4-30 自首
一同はしんと静まる街を抜け、大井住警察署へと向かった。
到着すると、真壁巡査が勝手知ったるといった様子で梁子たちを中へと案内する。
「みなさん、こちらです」
刑事課のある二階へぞろぞろついていくと、そこにはちょうど猪川と石原がいた。
「ん? どうしたんだ、いったい……なんの騒ぎだ?」
目をこすりながら奥から猪川がやってくる。
真壁巡査はビシッと敬礼をすると、入り口で声を張り上げた。
「申し上げます。連続殺人事件の犯人を連行しました!」
「なにっ?」
「一応、自分は今日非番でしたので……彼が関係者とともに自首してきたという形になりますが」
そう言って隣にいる宮間兄を見やる。
刑事課の署員たちはそれを聞いてにわかにざわつきはじめた。
「なっ、なんだって?! は、犯人だと?」
ぶるぶると宮間兄が真壁巡査の隣で震えている。無理もない。これからどのような処分になるのかと想像したら急に恐ろしくなったのだろう。
だが、それが罪の重さだ。
梁子は千花や宮間の硬い表情を見ながら、ぎゅっと口元を引き締めた。
「猪川さん」
「んっ? ああ、君は……」
「先日はどうも。病院でお会いしましたよね」
「ああ……たしか上屋敷さん、だったか。そちらも大庭さん……だったね。みんなして、いったい……?」
猪川は突然の来訪に驚きつつ、不思議そうに他のメンバーを見渡す。
「実はあのあと……美空さんからちらっと犯人の特徴を伺ったんです。そうしたら……ちょうどわたしの知っている人に似ているってわかって……もしかしたらって思って。それで独自に調査することにしたんです」
「調査?」
「はい……」
梁子は「怪異」の部分は伏せながらも、今までのことを丁寧に説明した。
あらましを聞いた猪川は片手を額に当てる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。じゃあ何か? 君の同じ職場にいた先輩が、この犯人の双子の弟だったってわけか。なんて数奇な……。しかしまあ、よく捕まえられたな」
「何日も家の前で張り込んでましたからね」
「張り込み、だと? なんていうか……素人なのによくやったもんだな」
「美空さんが、わたしの友達が傷つけられたのが……許せなかったんです。だからどうしてもこの手で犯人を捕まえたくて」
でも、と梁子は続ける。
「でも……辛かったです。知り合いのご家族だったので。憎い気持ちもありますが、その……」
「まあなんだ。あとは取調室で詳しく語ってもらおうか。調書をとっておきたいんでな」
「……はい」
「他の皆さんもそれでいいかな?」
一同はうなづき、そこから数時間にわたる事情聴取が行われた。
梁子たちは凶器となったナイフと犯行に使われたバイク、ヘルメット等を提出したが、そのどちらも犯人以外の指紋が付着していたので警察関係者からは注意を受けた。
真壁巡査は、「現職の警官がそばについていながらそのような事態になるとは何事だ」と上から厳しいお叱りを受けたらしい。だが、緊急時だったということもあって、なんとか丸く収めてもらった。
それぞれ別々の部屋で事情聴取を受けていたが、みな揃って怪異のことは話さなかった。
示し合わせていたわけではないが、誰もが余計なことを言って捜査を混乱させたくなかったのだろう。
宮間兄あたりが漏らすかとも思ったが、梁子たちに警官が確認しに来なかったので、宮間兄も黙っていてくれたらしい。
梁子はひとまずホッとした。
たとえ言ったとしても、宮間兄が言ったように証拠もなければ確認の取りようもない。妄言と思われて、精神鑑定を受けるのがオチだ。それで減刑を図ることもできるだろうが、これだけ何人も殺してしまっていては、刑の重さはさして変わらないだろう。
それを、宮間兄はよくわかっているのだと思った。
それに怪異のことを話せば、宮間や梁子たちにあらぬ疑いがかかる。
集団でドラックでも吸っていたのではないか、それで幻覚を見ていたのではないか等。それだとかなり面倒なことになる。それを回避するために、宮間兄は最後の良心を発揮したらしかった。
一連の聴取を終え、一同が解放される頃には朝となっていた。
