クリス(Rank.56) VS リンドウ(Rank.12) (1)
クリスを除く『フェルクレイリィ ヒナ』の面々は控室でモニターを眺めた。そのモニターは俺達の中堅戦の開始直前の風景を映し出していた。
「ど、どうなるっすかねぇ」
「……十年待ちに待った劇場版よりも緊張する」
もう試合を終えた二人はモニターの前で構えていた。もちろん、試合が終わったことでこの二人は肩の荷が下りている事だろう。
俺も、それは気が気でないな。特設HPを見れば相次ぐ延期。もう一年経ったか二年経ったか分からなくなってくるあの感覚。もう延期が日常になったあの時。でもそれを乗り越え公開された劇場版には嫌でも期待してしまう。
…………横道にそれてしまったが、とにかく、俺は心に引っかかっている理由を探る。
試合直前に知らされる両陣営情報が映し出されている端末に俺は目を移す。
《抗争エリア:森林 ステージ数:四つ
振船 リンドウ:六〇〇 クリセント エルハーベント:八〇〇》
森林の抗争エリアは大きな木々が生い茂っていて視界がすこぶる悪い。戦い方を工夫しなければ混乱を招くようなエリアとなっている。木々が生い茂っているためにステージの数は少なめとなっている。ここでの戦闘は主に遭遇戦だ。
クリセントは事前に森林と分かっていたために限界の千を出すのではなく、人数をあえて絞ってこの数字だ。
一方、リンドウの数はやたらと少なくなっている。生徒会長が率いるチームともなると知名度は抜群だ。だからうちのスレイナのように信奉者集めには困っていないはずだ。
だが、仮に人数を絞ったとしても絞りすぎな気がする。
もしも、クリセントが数を絞っていなければ四〇〇の差ができてしまっていた。それはかなりの差となってしまう。
だから俺は違和感を感じている。だから考えろ。
数が多いからって単純に勝てるというのはこの歌戦姫抗争では間違いだ。しかし、二倍も違えば話は変わってくる。一人で二人倒さなければいけないと二人で一人を倒せばいい。その二つは大きく違っている。それは、歌戦姫抗争界で常識となっている。
それは絶対ではない。だが実際に俺がプロで戦っていた時は三倍差で勝った事もある。
「クリスチンが序盤でババッと二〇〇削れば勝ち確定っすね」
そんなにも簡単なわけがない。抗争でぶつかったらこちらも消耗するのだ。
「おいおい、そんなに単純にうまくいくわけがないだ……」
俺はこの時ある可能性が頭をよぎった。
しかし、俺はその一つの可能性について考える。試算する。
どう考えようが思いついたそれは否定ができなくなっている。
どう考えてもそれで六〇〇という数字に合点が行ってしまう。
これをもっと早く気づいていたなら。しかし、いくらそう思おうが、あとの祭りだ。もう競技に入ろうとしている彼女にアドバイスすることはルール上不可能だし、物理的にも無理。しかし、それが本当なら、リンドウという女はなんていう女だ。それを実行し得るほどに想いが強いのだろう。
俺が今できるのはただ、クリスを信じることしかできない。
「お兄?」
「いや、なんでもない」
俺はそう言うとチユリの茜髪の頭に手を置く。
「あ、いいっすね、ウチもしてほしいっす!」
「さっきの体たらくで良く言えたものだな」
「あうっす……」
そう言うとセリィは大人しく引き下がった。
クリス、負けたくないのなら気づけ。相手のしようとすることに。早く気が付けなければ泥沼に押し込まれるぞ。
俺は画面上にうつされたクリスを見てそう思ったのだった。
○ ○
「……はぁあ」
私は大きく息を吐き出す。攻勢に移る為に攻撃歌を何回も歌った。その結果ステージを相手の本拠地以外の全てを獲得することができた。それでかなりこちらが有利に傾いてきた。
ランキング一二位というもんだからどれほどに強いのだろうかと思っていたが、たいしたことはない。それよりも上のランキングが目指せそうだ。
「今の戦力を出して!」
そう言うと私の目の前にモニターが現れる。そこには数字が書かれてあった。
『クリス736:リンドウ505』
もちろん前者が私で後者が相手だ。
