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美樹四歳、子分と下僕の顔合わせ

この作品は、Web拍手お礼SSとして2016.03.14~03.20に掲載後、こちらに最収載した作品です。

 美樹が和真に無茶ぶりをしてから、約三ヶ月後。事態が更に悪化した為、美樹は従妹弟いとこ二人を従えて、暫く面倒を見て貰う事になった加積と桜に向かって、深々と頭を下げた。


「かづみさん、さくらさん。あずみちゃんときよしくんといっしょに、しばらくおせわになります」

「あずみです。こんにちは」

「きよー!」

 初対面の安曇あずみが二歳児に似合わない神妙さで頭を下げた隣で、一歳児の淳志きよしがすっくと立ち上がり、笑顔で声を上げた。それを見た加積と桜が、揃って微笑みかける。


「おう、淳志くん。久しぶりだな。しっかり立てるようになったか。すごいぞ」

「うん!」

「淳志くんに会えて嬉しいわ。安曇ちゃんも、自分のおうちだと思って、ゆっくりしていって頂戴ね?」

「はい、ありがとうです」

 そこで美樹は、困り顔で再度頭を下げた。


「ほんとうにごめんなさい。よしえちゃん、きんさくでかけずりまわって、こーたおじさん、がいこくで、よしみちゃん、じこのまきぞえでにゅういん、あつしおじさん、さいばんでさかうらみで、しゅうげきされて、しばらくほてるぐらし。くらたのおじさんのとこ、せんきょでもーれついそがしいの」

 それを聞いた桜達は、思わず顔を見合わせて溜め息を吐いた。


「本当に、悪い事は重なるものねぇ……。美子さんは難産でやっと退院できたけど、暫くは安静にしていないといけないし」

「一番下の妹さんも、大学に通いながら美子さんと赤ん坊の世話で手一杯だろうしな」

「へいじつ、おせわになるけど、どにち、パパやおじーちゃんいるから、かえるからね」

 冷静に述べた美樹を宥めるように、加積と桜が声をかける。


「そんな事は言わずに、ずっとここにいらっしゃい」

「子供は遠慮するものじゃないぞ?」

「うん、ありがとう」

「それで美樹ちゃん。早速だが、和真が調査結果を持って、今日こちらに来る事になっているんだ」

 それを聞いた美樹の目が、物騒にキラリと光った。


「あいつのこと、わかった?」

「詳しくは聞いていないが、色々分かったらしいぞ」

「そうなんだ。やっぱりかずまはしごとがはやいね。たのしみ」

 そう言ってにこにこ笑った美樹に、安曇が不思議そうに声をかけた。


「よしきちゃん? なに?」

「ゴミをしょぶんするしゅだん、しらべてもらったの」

「ゴミ? しゅだん?」

 益々首を傾げた従妹に、美樹は真面目に言い聞かせる。


「おとしあなをほって、つきおとすの」

「あな? どーん、って?」

「そう。あずみちゃん、おぼえておいて。よのなかには、そんざいするだけで、さんそをしょうひする、なまごみがいるの。そんざいじたいが、つみ」

「なまごみ……」

「それをポイすてするのは、よのためひとのため、えころじーよ」

「いらないの、ポイッ?」

「そう」

「うん」

 少女二人が真顔でそんな会話をしているうちに、襖の向こうから声がかけられた。


「失礼します。和真様がお出でになりました」

「入れ」

 すかさず加積が声をかけると、襖がスルリと開いて、和真が姿を現した。


「失礼します。例の件をご報告に」

「かずま、ごくろうさま! おつかれー!」

「おつかれー!」

「おつー!」

 挨拶を遮って室内に響き渡ったかん高い声に、和真は一瞬固まった。


「……どうして子供が増殖しているんですか?」

 そのもの凄く嫌そうな顔付きに噴き出しそうになりながら、桜が解説した。


「今、美子さんのすぐ下の妹さんと、美実さんの所が大変な事になっていてね。本当だったら美子さんが面倒を見るところなんだけど、美子さんもそれどころじゃないでしょう? だから暫くうちで、纏めて面倒を見る事になったのよ」

