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学園抗争歌戦姫~スクール・ストライフ・ソング・ヴァルキュリア~  作者: 十参乃竜雨
第三章 抗争、抗争、抗争。少年は拳を振るう。流れる歌に想いを乗せて。
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久しぶりの再会とミーティング

「…………ネムイ」

 俺は睡魔と闘いながら一人歌戦姫の『フェルクレイリィ ヒナ』の控室にいた。歌戦姫のメンバーは大会の開会式へと出席している。出席するのは歌戦姫だけでその下の信奉者は待機となっている。

 でもまぁ、一時間ばかりあるということなので、むしろ俺にとっては良かった。一時間立たされるとか地獄もいいところだ。

 でもその一時間、することもないので暇もいいところだ。

 そう思っている時だった。

 控室のドアがノックされる。俺が誰かと聞くと返答があった。

「久しぶりだな、坊主!」

 扉の向こうから聞こえてくるその言葉だけを聞けば誰と分かるわけがないのだが、その声は俺の知っている人物の声だった。

「おっさんか、今俺しかいないから別に入っていいぞ」

 そう言うと、扉は開かれる。現れたのは警備員の制服を着たよく知っている人物だった。

「見ないうちに大きくなったな」

「そういうオッサンこそ、見ないうち老けたな」

「うるさい」

 胸には大きく『ジャスティス警備』とされており、会社のエンブレムのついた警帽をかぶらずに手に持っている。室内でもかぶらないといけないだろうに変わらないなこの人は。

 シャスティス警備会社は、歌戦姫抗争を支える縁の下の力持ちな私企業だ。

 やはり抗争というほどなので色々な事故が起こりやすい。なので歌戦姫委員会のスタッフだけでは補えない部分を一般の企業に委託している。

 その一つがジャスティス警備会社だ。主に歌戦姫抗争では主に安全面に関することに関与している。仕事の一つ一つ上げていると多くてきりがない。

 俺みたいなやつが関わることの一つといえば、監視だ。

 歌戦姫には禁止行為がいくつか存在する。主な禁止行為は

①戦意なき歌戦姫への抗争行為。②相手ステージへの工作行為。③故意のセクハラ行為。    である。以上を犯した者は正義のジャスティス警備会社のジャスティス特別警備隊による正義の鉄槌が下されるとのことだ。

 そもそも、信奉者は抗争中、歌戦姫の加護で身体が強化されているので普通の人間では止めることはできない。でも、このジャスティス警備会社の警備員は歌戦姫の加護無しで違反者を取り押さえることができる。俺は目の前で見たことがあるから間違いない。

 人間からかけ離れた業ができるのは間違いなく訓練のおかげだ。

 ここの警備員になるためには死ぬ方が楽というほどの訓練を受けなければならない。どれくらい辛いかというと九割五分が途中退職するとのこと。訓練内容は企業秘密ということで教えてもらったことはない。

 でもそれで歌戦姫に近づきたいという冷やかしのやつは入れない。それに給金は歌戦姫抗争委員会の多額の契約料があるため、かなり高いらしい。

 あと、シャスティス警備員に攻撃を加えた者は死よりも恐ろしい事が待っているらしい。

「……小僧とはあの時以来になるんだな」

 憂いを秘めるらしくない顔と声で俺に言ってきた。

「そうだな、おっさん。八年ぶりぐらいになるな」

 このおっさんは俺がプロリーグで活躍していた時、警備員をしていた。人柄が良いため、ちょっとしたきっかけで仲良くなった。

「お前が歌戦姫抗争に復帰すると聞いてな」

「すぐに引きこもり生活に戻るつもりだけどな」

 クレマとした約束の事をおっさんに話した。お前らしいなと一言言った。

「でも、あの噂は本当なのか? お前信奉者能力と加護が……」

 俺はうなずいて、その噂を嘘偽りなく認める。

「それじゃあ、小僧、てめぇ自分の身があぶねぇんじゃないのか⁉」

 加護無しに加護のある人間と相対すれば、普通は怪我をする。しかし、今回は俺は統括者として全体を指揮する立場にいる。だから前線に必ず配置されるわけでもない。

「プロリーグで戦っていた俺が加護なしでもたかが学生相手と戦えるのはおっさんが一番分かってるんじゃないのか?」

 俺の技術を近くで見てきたのだ。否定はできないだろう。

「ああ、そうだな。でも、危ないと判断すれば殴ってでも止めるぞ」

 おっさんは真剣な顔つきだった。怖い事で。

 しかし、俺はありがたくその言葉を受け取っておく。

「それより、なんでおっさんがここにいるんだよ。プロリーグの警備はどうしたんだよ」

 不特定多数とはならない学園の歌戦姫抗争は警備会社の若手の初の仕事場になるはずだった。このおっさんはベテランで、かなりの歳だ。普通ならプロリーグでチーフぐらいになっているか、一線を退いて事務職に就いているのが妥当だろう。

