相手控室
一方『シルバティック フェンリル』控室。
「…………いやぁ、いつ見てもリンドウの衣装は綺麗という言葉がよく似合うなぁ。その着物というのは私には似合わないよ」
「あら、そんなこと言うて、何にもでぇへんよ」
控室は生徒会長のフリージアと副会長のリンドウの二人きりだった。部屋の照明の明るさはは極力落とされていて、足元が不安になるくらいに暗かった。
中堅戦が始まる少し前だった。
リンドウは控室で着替えた舞台衣装の細部を自分でチェックしていた。
リンドウの故郷である東洋に伝わる着物という衣装をベースに舞台衣装を作っていた。濃い紫色の色にリンドウの華が刺しゅうされている。縁は何層にも何色もの布を重ねたように見え、色鮮やかだった。長い髪のリンドウにはよく似合っていた。
しかし、薄暗さから、その姿は不気味にも映ってしまう。
「フリージア。ウチを止めようとしても無駄や」
「…………君にはまったくかなわないな」
フリージアは笑って言う。言おうとしたことを止められても彼女は動じない。
「ウチはあんたが輝くために戦う。幼馴染の私の存在意義はそれや。あなたの強さをみんなに証明するための道具としてウチはいるんよ」
「そんなことない。っていっても無駄なんだろうね。何回このやり取りを繰り返しているんだろう」
「何回も繰り返していようが、ウチの想いは変わらへん。あなたが輝くためなら、ウチはどんな汚い手段でもとるよ。どんなにこの手が汚れようとな」
なぜ、そこまで彼女をそうさせるのか。
それは当人達しか今は知りえない。でも、この二人は何か固いきずなで結ばれていることだけは分かる。それが決していい関係と言えるのだろうか。
それは当人達で決めることだ。
リンドウは背もたれのない丸椅子に座る。そして言われなくてもフリージアは赤いクシを取り出した。そのクシでフリージアはリンドウの流れるような漆黒の綺麗な髪をなでる。
何かの儀式を思わせるような雰囲気だった。いや、二人にとってみればそれは儀式そのものだった。リンドウが戦う前にはいつもその行為が恒例となっていた。
「もう何もいわないよ」
「その方がイイよ、無駄やから」
フリージアは黙ってその髪をクシでなでるという儀式を続ける。
数分してその儀式が終わろうとした時、リンドウがふと、質問する。
「で、あの刃斧斗君の何があなたをそこまでさせたん」
「なんでそんなこと聞くんだ」
少し顔を朱に染めフリージアは言う。
「ええやん、言うてよ?」
「この感情は言葉なんかにはできないな」
「そんな答えでウチが納得すると思うん?」
「意地悪しているつもりはないんだ」
今この時だけは立ち位置なんて忘れて二人は年相応の女の子になっていた。きっと誰かに信奉される歌戦姫ではない立場の女の子に。
「この気持ちに形はないと思うんだ」
「言うてる意味がわからんなぁ」
「じゃあ、リンドウは好きな理由を目だと答える。それで同じ目をした者が現れると同様に好きになるのかい?」
「それはないなぁ」
そのリンドウの答えを聞いたフリージアは微笑む。
「もし形にしてしまうと姿形が一緒な者が出てきてしまうとそれも好きにならなくてはならないだろう? だから、あえてこの想いは形にならないんだ。いやしちゃいけないんだ」
「そこまであの男の子は思われているんやね。なんか妬けるわ」
言葉とは裏腹に、微笑みに答えるようにリンドウも微笑む。
フリージアはリンドウの髪をとくのをやめる。
「…………どうせなら勝て、リンドウ」
「まかせとき、フリージア」
そう言って会話をやめた二人。言葉にしなくても、二人の想いは通じ合っているから。