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プロローグ


『今日のステージのラストソング、サプライズがあるから楽しみにしててよね』


 ここは、建物も石で、道路も石で、大抵の物が石でできている街。

 古都というのがとても似つかわしい場所。

 そういった場所特有のにおいがあった。よく言えば古風な懐かしい匂い。悪く言えば古くさい匂い。

 そして、そんな場所に花火が上がったりしている。しかも、丸い機械のようなものが至る所に飛んでいる。

 そんな独特な場所での事だ。

 十ほどしか年月を重ねていない少年が、自分の二回りも大きな大人を吹き飛ばしながら、ある女性から言われた言葉を思い出していた。

(なんなんだよまったく。もったいぶって何を考えてんだよ)

 そう少年がもやもやした気持ちをくすぶっている間にも、三人の屈強な男が、少年へと飛びかかる。少年は自分の体を軸にして、一番近い男に細い足で回し蹴りを放つ。だが目でとらえることができないほどの速さ。その回し蹴りを放たれた屈強な男はその速さから受け止めることができずにまともに受けてしまう。

 八○キロ以上ある男の体が三五キロあろう少年に軽々と蹴り飛ばされてしまった。

 それも十メートル以上。その直線上にいた者たちは巻き込まれていく。

 他の屈強な男達は目の前で起きた衝撃的なことに手を止めることはしなかった。

 そのうちの一人がむしろ躊躇なく少年の後頭部に拳を放つ。

 しかし、少年は分かっていた。

 後頭部に目掛けて来るのが分かっていたのか、上半身を器用にも折り曲げてその攻撃を避ける。そして頭上にある男の腕をつかみ、その腕に上り、立った。

 そして素早く、その男の頭上にかかと落としをきめて、その男を仕留めた。

 その光景を見ていた最後の男は分が悪いと思ったのか一旦後ろに下がり、態勢を立て直そうとしていた。少年はそれを見るや否やかかと落としを決めた男を踏み台にして跳躍し、下がろうとしていた男に飛び蹴りを放つ。その男は前に腕を置き、防御の体勢をとった。

 しかし、無駄であった。その飛び蹴りの勢いは止めれるものではなかった。

 飛び蹴りを受けた男はこれまた何人か巻き込みながら吹き飛ばされていった。

 その三人を一瞬で倒したその時だった。周りから割れんばかりの歓声が上がる。

 そうここは試合中の出来事である。そして、その歓声はその試合を観戦していた観戦者の歓声。

 近くに観客はいない。でも少年は驚く様子を見せない。

 少年は知っていた。近くにある石造の中身にスピーカが入っており、そこからその声が聞こえていることに。

 でもまだ終わらない。

 少年を仕留めようとする者たちが少年を取り囲んでいるままだった。

 その時、少年の耳に歓声とは別の声が聞こえてくる。

【君の瞳、輝いてる。その瞳に 写るのは どんな風景だろう。

                         知ってみたい。覗いてみたい】

 それは歌声。そして声の主を少年は知っている。

 少年をもやもやとした気持ちにした原因を作った張本人の歌声。

 そして、自分の信奉する歌戦姫の歌声。

 その声は少年にさらに力を与えてくれるものだった。

【君が何を思い、何を感じ、何を考えているの?

                       気になって君の後を ついていく】

『少年、今は試合中だぞ、よそ事は後から考えろ、お前はプロなんだからな』

 少年の耳につけたイヤホンから調整者マネージャーからの声が聞こえた。

 少年は心の中で一言「うるさい」と唱える。

「こっちは予期せぬ奇襲にあって、さばいてるんだから、ちょっとくらい見逃せよ」

『君はうちのエースだ。気を抜いてやられたらこっちのチームの士気はだだ下がりなんだから用心しろ』

 この調整者の女性と少年は長い付き合いである。だからこそ、何度聞いたかわからないその言葉にうんざりしていた。

 そうこれは試合なのだ。

 歌戦姫と呼ばれる歌い手が、巨大な試合会場内に無数に建てられているステージの一つで歌を歌い、信奉者ファンと呼ばれるプレイヤー達が開いて相手のプレイヤー達と抗争行為をおこなうという試合だ。