早くも報道陣が警察署前に詰めかけており、梁子たちは裏口から車を出すようにと署員からアドバイスされる。
梁子たちが廊下に集まっていると、猪川が声をかけてきた。
「あー、真壁」
ちょいちょいと手招きされて、真壁巡査は小首をかしげながら猪川の元へ行く。
「なんですか」
「ちょっと全員の調書のチェックをしてもらいたいんだが、できるか? 一応、お前も現場にいた人間だしな、それぞれの矛盾点がないかどうかを……」
「ええと、はい。わかりました。あ、でもちょっと待ってください。ひとまず、外まで彼女たちを見送ってきてもいいですか」
「ああ」
真壁巡査は梁子に向き直ると、申し訳なさそうに言った。
「すいません、帰り送っていけそうにないです。やっぱりこうなるかなあとは……思っていたんですが」
「いえ、いいんですよ。気にしないでお仕事されてきてください」
一階のエントランスまで降り、梁子は改めて深々と真壁巡査に頭を下げる。
「あの、真壁巡査。このたびは本当にありがとうございました。ひとまずこれで、わたしたちは帰りますね……」
「ええ。あの……これからどうされるんですか、上屋敷さん。もしかして……」
「はい、準備ができ次第、すぐにあの博士の元へ行きます」
「そうですか……。危険、ですよ? 理由はわかりましたが、でも……」
「心配しないで下さい。わたしには、サラ様という神様がついてますから。それより……太郎さんのこと、よろしくお願いしますね」
「……」
まだ何か言いたそうな真壁巡査だったが、そこへ一人の男性が駆け込んでくる。
「あっ、すいません。宮間太郎が捕まったって聞いたんですけど! あ、会わせてくれませんか!」
それは胡麻塩頭の初老の男性だった。受付の女性警察官に詰め寄っている。
「関係者以外は面会できませんが……」
「わしはあの男の保護司だ! お願いします。あいつに会わせてください! どうして……どうしてあんな……!」
そう言うと、男性はその場に崩れ落ちる。
女性警官が大丈夫ですかとあわてて駆け寄ってきた。宮間は何か思うところがあったらしく、その男の元へと歩み寄る。
「き、君は……」
気配を感じて振り返った男性は、宮間の顔を見て目を丸くした。
「そうか……。やはり、嘘じゃなかったのか。あいつが捕まったっていうのは……。き、君のお兄さんは……真面目に生きていた。少なくとも、ここ最近までは……。それがなぜ……」
「僕も……残念です」
そう言って宮間は男性の肩に手をそっと置いた。すると急に男性が嗚咽を漏らし始める。梁子はそんな彼らに近づき難かったが、それでも宮間に遠慮がちに声をかけた。
「あの、宮間さん……」
「ああ、上屋敷さん。僕はもう少しこの方と一緒にいることにするよ……。それに父さんと母さんも、もうすぐ来るだろうし」
「わかりました……。あの、店長の車ですが、わたしたちで返してきますね」
「ああ、頼めるかな。長いこと借りてしまったしね。僕もあとでお礼を言っておくけど、返すときに君からもちゃんとお礼を言っておいてくれないかな?」
「ええ、わかりました。あの、宮間さん……」
「なんだい?」
なにかお詫びめいたことを言おうとした梁子だったが、首を振った。
「いいえ、なんでもありません。じゃあ、そろそろ行きますね」
「うん。あの……ありがとう」
「えっ?」
「ありがとう、上屋敷さん……」
「……」
「うまく言えないけどさ……兄は、きっと誰かに止めてほしかったんだと思う。自分じゃ止められなくなっていて……本当は僕とか家族が気にかけてあげてなきゃいけなかったんだけど……」
「宮間さん」
「だからありがとう、上屋敷さん。君のおかげで兄はもうこれ以上罪を重ねなくて……済んだ」
「宮間さん、わたしは……」
梁子はぐっと下唇を噛むと、それ以上何も言わずに深くお辞儀をした。
踵を返すと、そこにはまだ真壁巡査がいたが、そちらにも軽く会釈だけをして裏口へと向かう。
千花は壁際で大きな欠伸をしていたが、自販機で買ったコーヒーをぐびりと飲むと気合が入ったのかぷるぷると顔を振った。缶を捨て、梁子に言う。
「じゃあ帰ろうか、梁子さん」
「ええ……」
梁子は外に出ると雲一つない空を見上げた。
そこには、やけにまぶしい朝日があった。