「あっちは若い奴にまかせてきたよ。こっちの方が面白いからな。次世代を担う若者が頑張る姿は見ていても面白い」

 あっちとはプロリーグで、こっちとは学生の歌戦姫抗争の事だろう。何年たってもこのおっさんは変わらないな。

「それで、今絶賛さぼり中とは笑えるな」

「ガハハ、そうだな!」

 そこで納得するなよ。開会式の最中であんたはここに本来いちゃいけないんだからな。

「お前の姿は最前線で見させてもらうよ。一番面白いからな」

「勝手にすればいい、嫌と言っても聞かないだろうからな」

「小僧、よくわかっているじゃないか‼」

 そう言うと俺の背中を豪快に叩いてきた。相変わらずだな、本当にこの人は。

「中立の立場じゃなきゃいけないがな、一応言っておく、頑張れよ」

「言われなくても頑張るよ。おっさんも、頑張れよ仕事、さぼらずに」

「ガハハ、耳が痛いな」

 それからいくつか話した後、おっさんは控室から出ていった。

 まったく八年前とひとつも変わらないな。嵐のような人だ。

 

 それから数刻した後にメンバー達が開会式から帰ってきた。

「さぁ、これからの予定を話しておく。二時間後に初戦が行われる。先鋒戦と次鋒戦が同時だ。先鋒戦のセリィの抗争エリアは市街地、次鋒戦のチユリの抗争エリアは草原」

 抗争エリアは開始二時間前に発表される。ランダムに選ばれる。学園内の広大な敷地にあるのだが、場合によっては移動に時間を要する。そのための二時間だ。

 その間に作戦も考えなければいけないのでやることは山積みだ。

「中堅戦のクリスは今日の午後だ。副将の睡蓮は明日の午前。大将のスレイナは明日の午後になる。了解したら、各々準備に取り掛かってくれ」

 そう言うとみんながバラバラに動き出した。俺はチユリを呼ぶ。

「抗争まで時間がない。チユリ。移動するぞ」

「う、うん」

 俺とチユリは控室を後にする。

 俺達はチユリの信奉者が待つ待機所まで向かう。待機所の入り口までは何事もなく着く。

「お兄、大丈夫かな?」

 彼女が声を振り絞って俺に聞いてきた。俺は彼女がなぜそんなことを聞いてきたかわかった。心配しているのはコイツの信奉者のことだ。

 俺が今回指揮をすることは信奉者のまとめ役たちに話をしているが、みんなの前で話しておかなければ士気にかかわってくる。それにチユリは今回の約束で治癒歌を歌わないということを信奉者達に伝えなければならない。

 おそらくそれに反発が予測される。それを彼女が心配しているのだ。

「安心しろ。俺に考えがある」

 俺はそう言うと、待機室の扉を開ける。するとそこにはたくさんの信奉者が待機していた。自分達の現れたことで張りつめた空気が流れる。チユリはその空気に押されて小動物のように身を縮ませてしまっている。

「またせたな。俺が今回このお前たちを指揮する者だ」

 敵意の視線がガンガン飛んでくる。まあ、何処の馬の骨かわからないやつがそんなこと言われて、はいそうですかで納得するわけないか。

「そう言えば、自己紹介がまだだったな」

 だったら納得する理由を持ってくるまで。

「俺は刃斧斗 哉芽。八年前まで、プロリーグで戦っていた経験があるからよろしく頼む」

 俺の言葉に一帯がざわめき始める。

 俺の名前に気付く者は気付き、それがだめならプロリーグの言葉に反応する。それでも疑う者は近くの者に確認して確信する。

 敵意の視線が和らぐのを感じた。

「……お兄」

 チユリが何を心配しているのかは分からないが、俺に関して言えば心配はない。

 使える物ならプライドだって捨ててでも使う。それが俺のやり方だ。

「それでお前たちに最初に言っておくことがある。今回の抗争の事についてだ」

 俺は少し和らいだところを見計らって本題に入る。

「今回は、チユリの特殊歌、もとい治癒歌は一切歌わせないつもりだからそのつもりで」

 その一言であたり一帯がざわつき始める。その勢いで俺自身に野次を飛ばしてくるやつさえいる始末。

「だから、お前たちは弱いんだよ」

 俺のその一言にあたりが静まり返る。

「どうせ治癒歌で直してくれるからというそんな甘い考えなんて捨ててしまえ!」

 今田は明らかな敵意を放ってくる。そうだ、俺に向けてこい。

「もしそれで負けたお前等は自分の歌戦姫に責任を押し付けるのか。もっと治癒歌を歌っていたら勝てたとな。ふざけるんじゃあねぇぞ!」

 俺は言い放つ。もう少しだ。

「お前等の自分自身が信奉する歌戦姫の想いはそんなにちんけなものなのか?」

 敵意を俺が全て貰いうける。もしこれで負ければ俺一人の責任だ。煮るなり焼くなり自由にすればいい。甘んじて受け入れる。

「お前等は憎い俺に証明して見せろ。己自身の強さを」

 人の心動かす、それが統括者である俺の仕事だ。

 俺はそう言うと後ろに控えていたチユリに振る。これからは彼女の仕事だ。自分を信じついてきてくれる者達に自分の声を届けなければならない。

「……みんな、僕は」

 俺の後ろに控えていたチユリが俺の前へと出ていく。俺は黙ってそれを見守る。

「……ボクはボクが歌いたい歌を歌って、君たちに」

 弱々しい声で自分の想いを紡いでいくチユリ。

「届けたいだ。君たちに、そして……」

 もうヤジを飛ばす奴なんていなかった。ただ静かにチユリの言葉に皆耳を傾けている。

「……勝ちたい。勝ちたいんだ!」

 歓声が上がる。待機室が割れんばかりの音だ。

 その歓声に驚いたチユリは後ろによろめく。俺はその背中を支える。

「それじゃあ、いくか」

「う、うん」

 それから俺達は俺達の戦場に向けて出発する。


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