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学園抗争歌戦姫~スクール・ストライフ・ソング・ヴァルキュリア~  作者: 十参乃竜雨
閑話その二 引き籠り、ゲーム、説教、ボクの戦(うた)わない理由
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僕の戦(うた)わない理由

「とりあえず、テキトーにすわって」

 俺はそう言われて机の近くの床に座ることにした。

 俺は今、チユリの寮の部屋に来ていた。

 河豚狸との平和的交渉で見事に『ブレ興』のアニメDVD付限定版を譲ってもらい、俺はそのDVDを見せてくれないかと提案するとあっさり、OKをもらった。DVDが見れる環境と言ったらてっきりマンガ喫茶とかプレイヤーの貸し出しがある所かと思ったら、チユリの部屋に案内された。

 あって間もない、男を部屋に上げるかね。

「…………どうそ、粗茶ですが」

 お茶まで準備してくれた。特に意図はなさそうだ。でも本当に無防備だな。

 俺は、再び奥に引っ込んでいったチユリの姿が見えなくなると俺は部屋を見渡してみた。

 結構人形が多くて一見すると女の子らしいなって部屋なのだが、そのぬいぐるみのどれもがマンガやアニメに登場してくるキャラクターになっている。

 マンガや本は結構な数ある。でも結構量があるせいできちんと整理されていないようにも思える。そこはかとなく俺は整理整頓したくなる衝動に駆られそうになる。

 なんせ、俺の部屋に似ているのだ。おれの引きこもりの部屋と。

 でも、いくつかの点が俺の生活と違っている。引きこもりを知り尽くしている俺だからわかる。こいつは引きこもりの何たるかを分かってはいない!

「…………おまたせ」

 そういってチユリはやってきた。俺はチユリの方を向くと、彼女は先ほどのかわいらしいジャージから着替えていた。どうやら着替えにいっていたようだ。

 それもまた今回もジャージだ。でもフード付きであってチユリはそれをかぶっていた。それにはネコミミがついていてとてもかわいらしい。黒色のため黒猫なのだろう。

 手にスナック菓子の袋を持っていた。アニメ観賞用のものだろう。

 そしてテレビのDVDプレイヤーの電源を入れる。アニメ観賞の準備をなれたよう素早く進めていく。子猫がせわしなく動いているようで、なんか微笑ましい光景にも思える。

「じゃあ、つける」

 そういって、チユリは『ブレ興』の特典のDVDをプレイヤーの中に入れる。ディスクが回る音が鳴りはじめると、画面が動き始めた。

 そして俺とチユリは画面に集中した。

 全部で約二五分ばかりのアニメだった。

 結論から言うと、かなり良かった。主要人物一人一人にスポットがあてられていた。でも製作者がその一つ一つのストーリーにこだわりを持っていたのが伝わってきた。どうしてこれを地上波でしないのだろうか。俺は疑問に思う。

 ふと隣を見るとチユリは放心状態だった。眼を見る限りチユリも大満足だったのだろうことがうかがえる。

「どうだ?」

「うん! いい! 大変良かった!」

 ここにきてチユリのはずんだ声を初めて聴いたような気がした。

 それから俺達は手がつかなかったスナック菓子を食べながらお互いに感想を言い合う。そして横道にそれ、お互いの好きな漫画の話になった。

 好きなジャンルとかは少しずれは感じられるものの、全然許容できる範囲だった。

「そうだ、コレできる?」

 そう言ってチユリが取り出してきたのがゲーム機だった。出してきたソフトはアクションRPGゲームだった。モンスターを倒しながらストーリーに沿って進んでいくというマルチプレイ可能なゲーム。それならやったことあるし、手持無沙汰だから別にいいか。

 俺はうなずいてからチユリから渡されたゲーム機をたちあげる。

 このゲームはそこまで難しいわけではないので話をしながらでもプレイできる。

 俺達は目線は画面を向きながら、とりとめのない話をし始める。

 そして話題は歌戦姫抗争に移っていく。

「……どうして、抗争の世界に?」

「八年前で小さい頃だったからな。正直気づいたらそこにいた。だから特に理由はない」

 俺は刀を装備して次々と敵をなぎ倒していく。

「そういう、チユリはどうなんだ?」

 彼女は魔術で敵を次々と焼き払っていっている。

「………………ボクは」

 気のせいか、言葉のトーンが落ちたような気がした。今敵に強襲されているためによそ見ができずにチユリの顔を確認することはできなかった。

「自分の意志ではここにいない……」

 その言葉で、思い出す。基本この学園に歌戦姫として入学するためにはスカウトで入学してくるものがほとんどだ。しかし、チユリはその例外に当る試験組で入学してきた。試験組の枠は少なく、かなりの競争率になっている。それを突破してきたということは潜在能力があると証明されている。

