早朝の出会い
俺の一日は早い。今はちょうど日が昇っていない時間帯。朝の五時だ。もう少ししたら朝日も出てくるだろう。俺は自分の寮の前で準備体操をしている。
朝のランニングは日課。学園は馬鹿に広いのでランニングコースなんて便利なものがある。それにこの学園の敷地内には九割近くは学生しかいない。だからそんなにこの時間には人がいない。人の目を気にする自分としては最高のランニングタイムだ。
たとえ引き籠りでも、筋力の低下はよろしくない。だから日々のトレーニングは欠かさない。このランニングが終わったら、いつものように筋トレだ。
俺は準備運動をそこそこに走りはじめる。
春とはいってもこの時間帯は少し肌寒い。まぁ、あと少し走るだけで体は温まるだろう。
こうやって走っている時に考え事をすることも日課だ。
今まではどうやって節約して生活費をねん出し、買いたいゲーム、マンガを限られた金でどうするか、そういうことばっかり考えていた。
正直、一八になるまでは生活費があのどうしようもない両親から振り込まれてはいる。でも2,3日遅れるなんてざらにある。狂った計画を計算しなおしてたりしてたな。
今は正直、寮に移ってきたことで家賃が無くなったおかげでずいぶん余裕ができた。
そんなことを考える必要がなくなった。
でもこのことがばれたらここぞとばかりに仕送りを減らされるため、クレマに頼んで偽装工作をしてもらった。俺が家賃を払っていることにしてもらっている。
周りはこんな両親を恨んでいるんじゃないかって思っているかもしれない。
でも、俺はそんなことはなかった。
もう俺はあんな奴らの事なんてひとかけらの興味もない。
だから、恨みつらみを言う暇があったら、俺は撮りためた深夜アニメを見る時間にあてる。一話約二五分あるんだぞ、学生になってしまったせいで大幅に削減された。一日数話しか見れなくなった。
そんな無駄な時間はとってはいられない。
それに今この時間に考えなければならないのは今俺が受け持っている歌戦姫の事だ。
なんというか、クレマが雛と言っていたのが分かるような気がする。
五人が、五人ともどこかしら未熟な所がある。それをどのようにして解決していくか考えなければならない。それとスレイナの事だ。彼女を見ていると彼女の姉の事を思い出す。俺はプロリーグで彼女の姉の信奉者をしていた。それも誰よりも近い所で。
だからこそ、スレイナをみると、姉の面影と重ねあわしてしまう。
そしてこの前、彼女にひどいことを言ってしまった。
俺は自分に罰を与えるように、走るスピードを上げる。
自分が愚かなことをしているのは分かっている。でも、なんで今まであの両親にさえ抱かなかった感情が、スレイナに対して湧き上がってくるのだろうか。
自分の事なのに自分の事がよく分からなくなっていた。
俺はしばらくその速さのまま走った後、限界が来たところで心臓に負担をかけないよう歩き始める。
「すごく速いっすね!」
俺の背中から声が聞こえた。この声には聞き覚えがあったので振り返る。
予想した通り、セリィだった。彼女は下は俺と同じようにジャージで、上は黒のタンクトップだった。なんというか小柄で豊満な胸なので正直タンクトップは目のやり場に困る。腰にジャージを巻き付けていることから、暑かったから脱いだだけであろうが。
「トレーニングか?」
「いや、ちがうっすよ」
セリィは自分の肩にぶら下げていた布を見せてくる。中には紙の束が入っていた。
「バイトっすね! 学園通信配りのバイトっす! はいこれどうぞっす」
彼女は一枚の紙を俺に渡してきた。それは彼女の言う通り、学園通信だった。これは学園が発行しているものでその日学園で起こったことなどが書かれてある。
まぁ、学園限定の新聞だな。
毎朝俺の寮の部屋のポストに入っていたが、これ、学生が配っていたのか。
「おまえ、なんでバイトなんか……」
「あ、これ配らないといけないんで走りながらでもいいっすか?」
そう言われたので俺は別に不都合でもなかったためそれに従った。
「バイトしてるのは、食費を稼ぐためっすね」
そう彼女は堪えてくれた。でも、むしろ俺は疑問が増した。
「信奉者と違って歌戦姫は、手当が学園から出てるんだろ。なんでそんなに食費を稼ぐ必要があるんだ?」
歌戦姫抗争が、国民的スポーツであってその人気も不動の地位を占めている。だから、その中心である歌戦姫にはいろいろと保障制度がある。
その一つに手当だ。その歌戦姫訓練に集中させるために、身の回りの物を不自由なく買えるように国から手当てが学園を通じて一律に支給される。
裕福ができるほどの額ではないが、親からの仕送りがなくとも、食費くらいはなんとかなるくらいはあるはずなのだが。
「いろいろと食べ盛りなんでかかるんっすよ」
彼女は苦笑いしながらこちらを見ていった。でもその言葉に俺は引っ掛かりを感じた。
それに彼女が苦笑いするなんて初めて見たような気がする。そんな長い付き合いではないのだが、いつも彼女は笑っていた。そう思う程笑顔が印象的だった。
「それになかなかいいんっすよ、このバイト」
基本この学園はバイト禁止だ。しかし、学園外のバイトに限っての話である。学園内のバイトは学園によって募集される。そのバイトであればすることができる。
俺も一時期考えたからそういった知識は持っていた。最悪、バイトが両親の耳に入ろうとでもしたら、仕送りを減らされるので、しないことに決めた。
それよりもアニメを見る時間が減ることが一番の理由だが。
「一枚配ると〇・五円もらえるんっすよ、五千枚配ると二千五百円になるっす!」
一日二千五百円と言われてはたしてそれがお得なのか俺には分からなかった。
「それより、カナメンはなんで走ってるんすか?」
「引きこもりでも体力を落とさないためにな。毎日の日課で走ってる」
「なんで引きこもりで走り……。 でも毎日継続できることはすごいと思うっすよ」
そういって笑顔を向けて言ってきた。
こいつは本音しか言えないんだろうなと俺は思った。でも自然とどうでもよくなっていた。白い歯を見せて言う彼女の笑顔を見ていたら不思議とどうでもよくなる。
それが彼女の良い所だろう。
それから、しばらく二人で走った後の事だった。セリィは立ち止まり俺に言ってきた。
「それでは、ウチはあの寮に配ってくるのでここでお別れっす!」
「バイト、頑張れよ」
「はいっす、カナメンも日課頑張ってくださいっす!」
俺は手を振りながらマンションの階段を駆け上がっていく彼女をしばらく見た後、また走りはじめる。俺にいろいろあるようにセリィにもいろいろと事情があるのだろう。でもあのように頑張っている姿を見ていると悪い気はしない。
もう朝日が昇り始めてあたりは明るくなり始めていた。
俺はその中をただ新鮮な空気を吸いながら走り続ける。