チユリ(Rank.763) VS カンナ(Rank.49) (1)
草原のステージ。見晴らしがよくそのステージ上の視線を遮るものが存在しない。こういう障害物がないステージは小細工の効力は薄い。フォーメーションなど陣を組んで戦う正当な戦い方にするしかない。
設営されているステージは6つ。そして最初に一つずつステージが割り振られる。もちろんお互いに離れているところに。
抗争が開始されるとまず初めに信奉者たちは残りのステージを占拠しに向かう。
占拠したステージは拠点として使える。占拠したステージのスピーカーからは自分たちの歌戦姫の歌声が聞こえるようになる。占拠の方法は簡単。自分の持つカードをステージ上の機械に差し込むのだ。するとカードの持ち主のチームの拠点として登録される。
もちろん相手拠点でそのカードを差し込むと自分の拠点にすることができる。
歌戦姫抗争において序盤にすることはステージの確保だ。それも相手より多い数の方が好ましいのは当然だ。しかし、気を付けなければならないのは人数だ。考えなしに多くのステージを確保してしまうと一ステージあたりの防衛する人数が減ってしまう。それで拠点を各個撃破されてしまったら話にならない。
草原ステージはそこまで多くのステージがあるわけではないのであまり心配がない。
「最低でも中央部分のステージを確保しておきたい。序盤はそこが一つの山場になる」
俺はステージ近くに設置されているテントで信奉者の隊長達と打ち合わせをしていた。
激しい戦闘になることは分かっていた。相手も同じくそこに人数を割いてくるからだ。
相手はフリージアの率いる『シルバティック フェンリル』のメンバーのカンナ。歌戦姫ランキングは四九位。七六三位のチユリと比べればかなり格上だ。対戦人数も今回の大会の上限である千人である。こちらは八五〇で、かなりの差はないが不利であることに変わりはない。温存しながらも相手を削り取っていかなければ道はない。
俺はいくつかの指示を班長達にした後、各部隊へと向かわせる。もうそろそろ抗争が開始される。俺は本拠地となるステージへと向かう。
そこにはきれいな衣装を着たチユリがそこにいた。茜色の彼女の短い髪には黄色の飾りの華が付けられている。小柄だがその細い華奢なきれいな線を描いている彼女の体が強調される衣装だった。
「…………アハハ、お兄、どうかな」
どうかなというのはきっと衣装の事だろう。
「似合っているよ。見とれてしまうくらいにな」
俺はそう言うとチユリの頭をなでていた。猫みたいに撫でられるのが気持ちいいのか目を閉じてされるがままになっていた。
「それとお前にこれを渡しておく」
俺はチユリにある物を渡す。
「ん、なにこれ?」
俺の渡したのは耳に入る小型の通信機だった。
「俺もずっとそばにいるわけにはいかないだろうからな。いつどこにいても指示が出せるようにこれをつけておけ」
「うん、分かった」
言われるがままそれをチユリはつけた。
「これでいつでもお兄の声が聞けるね」
嬉しそうな顔をして俺に言ってくるチユリ。まったく可愛い妹だな。
《開始二分前です》
そうこうしているうちに機械的な音声が開始の時間が迫っていることを知らせてくる。
改めてチユリの顔を見る。明らかに見て取れるほどに石のように硬直していた。だから俺はあることを彼女にあることをする。
彼女の小さなほっぺたを両方ともつまんで真横に引っ張る。
「あぅあぅぅ!」
よく伸びて柔らかい。まるでつきたての餅みたいだ。その感触を楽しんでから解放する。
「お兄! なにするの⁉」
チユリが顔を真っ赤にさせて抗議してくる。グーで俺の肩を殴ってくるが一つも痛くない。
「無駄な力は抜けっていうマッサージだ」
「むぅー」
焼けた餅のように頬を膨らませる。俺もよくやられた手だ。その悔しさや恥ずかしさはよくわかっている。ただ、俺によくそれをやってきた奴はもうおらず、俺がする側に代わっていた。ただそれだけだ。
俺は膨れているチユリを置いて俺はステージから飛び降りる。
俺はステージから少し離れた場所にある戦場を見渡せるぐらい高い場所へと移動する。そこに行く最中に。
『みんなの妹のチユリんのほっぺを独り占めするとはうらやまけしからん』
『チユリ姫にお兄と呼ばれるなんて、粉々に爆発しろ‼』
『チユリ姫を汚したらコ○ス! ノ○ウ! ハ○ロ!』
いろいろと気持ち悪かったり、物騒な言葉が聞こえたが聞かなかったことにした。
《開始まであと三〇秒》
もう間もなく、歌戦姫抗争が開始される。セリィの方も同時に開始されることになっている。あいつは緊張しないだろうが、なんせ戦略の『せ』の字もないからな。
抗争の内容次第ではきついお仕置きが必要だな。
「チユリ聞こえるか?」
『………………うん、聞こえる』
《開始まであと一五秒》
「俺が今言えるのはこれだけだ」
「……なに?」