「ボクの両親が、試験を勝手に申し込んだんだ。いやではなかったけど、ボクの意見を聞かずに決めちゃって、でも学校にいけないのは嫌だったから。そしたら何とか受かって」

 もし、受からなかった人間は今のチユリを見てどう思うだろうか。

「でも、歌うことは嫌いじゃない。でもあの歌だけは歌いたくない」

 あの歌というのは分かった気がする。

 チユリは治癒歌が歌える。その才能はどのチームでも喉から手が出るほど欲しいものだ。でも、そんな能力をなぜ使いたくないのだろうか。

「なんでそこまで歌いたくないんだ?」

 俺は思ったことを口にしてみた。少しためらった後にチユリは声を絞り出す。

「…………みんな無理するから」

 その短い一言で俺は理解した。

 みんなとは信奉者達のことを指しているのだろう。特別の能力だからこそ、皆それに期待するのだ。そして慢心する。傷ついたとしても治癒歌でどうにかなると。

 だから、『無理』とは戦い方のことを指している。

 そうか、チユリはひどく優しい奴なんだな。

「…………刃斧斗さんは私に歌えっていうの?」

 怯えの混じった声色。不安という感情が声に表れていた。でも俺は言う。


「歌いたくないのなら歌わなくてていいんじゃないか?」


 その俺の一言を予測していなかったのか、思考停止をしたかのように動きを止めるチユリ。少しの間をおいてチユリは言う。

「…………なんで? 勝つために必要なんじゃないの?」

「そんなのは簡単だ」

 実に簡単な話なのだ。実に簡素な話。

「本人が歌いたくない歌を歌ってなんになる? 歌にはその人間の感情がのるんだよ。負の感情もな。そんな歌聞いて何が嬉しい。少なくとも俺はそんな歌なんか聞きたくないな」

 俺の声に静かに声を傾けるチユリ。

「それに治癒歌を頼りに戦うやつは自分の実力のなさを棚に上げているにすぎないんだよ。強ければそもそもダメージなんて負わないんだよ」

「…………でも歌わなきゃ」

 チユリは優しすぎる。あまりにも優しすぎる。

 彼女の優しさを甘さなんて言うやつがいるかもしれない。しかし彼女はか弱くも強い。

「なら、一つ俺と賭けをしないか?」

 そんな俺の言葉にきょとんとした顔をするチユリ。

「今度の団体戦、スケット信奉者枠があるだろ?」

 そもそも信奉者は誰の信奉者であるか学生であれば学園側に登録申請を行っている。そうすることによって信奉者はその歌戦姫のもとで抗争行為を行うことができる。

 逆に言えば、登録申請を行わなければ、抗争行為を行うことができない。

 しかし、大会のルールによっては部外者である信奉者が参加することもできる。

 それがスケット信奉者制度だ。もちろん人数制限はあるのだが。

「それで俺は信奉者兼調整者としてお前の信奉者たちを指揮して、その治癒歌を歌わせずに勝たせてやるよ。もし負けたら、なんでも言うこと聞いてやるよ」

「もし勝ったら?」

 賭けなんて言ってしまったからそんな言葉が出たのだろう。そうだな……。

「また、お茶と菓子奢ってくれ、そしてまたゲームでもやろうぜ」

 そう言うとちょうど手元に会ったゲームでモンスターの討伐が完了した。

 二人の携帯ゲーム機からファンファーレが鳴りはじめる。

「あの一ついい?」

 そんななかチユリが俺に話しかけてきた。

「…………お兄って呼んでもいいかな。その、なんていうのかな」

 恥ずかしそうに下を向いて言っていた。

「ボク一人っ子で、ずっと前からお兄さん欲しくて、一緒にゲームしてくれるような」

 なんかその気持ちわかるような気がした。俺も一人っ子で親がどうしようもない奴等だったから余計に。幼いころからクレマや元チームメイトが俺の姉や兄の代わりだった。こいつにとってもあの時の俺のようなものかもしれないな。

「別にかまわないぞ」

 俺にノーと言う選択肢はなかった。可愛い妹ができたと思えば悪い気はしない。

「うん! ありがとう!」

 恥ずかしがっていた顔から笑顔に変化した。誰かも一緒に笑顔にするような明るい笑顔だった。そんな笑顔ができるんだな。

 目的のアニメも見終わったし、長く女子の部屋にとどまっておくのはあまりよろしくないだろう。でも……。

「あと、帰る前にやっておかないなければならないことがある」

「……え?」

「この部屋の整理整頓だ」

 散らかっているわけではないので掃除ではない。あくまで整理整頓だ。

「え? 言っている意味がわ……」


「引きこもりなめてんじゃねぇぞぉ‼」


「…………あぅ」

 忘れそうになっていたが、この部屋に入った時にあった違和感の正体が分かった。

 引きこもりたる者、プロ意識を持たなければならない。マンガはただ並べるだけではなく、取りやすいように、などなど、様々な点を考慮しなければならない。もちろんPCの配置場所だってそうだ。

 まったくそれがなっていないのだ。だからそれに手を加えさせてもらう。

「テキパキ動かねぇと日が暮れるぞ」

「…………あ、あぅ」

 そう言って俺は逐一チユリに指示をしながら整理整頓をさせるのだった。



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