稲井秀太郎
櫻田・木崎・宮間の三人は先に屋上へと向かい、その後から東間・畑本と
合流すると、櫻田は木崎と宮間に東間を紹介した。
「こちらは同じ中学出身の東間美雪。クラスは畑本君と同じ一年C組です」
「どうぞよろしくっ」
「東間、こちら昨日知り合った一年B組の木崎文哉さん。そしてこちらに
いるのが木崎さんの友達、一年S組の宮間結斗さん」
「「どうぞよろしく」」
「って、知り合ったばっかり?!クラス一緒とかじゃなくて」
東間が櫻田の自己紹介を聞いて大げさに驚く。
気持ちは分からなくもない櫻田だが、彼女のこの派手なリアクションは
時々付いていけないこともある。
「ねぇねぇ、それより櫻田さんの下の名前教えてよ~」
櫻田は彼の存在を忘れていた。下の名前を聞かれていたことに…。
東間の呼び方からして予想はしている。だから下の名前なんて聞いてほしく
ないのだが、それはある一人の人間によって明かされてしまう。
「道久、彼女の名前は櫻田柳さんだ」
「りゅう?」
まずい…
「そっか。りゅうちゃんって言うんだね?可愛い名前だね」
畑本が櫻田に向かって笑顔で答える。
櫻田だけではなく、彼以外の全員が畑本の言葉を聞いて驚いていた。
女なのに「りゅう」だなんて変な名前だと小さい頃からよくからかわれて、
それでも負けずに生きてきた。そんな思い出もない名前を可愛いという人間
がここにいることに、櫻田はある意味で彼を変だと思った。
そして、予想していたことが現実となってしまう。
「りゅーちゃんって呼んでもいいかな?僕のことは道久でいいよ」
「えっ?…でも」
「だめ?」と上目遣いされ、櫻田は拒否することができなくなってしまう。
「いっ、いえ。そんなことは」
櫻田は畑本に負けてしまった。
それを見ていた東間は「さすがの櫻田でも、道久君には敵わなかったか」と
腹を抱えながら笑っていた。
それを見て「何がおかしいんだよ」と彼女を肩を思いっきり叩く櫻田。
「いってぇな。なにするんだよ」
「うるさい。お前がいけないんだろ」と二人は喧嘩をし始めた。
「みゆきちゃん、りゅーちゃん。喧嘩はダメだよ!」
畑本が櫻田と東間の間に入り、仲裁するがそれでも二人のにらみ合いは
続いている。
すると黙っていた二人が、仕方なしに畑本の助っ人に入ったことで
櫻田と東間の喧嘩は収まり、遅めの昼食をとったのであった。
昼食を済ませて、自分の教室に戻った櫻田は5時限目の国語の教科書類を
机の上にぱっと乗せる。
「よし。はぁ…間に合ってよかった」
すると、隣の席から寝息が聞こえてきたので気になってチラッと見てみる
ことにした。
「Zzz…」
隣の席の人は男子。同じクラスの稲井秀太郎だ。
彼はいつも休み時間は櫻田と違って寝てばかりいる。
茶色いふわふわの髪に、大きな目。しかし立てば170ぐらいは余裕のある
身長で今時の男子だと櫻田は個人的に彼を気にしていたのである。
もうすぐ授業が始まるし、隣ということで櫻田は彼を起こすことにした。
「あの、起きてください。もうすぐ、授業始まりますよ」
「…うぅ」
話しかけても起きようとしないので、今度は手を使って背中はトントンと
叩く。
「うっ…なに?」とやっと目を開けてくれた。
「すみません。もうすぐ授業が始まるので…起こしました」
「…そう。でも、もう少し…」と彼はまた目を閉じて寝てしまった。
櫻田は、あぁ…だめだ。とあきらめて、彼を起こすことをやめた。
それから挨拶の際に目を覚ましたが、授業に入るとまたしても寝てしまい
結局彼はそのまま起きることはなかった。
国語の授業が終わった時、彼はふと目が覚めた。
そして、隣にいた櫻田に「あの」と声をかけた。
「はっ、はい?」
「…ノート書いてる?」
「えっ?」
櫻田は何のことを言われたのかが分からなかった。
すると稲井は櫻田がしまおうとしていた国語のノートを指差して「国語の
授業でノート書いた?」と今度は分かりやすく聞いてくる。
それに気づいた櫻田は「あっ、はい。書きましたよ」と答えると、
「ノート貸してくれる?俺、寝ちゃってて書いてないから」と眠そうな顔で
答える稲井。
「あっ、はい。私ので良ければ…どうぞ」
櫻田は国語のノートを稲井に渡す。
「ありがとう。明日必ず返すから、それでもいい?」
「はい。わかりました」
ノートを受け取った後、またしても彼は眠りに落ちてしまったのであった。