 勝ち負けは単純。信奉者が相手チームの歌戦姫のマイクを奪えば勝ち。

【そして分かった、君の瞳が輝いている理由。

                   それは君が夢を追い求めているから】

 そして特徴的なのが、歌戦姫の歌だ。歌には加護がある。

 どんなに殴られても蹴られても、信奉者は怪我をしない。

 少年が倒したあの男たちはどこも骨が折れてもいないし、打撲などのケガもないであろう。気絶はしているが。

 それが歌戦姫の加護。

 そして歌の種類によって様々な効果がある。その効果によって三種類に分けられる。

 攻撃歌、防衛歌、特殊歌である。

 攻撃歌は、攻撃関係の効果がある歌。

 防衛歌は、防衛関係の効果がある歌。

 特殊歌は、前者二つ以外の効果がある歌。

 少年の力がみなぎったのは歌姫が攻撃歌を歌ったため。

『それと、他の隊も奇襲にあって混乱中だ。早く救援に向かってくれ』

「了解」

 少年は短くそう答えると、飛びかかってきた一人をさばく。

(まったく、今日は当然のように数が多い)

 そして今回の試合は特に特別なものだった。

 年に一度の歌戦姫の祭典、ヴァルハラ。この競技を一年間通して、試合での勝ちポイントの高い上位の歌戦姫たちがトップを争う試合なのだ。

 それもその決勝戦。だから舞台も大がかり。

 国民的スポーツでもある歌戦姫抗争であるため、全国民が注目している。

【一生懸命に辛くても頑張れる程の 追い求める夢があるから。

 その輝きは眩しかった。空っぽの私には】

 少年は当然のように拳を振るう。一回拳を振るごとに一人宙を舞う。一回蹴りを放つごとに一人地を転がる。

 少年は若きエースにして、若きスーパースター。

 それは誰にも止めることができないくらいの輝きがそこにあった。

 歌戦姫の歌う歌詞のごとく、輝いている。

『マズイ!』

 調整者から焦った声が少年の耳に入る。

『本陣に敵の奇襲だ! 警備が薄い所を突かれた。本陣に救援に来てくれ!』

【でもそんな空っぽの私でも 君の隣に寄り添っていたい】

 自分の本陣が攻め込まれているのに歌戦姫の声の色に焦りはない。少年は殴り飛ばし投げ飛ばしながら彼女の事をさすがだと思う。

 少年の隊の隊員が決死の覚悟で道を開けてくれた。

 少年は礼を言い、その道を突き進んでいく。彗星のような速さで少年は自分の本陣へと向かっていく。

 少年は、自分の信奉する歌戦姫の歌が好きだった。

 無邪気な笑顔ができる歌戦姫の笑顔が好きだった。

 それを守るために、少年は歌戦姫の騎士ナイトでいるために血がにじむ努力をしてきた。だから、彼女の歌を止めさせないために、負けた時の笑顔より、勝った時の笑顔を見るために、少年は駆ける。

【そうか私にも夢があったんだ。 輝いている瞳の君の隣で寄り添う夢】

 少年が本陣に近づくたびにその声は大きくなっていく。近づくたびに少年の力は高まっていく。想いの強さが、彼をそうさせているのだ。

(めんどくさい事を考えるのはやめた! こうなったらがむしゃらにやるしかない!)

【私も君みたいに輝きを宿せるかな。 君の瞳が見る景色を私も見てみたい】

 少年の目の先に自分の信奉する歌姫がいるステージが見えた。

 同時に少年は安堵する。

 本陣には確かに敵影があった。しかし、想像していたよりも数が多くなく、深刻なほどでもなかった。おそらく、功を焦った敵の隊であろう。

 そうであれば、そこまで駆けるほどでもないと思い、少年は足を緩めた。

【君の瞳、輝いてる。 その瞳に 写るのは どんな風景だろう。

 知ってみたい。覗いてみたい】


 バッキィ。


 その音が抗争渦巻く石畳の広場に響き渡った。

 もちろん、少年の耳にも届いていた。でもそれが何の音か認識できなかった。

 しかし数秒後、少年の目の前の光景を見ればいやでも理解してしまうのだった。

 少年は一度緩めた力をフル稼働させて歌戦姫のいるところへと向かう。

 頭の中は嫌な予感しかわかなかった。

 息をすることも忘れ、必死に本気で全力で少年はステージへと向かう。

 でも轟音をともなうそれは、待ってはくれなかった。

 少年はその届かないステージに乞うようにして手を伸ばす。

 でもその小さな想いが届くことはなかった。少年の夢と希望を、それは踏みつぶした。

 のちにこの出来事は、史上最悪の出来事として、

『歌戦姫界の悲劇』

 として、伝えられるようになる。

 それは一つの生命ばかりではなく、それにかかわった何人何千人何万人もの想いを食い散らかし、夢を断ち切った。

 最悪と呼ぶにふさわしい不幸な出来事。

 最高の祭典『ヴァルハラ』は最悪の形で幕を急に下ろされたのであった。


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