「そうですか……。全員、会長の血筋のお子さんですか……」

 あからさまに(ろくでもないガキどもだな)という表情になった和真だったが、子供達は子供達で、新たな登場人物についての議論を始めた。


「あれ、だれ?」

「あずみちゃん。かずまはよしきのげぼく。あいさつして。あずみちゃんは、いちばんめのこぶんだし。さいしょがかんじん」

「うん」

 そして和真に向き直った安曇は、淡々と挨拶した。


「げぼくさん。いちのこぶん、あずみです」

「にー!」

「きよくん、にばんめ、こぶんです」

「…………」

 和真に向かってぺこりと頭を下げた安曇と、上機嫌で声を上げた淳志に、大人達の物言いたげな視線が集まる。しかしそれを無視して、安曇が美樹の腕を引きつつ尋ねた。


「あのひと、どうしてげぼく?」

「それはね? かくしてるけどかずま、ずっとまえから、よしみちゃんのこと、すきなんだよ」

「…………」

 したり顔で美樹が説明した瞬間、加積と桜が和真を無言で見やり、安曇は不思議そうに首を傾げた。


「よしみちゃん、あつしおじさんと、けっこん」

「たぶん、かずまがよしみちゃんのこと、しったとき、もうあつしおじさんとつきあってたの。だから『ほかのおとこのおんなにてをだすほど、ふじゆうしてない』とかかっこつけて、しらんぷりしたの」

「かっこ、よくない……」

「まったく、そのとおり。やせがまんは、じこまんぞく」

「…………」

 顔を顰めて安曇が呟き、美樹が同意してうんうんと頷く中、大人達は無言を保った。


「それで、よしみちゃんとあつしおじさんのなか、わるくなったとき、これさいわいと、わりこんだけど、よしみちゃんにあっさりふられて」

「かわいそう……」

「…………」

 そこで安曇が涙目で視線を向けてきた為、和真の顔が微妙に引き攣った。そこで美樹が、如何にも困ったように肩を竦めてから言い出す。


「だけど、ぜんぜんふっきれなくて。しかたがないから、よしきがげぼくとして、めんどうみるの。ほんけのそーりょーむすめだし、はんぶんよしみちゃんのせいだから、みうちのしりぬぐいをしないと」

「よしきちゃん、すごい……。おじさん、めめしい……」

 そこで安曇が美樹には羨望の眼差しを、和真には如何にも残念なものを見る眼差しを向けてきた為、さすがに和真は声を荒げながら腰を浮かせた。


「おい、そこのくそガキども!」

「和真、子供相手に騒ぎ立てるな」

「そうよ、みっともない」

 すかさず夫婦でそんな和真を窘めたが、美樹達のマイペースな話は続いた。


「あずみちゃん、そういうこと、すぐにくちにだしちゃダメ。けーわいおんなって、いわれるよ?」

「わかった。これからも、おしえて?」

「まかせなさい! こぶんのしどう、ずっとまえから、おやぶんのしごとだからね!」

「きよー!」

「うん、きよしくんも、まとめてめんどうみるからね!」

「うきゃー!」

 そうして子供達が楽しく盛り上がっている中、和真はなんとか怒りを抑え込みながら室内へと足を踏み入れ、加積の横に座った。


「……そろそろ調査結果の報告を始めたいのですが」

「おう、そうだったな」

「美樹ちゃん、ちょっとだけ静かにしていて貰えるかしら」

「うん。あずみちゃん、きよしくん。ちょっとだけ、ピシッとしずかにね」

「はい」

「あいっ!」

 既に指導は徹底しているらしく、美樹が声をかけると、安曇と淳志はきちんと正座して口を噤んだ。それに半ば呆れながら、和真は書類を取り出しながら報告を始めた。


「結論から申し上げますと、美樹さんの予想通り、調査対象者はろくでもない男でした。盗撮の常習犯です」

「……とーさつ」

 そこで顔を顰めてボソッと呟いた美樹の腕を、安曇が軽く引っ張りながら尋ねた。


「とーさつ、なに?」

「こっそりしゃしんをとって、かげでうはうはの、へんたい」

「うはうは?」

「へーたい?」

 安曇と淳志が首を傾げたが、和真の報告はそのまま続いた。


「奴が利用していた、盗撮専門の画像投稿サイトの内容を隅々まで確認してみたところ……、会長のお宅にもカメラを設置しているのが分かりまして……。その他にも、児童ポルノ投稿サイトにも……」

