木崎文哉
図書室に入って来たのは、一人の男子生徒。
ネクタイはしていなかったものの、名札とスリッパの色が青だったことから
同じ一年生だと分かった。
いかにも目立ちたがりという金色の髪に、両耳にはピアスを付けるための穴が
複数存在している。名札は付けているものの、第二ボタンどころか三、四とボタンを外して下部分をズボンの中に入れずそのままの状態。ズボンはずらしているのかスリッパで思いっきり裾を踏んでしまっていてかなりだらしがない。
まとめ
・金髪・ピアスの穴・制服の着崩し
櫻田はこれらのことから、彼を「不良」だと断定した。
すると、彼女の視線に気づいたのか金髪の彼が櫻田の方に顔を向けた。
「ひいっ!?」
こっち向いた!?と、櫻田は驚いて思わず怖いものでも見たかのような声を
あげてしまう。
ブルブルと震える彼女はその場から逃げることもなく硬直状態
に陥ってしまう。
すると、金髪は櫻田を見てゆっくりと彼女の元へと向かって歩み始めたのだ。
段々と近づいていく彼。櫻田は恐怖におびえていた。
彼が金髪の不良だということではない。櫻田は極度の人見知りなのだ。
それは男女年齢を問わずだが、特に同世代の男子に関しては苦手としていて
話しかけることすらも勇気がいる。
そんな彼女に突如迫りくる敵(同級生金髪不良)。櫻田はもう自分の高校生活
は終わったと覚悟していた。
「おい、どうした?具合でも悪いのか?」
「…」
金髪不良が櫻田の様子を見て、心配そうに声をかけてきた。
しかも優しい声で。
櫻田は現在、何が起こっているのか全く理解できなかった。
反応がなかったため、彼は意識があるかどうかの確認で右手を左右に振りながら「おーい。聞こえてっか~?」と聞いてきたので櫻田はとりあえず「…だっ、
大丈夫…です」と声を出した。
だが、金髪は櫻田の声を聞いて「とてもじゃねぇけど、大丈夫じゃなさそう
な声だな?」と櫻田の隣の空いている席に座り込んで、今度はおでこに手を
当ててきた。
ぴたっ!と何も言わずにやられたので、櫻田は身体がぴくっとなり背筋を
ピ―ンと伸ばした。
「う~ん~熱はねぇな」
櫻田は思った。この人は外見不良っぽいけど、中身はまるで別物だと。
そして、この状況で彼女は今すべきことは…「相手に話しかけること」だと。
「あっ…あの…」
「お前さ」
「はっ、はい!?」
失敗した。自分から話しかけようとしたタイミングで彼が話しかけたので
驚いて櫻田は、大きな声をあげてしまう。
それを聞いた金髪の彼も彼女の声に驚き、「えっ?」と言われてしまう。
「あぁ、ごめんなさい。なんでしょうか?」
「…お前さ、S組とかに友達いんの?」
金髪は櫻田に変な質問をした。
その質問に櫻田は、「いえ、いませんけど」と正直に答えた。
「…そうか」
櫻田は、彼が何でそんなことを聞いたのかがよく分からなかった。
初対面で急に「S組に友達はいるのか?」と聞いてきたのか。
そもそも彼女にそんな頭の良い友達は全く存在しない。いるとしたら
自分と同レベルの頭脳を持つ人間ぐらいだと。
それからすぐに彼はまた彼女に質問をする。
「じゃあ、なんでお前ここにいんの?」とまたしてもよく分からないことを
聞いてくる。
ここは図書室で、本校の生徒や教師なら誰でも本を借りることが出来て
現在彼女たちが座っている場所で読書をすることができる場所。
それなのに彼は「なんでここにいるのか」という単純な子供でも分かるような
ことを質問している。彼にとってこの場所は図書室ではないのだろうか?
櫻田は独自の想像力を働かせながらも、彼の質問に「読書をするためです」と
シンプルに答えた。
「へぇ~毎日来るほど、読書が好きなんだな。お前」
「えっ?」
彼の言葉に櫻田は驚いた。
毎日ではないものの、彼女は度々この図書室に通っていることは事実。
しかし、それをどうして初対面の彼が知っているのかが気になった。
「俺さ、S組にダチがいんだよ。本当だったら教室で待ってたいんだけど、
最後に教室の鍵閉めて帰るってのが面倒でさ~」
「はっ。はぁ…」
「んで、途中からここを待ち合わせ場所にして待ってたら…やたらとよく
見る顔がいたってわけ」と櫻田に指差して言う金髪。
普通科のA~E組が6時間授業に対し、特進のS組は7時間授業まである。
彼はそのクラスの友達を待っている間、図書室を待合室の代わりにしている
とのことだ。
「でも、よく考えてみればお前すぐ帰ってたな。よく見るからついそうなの
かもって思っちまったけど」
どうやら彼は自分の思い違いだということに気が付いたらしく
自分でげらげらと笑っていた。
櫻田はそれを黙って見つめていた。やっぱり男子は苦手だと改めて感じた。
するとタイミングの良いことにようやく司書の教師と図書委員の生徒らしき
二人組が中へと入って来たのを確認した。
ナイスタイミング!と心の中でガッツポーズを取る。
「じゃあ。僕、この本を借りたいので…失礼します」と言って逃げるように
図書委員の生徒がいる方へと歩いて行こうとすると、「ちょっと待て」と
右腕を強く掴まれてしまう。
「なっ…なんですか?」
「今、なんつった?」
「えっ?ほっ、本を借りたい?」
「ちげぇよ。その前だ」
「えっ。えっと…」
「今、僕って言ったよな?」
「いっ、いえ…きっ、気のせいですよ?きっ、聞き間違いじゃないですか?
あっ、私そろそろ帰らないといけないのでこの手を離してもらえませんか
?」
「じゃあ、クラス名と名前を教えろ」
「えっ?あっ…はい。いっ、一年C組の櫻田柳です」
「りゅう?男みてぇな名前だな?」
「よっ…よく言われます」
「俺は一年B組の木崎文哉だ。よろしくな地味子」
「じっ、地味っ!?」
櫻田は前言撤回した。やっぱりこの人は不良だと。
そしてこれからこの人のパシリ的ななにかになるのだと。あぁ…僕の高校生活がまさかの不良にぃ…。と想像力を膨らませていったのであった。
「また明日」と木崎は櫻田の手を離して、本棚の方へと歩きだして行った
のであった。
また明日ということは、また会うことになると誰もが分かりきったことで
ある。とりあえず櫻田は、読んでいたミステリ小説を図書委員に提出し
許可印を押してもらってすぐ、鞄を持って図書室を後にした。