

「まぁ、それもそうだね。それだけで君を勧誘できるとはこちらも思ってはいないよ」

 でも相手は超一流の元調整者だ。数々の修羅場を頭脳で切り抜けてきた女だ。一筋縄ではいかない。

「哉芽君とは苦楽を共にしてきた仲だ。あえてきつい言葉をぶつけさせてもらう」

 薄気味悪い笑みを俺に向けて次の言葉をぶつけた。

「ここで私の提案を蹴れば、これまで歩んで君の『すべて』を否定することになる」

 俺はその言葉を聞いた瞬間に黒い感情が湧き上がる。

 冷静なんて言ってられなかった。相手の思うつぼになることが分かっていたとしても。

 噴火寸前の感情を目の前の机にぶつける。蹴飛ばされる机は重く、動かなかったが大きな音が理事長室に響き渡る。

「俺のこれまでの八年間はどうとでも言うがいい。だがな」

 人には許せるものと許せないものがある。

「お前らと過ごした時間までを否定なんてさせねぇ! 絶対になぁ!」

 俺の言葉を聞いたクレマは優しく笑った。

「じゃあ、答えは簡単だ」

 俺はその優しい笑顔に少し毒気を抜かれた。

「君はアルバイト感覚でこの話に乗ればいい。それと君に面白いものを見せてよう」

 そう言ってクレマは目の前の《新チーム『フェルクレイリィ ヒナ』のメンバープロフィール》を開く。ある一人のプロフィールのページにたどり着いた。

 そこには一人の歌戦姫であろう女の写真が載っていた。

「こいつがなんだっていうんだ」

 確かに美形ではある、でもただそれだけで、写真を見ただけでは何とも言うことはできない。でも、引っ掛からないところがないといえば嘘になる。

 なんだ、このもやもやとした感情は。

「気づかないかな? 別に写真を見ろと言ってはいないよ」

 そう言われて、俺はプロフィールの最初の部分に目を通した。その一行目からわが目を疑った。こんなことがあるのか。いや、落ち着け。ただの偶然ということだってある。

「彼女は私たちが愛した歌戦姫の妹だよ」

 クレマはその偶然を当たり前のように、否定した。

 こんなものまで交渉材料に持ってくるとはな。

「彼女が他の者になんて言われているか知っているかい?」

「わかるわけないだろ」

「『姉の劣化コピー』だよ」

 まったくひどい話だな。でも姉を知っている俺だからわかる。姉、俺達の歌戦姫はチートな存在だった。何もかもチート。誰からも好かれ、だれにでも優しい天真爛漫な性格。何もかも完璧。そう言う言葉が似合う女性だった。

 そんなものと比べてしまえば誰だって劣化品になる。比べる物でもないというのに。

「今の君とおんなじだね」

 ああ、知っていても当然か、巷の噂になっている事ならクレマの耳にも入っている事だろう。そして、クレマなら、俺と同じ時を歩んでいたクレマなら、その噂が真実か否か、すぐに判断できるだろう。

 俺は『欠陥品』なのだ。

「でも、彼女には才能があるんだよ。もちろん他の子達も、今はまだひな鳥だけどね」

 クレマは俺の目を真っ直ぐに見て身を乗り出して言う。

「君の力でその雛たちを立派に飛び立たせてはくれないか?」

 俺はため息をつく。正直言えば限界ギリギリまで引き籠っていたかったのだが、感情を爆発させて相手のペースに乗せられた俺の負けだ。

 このまま相手の意のままになるのは正直癪だ。だから条件を引き出すために俺は動く。

「初陣の大会で新チームが初戦を突破する確率は?」

「ざっと二割くらいかな」

 それならば話は早い。

「近い団体の試合はいつだ?」

「一か月後、学園で大がかりな団体戦が開かれるね。トーナメントで」

「じぁあ、初戦で二割だ。五人のうち三人勝たせることができたら、報酬をもらおうじゃないか。それでまた引き籠らせてもらう」

 クレマは少し考える仕草をする。しかし、数秒後にはもう答えが導かれていた。

「良いよ。見事に初戦を突破できたら、それを認めてあげるよ。たっぷりと引き籠れるぐらいの報酬も用意しよう」

 順調に行き過ぎて拍子抜けだ。クレマが簡単に条件をのむとは思わなかった。はったりで高望みの条件を突きつけたら、すんなり受け入れられた。肩すかしにもほどがある。

「じゃあ、これでお開きにしようか」

 そういわれると俺は立ち上がる。もちろん、家に帰って引き籠るためだ。

 どうせ、統括者になれば学園に通わされるのは確実だろう。今日からというわけでないのなら残された時間、家に帰って引き籠るに限る。

 俺は入ってきた事務員に連れられて、理事長室の外へと出ようとした時だった。

「哉芽君、君はあの場所へ行ったのかい?」

 そんな言葉が俺の方に飛んできた。

「行くわけないだろ」

 俺は振り向くことなくそう言う。いや、そう言うしかできなかった。

「……そうなんだ」

 クレマもそれ以上は何も言わなかった。もう背中を向けてしまったので、彼女の表情はもう分からない。憐みの顔をしているだろうか。同情の顔をしているだろうか。

 今となってはそれを確認することはできない。いや確認したくはなかった。

 俺は、ただ黙って理事長室を出た。ただ自分の足音が静かに響く。


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