こちらの方が多く数を削ることができている。しかしもう数なんて関係ないだろう。これから、相手の本陣となるステージへと総攻撃をかける。そうなれば、相手のマイクを取り上げ勝つことはそんなには難しくはないだろう。
「各小隊に連絡して! 本拠地に向けて総攻撃をかけると」
私は本陣近くにあるテントに向けてそう言い放った。
そこには交換手がいた。指示を効率よく各信奉者に飛ばせるようにそのような役割を作っている歌戦姫もいる。私もその一人だ。
通信を何人かで担当させている分よりこと細やかにそれぞれの小隊に指示することができる。そうすることできめ細やかな動きをすることも可能だ。
「各隊が敵本陣へ攻撃開始したとのことです」
「わかったわ」
さぁ、歌わなければならないとマイクを握り絞めた時だった。
「三時方向から敵影です」
「防衛隊で対応させなさい。そんなに数は多くないはずだわ」
そう交換手に言い、指示させる。
「九時の方向に敵影あり」
私は考える。負けそうと分かって敵が特攻をかけてきているのだろうか。そうであれば分散されている時点でそこまで脅威ではない。しかし、ここは念を押しておくべきだ。
「近くにいる部隊に連絡、その敵に対応するよう伝えて、足留め程度で結構よ」
敵の情報はないが、もし特攻をかけてきたとしても、もしその敵に信奉者能力を使うものがいたとしても、足止めできれば、その時間で相手の本陣を打ち破ることができるだろう。そうすればもう勝ちだと言えるだろう。
いま相手の本陣を攻めている部隊の為にも歌わなければならない。
「お前何をしている‼」
交換手の方で怒声が響き渡る。何があったのだと私は視線を移す。
そこには一人の信奉者が交換手の胸ぐらをつかんでいた。
「何があったの?」
私はその者に説明を求めた。すると彼は不審な動きをしていたことを説明してきた。
私はその者が座っていた席を見る。するとあることに気が付いた。
その者の機器の電源が切られていた。
他の者達がその者を問い詰めるが、その者は口を開こうとはしなかった。
私はまた考える。この際動機などどうでもよい。対処を考えなければならないのだ。他の交換手に電源をつけ復旧するように命じ、その機器とつながっている部隊に連絡を取らなければならない。その部隊は中間部分の防衛戦にいたはずだ。
「……隊、返答してください!」
交換手が必死に呼びかける。
しかし、必死の呼びかけに答える者はいなかった。
「全滅したのか?」
信奉者の一人がそう言った。
応答する者は通常、隊長、もしそれが不能なら副隊長、それがだめなら次と順位をつけているからよほどのことがない限り応答があるはずだ。早急に確認しなければいけない。
今の戦力を正確に把握しなければならない。
「戦力を出して」
そう言うとモニターが目の前に出現して数を表示する。
だがその数字を見た私は驚愕する。それは私と同じように確認した信奉者も同様だった。
「……どういうことだこれ」
その一人が声を上げたことで私は我に返る。これを計測器の誤作動で片付けてしまうわけにはいかない。仮にこれが事実であるならば……。
「ステージ前方より、敵の隊が接近中!」
その声でみんな前方へと視線を動かす。すると敵の隊がこちらに近づいてきているのが視認できる。
「今この周りにいる防衛隊をかき集めて防衛に当たって! 私は歌うわ!」
私は交換手のいるところから自らのステージへと飛び乗る。私の信奉者たちもあわただしく動き始める。
「私は…………負けるわけにはいかないのよ」
今まで負けたことなんかない。けど危なかった時は何度でもあった。でもそれを切り抜けて今、この場所に立っているんだ。今回だってきっとそうなる。
「エルハーベント家には負けは許されないよの!」
そうだ負けは許されない。もし負けてしまった時点で何もかもが終わってしまう。
私が私でいられなくなってしまう。
だからこそ死に物狂いで勝利をこの手でつかまなければならない。
私はマイクを強く握りしめる。そして、私は歌うことに集中する。
『クリス306:リンドウ891』
この数字を覆すために。