東間美雪と畑本道久
宮間との自己紹介を無事に終えた後に向かったのは、一階にある食堂だった。
どうやら二人は食堂派らしく、弁当を所持していないという。
櫻田は弁当派なので昼時の食堂を見たことがなかったために、
生徒や教師が列をなして並ぶこの混雑さに「バーゲンセールみたい」と
小さな声で思わずつぶやいたのである。
混雑というのは、通勤・通学ラッシュや車の渋滞等を想像するが、彼女の
日常生活ではバーゲンセールというのがこの場合しっくりとくるのである。
「どうするんだ、木崎。これだと時間かかりそうだぞ?」
「う~ん~とりあえず並ぶか」
「待て、木崎。その間に櫻田さんはどうするつもりだ?」
「待ってもらうしかねぇだろ。こいつ弁当あるし」
気遣ってくれるとは思いも知らなかった櫻田は、少しだけ彼をかっこいい
と思ってしまう。
そう思った時だった。食堂に入って来た一人の女子生徒が櫻田の姿を見て
彼女に声をかけてきたのだ。
「あれっ、櫻田?」
「えっ?」
聞き覚えのある女子の声で櫻田はすぐさま反応し、彼女に顔を向ける。
「やっぱり櫻田じゃん。久しぶり~」
「東間…」
彼女の名前は東間美雪。櫻田と同じ中学出身。
黒髪のセミロングでいかにも男子っぽい。つまりボーイッシュな性格。
スタイルが良く運動神経も櫻田より断然上だが、頭脳はやや下でクラスは
一年D組に在籍している。
「美雪ちゃんの知り合い?」
するとどこからか声がした。東間がそれを聞いて目線を櫻田から横へと移った
ため彼女も真似してみると、そこにいたのは一人の可愛らしい男子生徒。
櫻田は、彼の背が東間や自分よりも低かったために彼の存在に気付かなかっ
た。しかも彼は東間と知り合いで、下の名前で呼んでいることにとても
驚いていた。
「あぁ、同じ中学の櫻田だ」
「櫻田さん?下の名前はなんていうの?」
苗字を言ったのに対して、彼は下の名前を聞き始めた。
それを聞いた東間は櫻田を見てにやりとした。悪いことを企んでいる顔だ。
「櫻田、こっちは同じクラスの畑本道久君だ。
悪いがお前の口から改めて自己紹介してくれ」
「東間、お前ってやつは…」
「道久」
「ん?あっ、ゆーと君!」
すると、畑本は宮間の元へと走って駆け寄った。
どうやら彼らは知り合いらしい。世間は広いようで狭いとはこのことだ。
「おい、結斗。先に行くなって」と人混みの中から二つのどんぶりを持って
戻って来た木崎を見て道久君は「あっ、きー君!」と指を差して声をかける
と、「うるせぇ、くそチビ!きー君、言うなっ!」と怒りを露わに
してしまう。
「なんで?可愛いじゃん」
「可愛くねぇよ。ってか、気色悪いからその呼び方やめろ!」
どうやら木崎共、知り合いらしく。一気に騒がしくなってきた。
「ところで道久、お前はどうしてここに?」
「クラスの友達と食堂でご飯食べようって誘ったんだよ。そしたら美雪ちゃ
んと知り合いの女の子がいてね」と畑本が櫻田を指差して宮間に言う。
「そうだったのか。それは偶然だな」
「おい、結斗行くぞ。地味子も」
「えっ?きー君、櫻田さんとご飯食べるの?僕達も一緒に食べていい?」
「あっ?!」
「木崎。皆が見ている」
「っ!?…すまん」
「とりあえず俺達はいったん外に出よう。道久、屋上で待ってるから
彼女と一緒に来い」
「うん、わかった!」
宮間が勝手に指揮を取り、最初三人で食べるはずが二人増えて
合計五人で昼食を一緒に取ることになったのであった。