《開始まであと一〇秒》
「お前が歌いたいように歌え。好きなように。歌いたいだけ歌え」
《開始まであと五秒》
「俺もお前を信じる者達もそれに答えてくれる」
「わかった‼」
《STRIFE START (抗争 開始)》
雄叫びがエリア内をこだまする。空ステージを占領するためにお互いの信奉者たちがステージに向かって突き進む。数十秒もしないうちにぶつかる音が聞こえてくるだろう。
このひりつく空気、この肌を振るわせる空気。汗が出るほどの熱い空気。
遠くにいてもそうなのだから、きっと俺の目の前はもっとすごいのだろう。
それに俺はその現場の空気を知っている。
しかし、改めて思う。戻ってきたんだなと。
訓練なんかでは味わえないこの空気。俺はその空気にどっぷりとつかっていたんだ。
記憶は時の流れで薄れてしまうが、体は忘れていない。記憶がそれだけ刻み込まれている。そして、俺は知っている。この後に来るものを。
攻撃歌【その一歩からBrave Story】
空中に浮かんでいるモニターが大きくその歌のタイトルを流す。色鮮やかな色で彩られた文字だった。歌戦姫の歌で信奉者たちは加護を受け強くなる。そして信奉者能力という特別な力を使う者さえ出てくるのだ。
【いつも自分からできない。受け身な僕。
変わろうと思ってもなかなか変われない】
とても透き通ったきれいな歌声だ。
今回は攻撃歌であるが、防衛歌であろうが特殊歌であろうが、ほとんどの歌の歌詞は想いが紡がれて作り出される。
【どうしてだろう。よくないことだってことはわかってる。
でもできないんだ。どうしてだろう。どうしてこうなったんだろう】
さて戦況の方だが、数の不利があるのだが、士気の高さもあって互角の状態だ。
序盤はまず空きステージの獲得戦だ。
空ステージを確保するとそこから自軍の歌戦姫の歌を流すことができる。より力を発揮するにはより近くに歌が聞こえたほうがいい。
単純に考えればステージを多く獲得すればより戦況を有利に動かすことができる。
しかし、今回の作戦において空ステージは一つのみ。草原エリアの中央に位置する空ステージのみだ。他の空ステージにも人を向かわせているが、最小限の人数のみだ。
【でも、ある日突然、僕の隣に君が来た。なぜかわからない。でもきっかけだった】
早い段階でエリアの状態がくっきりと分けられた。中央部分は多く人を割いただけあってあっという間に確保。残りの三つは相手側に占領された。
計算通りだ。
「さぁ、お前等移動するぞ!」
俺は周りにいる本拠地のステージにいる全員に号令を出した。
今から俺達のすることは通常なら考えられない行動だ。
本拠地の放棄だ。
移動することになるのでチユリはステージから降りていた。でも歌うことはやめていない。やめてしまえば信奉者たちの力が弱まってしまうからだ。
【君の言葉はとても不器用で、言葉足らずだった
でも、僕は君の言葉にそっと背中を押されたんだ】
しかしそれにはリスクが伴う。
「だぁぁぁぁああああ、お前等あの小娘のマイクを奪うんだぁぁぁぁあ」
こちらの防衛線を突き抜けて勝利条件である敵の歌戦姫のマイクを奪いにやってくる敵がいた。こんなに早くに出てくるとは飛んで火にいる夏の虫だな。
【だから、前に進む、僕は前進する。君の言葉を信じて】
おい、簡単にチユリの護衛達が吹き飛ばされている。相手が手練れなのか、それともこっちが頼りないのか、この際どっちでもいい。
俺はすぐさまその強襲してきた敵たちとチユリの間に飛び込む。
「よう、お前が噂の信奉者さんかよ!」
筋肉質で頭の色が奇抜な男だった。こいつが一番こちらを撃退していたようだし、それなりに腕が立つようだ。
「歌戦姫の加護も受けられないような『欠陥品』は怪我をしないうちにお家に帰りなぁ!」
どうやら腕っぷしだけでおつむは足りないようだ。親の顔が見てみたいものだ。
「どうやら頭に蛆でも湧いているようだな」
「あぁぁん⁉」
そう言って太い腕が俺に振り下ろされる。しかし俺は避けて相手の懐へと移動する。俺は体重と踏み込みの勢いをつけた肘を相手のみぞおちに一発喰らわせる。
【だから始まる。 その一歩からBrabe Story】
相手は呻く。だがこれだけで加護を受けていない俺が一撃で加護のある人間を倒せるとは思っていない。
後ろ回し蹴りを相手の胴体にあて、少し相手を飛ばした後に前へと跳躍する。そしてソイツの顔に自分のひざを叩き入れる。
それで相手は大きくのけぞる。まだ踏ん張れる余裕があるか。俺は着地と同時に体を捻る上段後ろ回し蹴りを相手の顔に向けて放つ。見事に命中し相手の脳天をさらに揺さぶる。
脳天を揺さぶられて無事に立っていられる奴などいないであろう。
その奇抜な頭の男は倒れ込む。
勢いに乗ってここまでやってきた他の男たちは勢いを失う。
あとからやってきたチユリの信奉者たちが残りを取り囲んで袋叩きにし撃退した。