戦う理由
夜の廊下は無機質な分、余計に肌寒く感じる。
俺は自室に戻ろうと廊下をただ歩いていた。このミーティングルームから自室のある建物まで少し距離がある。だから少し鬱になる。
なんでこの学園はこんなにもバカでかいんだ。バスの路線があるほど広いってどうなんだよ。それもそのバスも終電を過ぎて今は走っていない。
仕事帰りで終電逃した時の気持ちってこんなんだろうな。ああ、働きたくない。
そんなこんなでこの建物の出口へと差し掛かる。
しかし、そこにある待ち人がいた。
月明かりで照らされたその人物は俺の知っている人物だった。
「こんな時間にどうしたんだ?」
俺はその扉に立っている閃律アイリアに話しかけた。いつものように首に大きなヘッドホンをかけている。何枚パーカー持ってるんだってくらいにいつもパーカーだな。
「…………アンタに用があって待ってた」
「告白か? …………分かってるよそんなことじゃないのは」
すさまじいほどの殺気を放たれたのでそのように言った。
「それよりも、大丈夫?」
「いまさらなんだ、明日の試合なら……」
「違う」
俺の言葉に被せてきたアイリア。
「………………アンタの体」
「はぁ? お前の言っている意味が分からないな」
ほんとにこいつは侮れない。なぜかこちらの事まで把握している。おそらくこのとぼけだって通用はしないだろう。
「歌戦姫の加護無し戦うなんて正気じゃない。加護がない状態での戦いは体に大きな負担をかけている。人は予想以上に固い。素手で殴るようなものなら逆に手を壊してしまうことだってある。相手の体が歌戦姫の加護で鍛えられていることも考えれば余計に」
俺は黙って話を聞いていた。
「それに今は強がっているようだけど、あなたの体は限界を迎えている。立っているのもやっとなほどに」
「別に寝れば治るたちだから大丈夫だ。心配ない。それよりお前は俺に興味がないんじゃなかったのか?」
「興味など微塵もない。でも監視対象。お前はスレイナを惑わす存在の一人だから」
ほんとにこいつの中での俺はひどい扱いらしいな。まぁ、いい。
「なんでお前はそこまでスレイナにこだわるんだ?」
「そんなのは単純」
無表情のままで淡々と想いを語るアイリア。
「スレイナの歌が私のすべてだから」
当たり前のように平然と言う。俺はやはりアイリアという存在がつかめないでいる。
でも信奉者の実力は学生の中でも群を抜いている。正直言えば、その力がなければ一パーセントもない勝率を導き出すことすらできなかっただろう。
「じゃあ、今度は私の番。逆にあなたはなんでそこまでして戦うの?」
そう来たか。
「そんなのは簡単だ。戦う理由?」
俺は平然と言ってのける。
「そんなもの分かるか。分からないから戦ってんだよ」
八年前は俺には戦う理由があった。一緒に並び立つ人を、ただ一人の人を輝かせるために戦っていた。でも今、その戦う理由は消え去ってしまっている。
今の俺はなんの想いもなく戦っている。
俺をこの戦場で戦える理由は、今までの経験のみだ。
俺が戦い続けていられる理由は、相手がまだ学生だからだ。
もしこれがプロリーグなら、俺は有象無象の雑魚に過ぎない。『欠陥品』なのだから。
「じゃあ、俺は、明日があるからこれで失礼するぞ」
俺はアイリアの前を通り過ぎ、出口をくぐり、外へと出る。
外は星空が輝いていた。広大な敷地で無駄な街灯もないここは、よく星がよく見える。
明るい月がなかったらもっとたくさんの星が輝いているのが見えるだろう。
俺は星空を一瞥してから、背後にいるであろうアイリアに言葉を投げ掛ける。
「明日、俺をスレイナから引き離したいのならせいぜいがんばることだな」
俺は後ろ手を振ってその場を後にする。
アイリアは何も言ってこなかった。
俺は自分の部屋へと向かうため静かに歩く。
春も半ばになったのにまだ肌寒い夜の気温に、俺は……引き籠りたくなった。