「……何だと?」

「和真、本当なの!?」

 チラッと美樹に視線を向けながら和真が言葉を濁すと、さすがに加積達が顔色を変えた。それに小さく頷いてから、和真はクリアファイルの中から何枚かの用紙を取り出し、二人に向かって差し出す。


「ネット上に出ていた画像の幾つかを、プリントアウトしてきました。一応、こちらで画像処理をしてきましたが」

「これは……」

「まあぁ! なんて事かしら!?」

 それを目にした加積が渋面になり、桜が怒りを露わにする中、美樹が冷静に問いを発した。

「かづみさん、さくらさん。それってよしきのからだ、じゅようがあったんだよね?」

 それを聞いた和真は、激しく脱力した。


「美樹さん……、突っ込むところが違いますし、本当に意味が分かって言ってますか?」

「うん。へんたいやろーかくていで、てかげんむようってことだよね?」

「間違ってはいませんが……」

 もう余計な事は何も言うまいと、和真が心の中で固く決意していると、美樹が難しい顔で腕組みをしながら考え込んだ。


「さて、どうしよう……。あいつをやっつけるの、かんたんだけど、よしのちゃん、しっかりめをさまさないと、またろくでなしにひっかかる、かのうせいあるし」

「こいは、もーもく」

「あずみちゃん、わかってるね。かわいそうだけど、このさいいちど、よしのちゃんに、はでにやけどしてもらおうね」

「ざせつ、はやいうち、いい」

「そうだよね。としをとってからだと、おはだもこころも、とりかえしつかない」

 そんな事を言って、真顔で頷き合う幼女二人に、和真は胡乱げな視線を向けた。


「……この子達、本当は何歳ですか?」

「いやはや、末頼もしいな」

「しっかりしてるわね」

 そんな風に加積と桜が苦笑する中、美樹が力強く宣言した。


「よし! さくせんかいぎ! どにちはよしのちゃん、おみまいにうちにくるから、ぜったいあいつ、おじーちゃんとパパにゴマすりに、くっついてくる。きよしくん、やつをのーさつして、よしきとあずみちゃんで、よしのちゃんをせんのう!」

「きよくん、おとこのこ。のーさつ、むり」

 そこで疑問を呈した安曇に、美樹は笑顔で説明を加える。


「あずみちゃん。すべてのいきもののあかちゃん、まわりのおとなにかわいがられるように、まるくかわいくうまれてくる。それはいでんしにくみこまれた、げんしてきなせいぞんほんのう。ぷりてぃーなきよしくん、まだまだじゅうぶんいける!」

「きよ、やりゅー!」

「たよりにしてるね! じゃあさくらさん、それぜんぶよんで!」

「はいはい、難しい漢字が多いものね」

 すかさず淳志も声を上げ、美樹に指名された桜は、手にしていた報告書のろくでもない内容を、所々解説を加えながら音読し始めた。それを呆れ果てながら少しの間眺めた和真は、うんざりした表情で加積にお伺いを立てる。


「俺はもう、公社に戻って良いでしょうか?」

「ああ、わざわざ足を運んで貰ってご苦労だったな」

「それでは失礼しま」

「ところで和真。さっき美樹ちゃんが言っていた内容は本当か?」

 安堵しながら頭を下げたところで、さらりとかけられた声に、和真は表情を消しながらゆっくりと頭を上げた。


「……何の事を仰っているのか、分かりかねます」

「そうか。引き止めて悪かったな」

 そして含み笑いの加積に見送られて屋敷を出た和真は、盛大に悪態を吐いた。


「全く……、あの子に係わると、本当にろくでもない……」

 そして当面の憂さ晴らしとして部下をこき使う事と、秀明から上乗せした調査費用をむしり取る算段を、密かに立て始めた。



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