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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
4軒目 犯罪者の棲む家
95/110

4-28 土の精リオ

 壁から出てきた土は、妙にどす黒かった。

 絶対に「ただの土」ではない。わざわざエアリアルが用意したのだ、なにか特別なものに決まっている。梁子はそうひしひしと感じていた。


「みなさん、ついに……見つけました! この土が、きっとみなさんをおかしくさせている原因です。とある科学者が、人体実験のためにこれをここに設置したんです。これを取り除けば、あるいは……!」

『梁子』

「はっ、はい」


 意気揚々と話しはじめた梁子に、トウカ様が水を差す。


「な、なんですか? トウカ様」

『この土は……先ほどの映像を見る限り、ここら一帯にまんべんなく塗り込められてるようじゃ』

「え、ええ。そのようですね」

『であれば……これらすべてを取り除くのは難しいぞ』

「えっ、そうなんですか? だって今……」

『ああ。今わらわがやったのは、土塊つちくれや岩に草木を生やすことで分解し、中の物を選り分けるといった術じゃ。じゃがこの術をここ一帯に施すとなると、屋上全体が瓦解……最悪、足場が崩落しかねんぞ』

「ええっ? それは、ちょっと危険ですね……」


 思わぬ弱点に、さてどうしようと梁子は考え込んだ。トウカ様はそこに、さらに付け加える。


『それに、さっき蛇のやつも警告してたのであろう? その土に触れてはならぬと』

「え、ええ、そうなんです。でも、あの過去に工事していた人たちは大丈夫そうでしたよ? なのにどうして今は……触ると危険なんでしょうか」

『さあな。その時には何も起こらず、今は異変を帯びている。その理由まではわらわにもわからん。じゃが、触れない方が良いのは確かじゃな。ふむ……』


 そう言いながら、トウカ様は自らの体から伸びる、光の蔓の先を眺めた。

 真壁巡査と宮間兄弟は相変わらずそれに絡め取られている。己の欲望のままに動こうと、拘束されていてもなお暴れていた。目もこころなしかうつろである。

 彼らは梁子の話をちゃんと聞けていたか、疑問だった。


 千花も同様である。

 ただ、真壁巡査たちほど強い意志はないようで、激しい動きは見られない。


 梁子はそんな彼らに落胆しながらも、自らの守り神に語りかけた。


「サラ様! 今お辛いのはわかります……でも、どうか手を貸してください! このままでは、みんなおかしいままです。この建物も正常化できませんし……。どうか、どうかこの土をなんとかしてください! サラ様!」

『梁子……わしを、なんだと思っておる。まったく、神使いの荒い……』

「サラ様!」


 しゃがれ声が聞こえたかと思うと、ふわりと梁子の目の前に白い着物を着た、白髪の男性が現れた。女性のような華奢な体を傾けて、不機嫌そうにこちらを見ている。あおい宝石のような瞳がきらりと細められた。


『ふん、てっきりここの気に当てられて、あの警官の男と睦み合うかと思っておったのだがな……さすがは上屋敷家の女だ。さして影響はない、か』

「へっ?」


 一瞬何のことを言われているかわからなかった梁子は、変な声で訊き返した。


「あの……サラ様? それってどういう……」

『なんでもない。それより、わしに頼られても困る。あの土に何かがあるのは確かなようだが……わしはここの間取りを喰いたくないのでな。あれをどうにかするのは諦めてくれ』

「そ、そんなことおっしゃらないで……ください! 何か、何か方法はないんですか?」

『ふむ。そうだな……直接あの土に何かせずとも、この建物自体をなんとかすれば、どうにかできるやもしれん。わしと藤の力があれば……な』

「え? いったい、どうするんですか?」


 梁子が戸惑っているうちに、サラ様はひそかにトウカ様に目くばせをする。すると、トウカ様はにやりと笑った。


『ふむ、なるほどのう……。力ずく、というやつか?』


 サラ様はその反応に満足したのか、周囲に青白く光る結界を張りはじめた。それは建物を丸ごとすっぽりと覆い尽くすものである。外から気付かれないように、何か大がかりなことをやるつもりらしい。


