忘れ物
しかし、それからすぐのことだった。
「櫻田はいるか!?」
「東間、どうしたんだ?忘れ物か?」
「いや、私じゃないんだ。道久君が社会の教科書を忘れてしまってな」
「社会…ごめん。僕のクラス、今日は社会ないんだ」
「マジかっ。困ったなぁ~」
それよりも櫻田は、どうして東間が畑本のためにやっているのかがよく
分からなかった。すると、隣から社会の教科書が二人の目に止まる。
「はい、これ」
「「えっ?」」
「社会の教科書。使いなよ」
「あっ…うん、ありがとう」
東間は見知らぬ相手に動揺するも社会の教科書を受け取って礼を言う。
「東間もうすぐ授業始まる」
「おうっ。じゃあ、また後で!」
東間は急いで自分のクラスへと戻って行った。
彼女が出て行ったあと、櫻田は稲井に礼を言う。
「稲井君、ありがとうございます」
「…櫻田さんって、自分のこと「僕」って言うんだね?」
「っ!?」
しまったっ!?
東間と話していたからつい無意識に使ってしまっていたことにようやく気が
ついた櫻田は顔が真っ青になり、変な汗を掻いてしまう。
「あっ、いや…あの、これはその…」
なんとかごまかさなければと思いながらも、良い言葉が思いつかない。
するとそれを見ていた稲井は櫻田にこう言った。
「今のが、本当の櫻田さんなんだね」
「っ!?」
「俺は良いと思うよ?自分のことを僕って呼んでる櫻田さん」
それからすぐに先生が来たため、二人の会話はそこで終了した。
授業が終わって、机を後ろへとやっている際に東間と畑本がやって来た。
「教科書貸してくれてありがとう」
「いえいえ。お役に立てたなら何よりだよ」
櫻田は掃除当番のため、体操服に着替えながら会話を聞いていた。
スカートのまま、その下にズボンを履けば更衣室にいかずともその場で
着替えることが出来るのだ。
「僕、畑本道久。よろしくね」
「私は東間美雪」
「あっ…うん。稲井秀太郎です」
「しゅーちゃんだね」
またしても畑本が下の名前呼びが始まった。
この人は誰に対しても下の名前で呼ぶのか?と櫻田は疑問に思った。
それは東間も同じく考えていたこと。
東間は畑本に対して、最初の頃は「可愛い男の子」としか認識がなく
友達になりたいとか全くなかったのだが、彼が声をかけたことにより
仲良くなり、そして現在に至る。
木崎のことといい、宮間のこともあって男女関係なく彼は下の名前呼びに
強くこだわっていることが分かる。
何か深い意味があるのか?それともただ友情として親しみやすくしたいから
なのか…二人はますます畑本道久という少年にますます疑問を抱いたので
ある。