 結界の壁が四方に展開されると、屋上のいたるところから何か黒いもやのようなものが立ち昇りはじめた。黒い雪のようなものが、床から壁から浮き上がっていく。


「ん? あれっ?」


 梁子はその異変に目を疑った。

 特に先ほど出てきた土の周囲に、より多くのもやが立ち込めている。それはだんだんと一点に集中していった。


「えっ、サラ様? なんか、変なのが出てきたんですけど。これってサラ様がやってるんですか?」

『いや。わしは結界を張っただけだが……。ふむ、ようやく「鼠」が炙り出されてきたか』


 もやは、やがて人の形を作りはじめた。

 梁子と同じくらいの背丈だ。ゆらゆらと揺れながら、目だけが赤く輝いている。その黒い「もや人間」はこちらにゆっくりと近づいてきた。


「な、なんですかあれ! 怖っ!」


 梁子は、得体の知れない存在に恐怖する。サラ様の後ろに隠れていたが、もや人間はまるで立ち止まってくれなかった。なにかブツブツとつぶやきながら歩いてくる。


「苦シい……辛イ……どうシテ私が死ななくテは……生きテいるうちにアレを……したカった……そレを叶えるタメに……生きテいる人間……に……シテもら……う」


 人間らしからぬ奇妙な動き。それは、サラ様の目の前で止まると腕らしきものをにゅっと突き出してきた。サラ様はそれをひらりとかわす。


「うわっ、危ないっ! な、なんで避けるんですか! わたしにも、あ、当たるとこだったじゃないですか!」


 梁子もつられて下がったので触られることはなかったが、あと一歩遅かったらどうにかされていた。梁子はサラ様の後ろに隠れるのをやめて、単独で逃げ回ることにする。


「はあ、はあっ……いくら、食べたくないからって……触れるのも拒否するなんてっ……!」

『悪いな梁子。いくらわしでも直接触れられては我慢の限度を超えるかもしれんのでな。念のため回避をした。お前も必死で逃げ回ってくれ!』

「そ、そんなっ! ああっ、それにしてもしつこいっ。この黒いもやの人……動きはゆっくりめでも、全然止まってくれないですっ! サラ様。は、早く、どうにかしてくださいっ!」

『梁子すまんな、しばし堪えていろ。では……藤の』

『ああ、わかっておる』


 トウカ様は藤色の光の蔓を屋上の外に延ばすと、階下へ降ろしていった。ちらりと壁の外を覗き込もうとした梁子だったが、もや人間に追いつかれそうになったので、やむなく走り続ける。

 やがてわさわさと音がしてきた。見ると、本物の植物のつたが壁の外側から生え込んでくる。


「うわっ! こ、これは、いったい……?」

『建物の周りのわずかな地面に、力を注いだ。そこに眠っていた植物たちを、わらわの力で異常繁殖させたのじゃ。建物の外壁を登り、今この屋上まで伝って来ておる』


 トウカ様は嬉々としてそう告げた。

 蔦は屋上の壁を乗り越え、床にまで降りてくる。それに伴い、なぜか黒いもやが消滅していった。もや人間からも、だんだんともやが霧散していく。


「ど、どうなってるんですか? この蔦、いったい何をしてるんです」

『何もしておらんよ。ただ建物を覆い尽くしておるだけじゃ。この建物に澱んでおった悪い「気」が、植物の陽の「気」で中和されておるんじゃ。ゆえに……あれもだんだん消えていくじゃろ』


 トウカ様が言った通り、やがて黒いもやは綺麗さっぱりとなくなっていった。代わりに色黒の、目の赤い女性だけが残される。

 もやに包まれていた女は、まるで衣良野糸士のように黒いフードつきのパーカーを頭からかぶっていた。下は黒いスキニーで、フードからは長い黒髪が床まで伸びている。足先は裸足だ。

 女は一度ゆっくりとまばたきをすると、こちらを見据えてきた。


「私は、土の精リオ……通称『S』。エアリアル・シーズンより造られし人工精霊……。誰だ、私に集まっていた怨念を消し去ったのは……」

『ふん、あれも付喪神の一種か? 土の精と言ったか。まったくいろんなものを生み出すな、あの女科学者は』


 黒いもやがなくなったことで、少し活力が戻ったのか、サラ様が毅然と言い放った。

 土の精リオと名乗った女は両腕をだらんと垂らしたまま、鋭い視線を向けてくる。


「我が身に集まる怨念を阻害するものは、誰であろうと許さない……。侵入者は……排除する!」

『ほう。それは見ものだ。お前はその「怨念」とやらをあらかた消されてしまったわけだが……これからどのようにするのだ? とくと、見させてもらおう』


 サラ様の高らかな宣言に、女はしゅるり、と黒髪を伸ばし始めた。それは床一面に広がり、その上からたくさんの黒い人影が立ち昇る。


 それらは目だけが赤く光っており、さきほどの「もや人間」に良く似ていた。たださっきと違っていたのは墨汁がにじむようなおぼろげな存在に変わっていたということだ。

 落ち武者のような姿の者や、首がない者、全身が傷付けられた者、腹に包丁が突き立った者、首からロープを垂らした者、水膨れになった者など、すべてが半透明な影となって佇んでいる。


「あ、あれはいったい……ゆ、幽霊ですか?」

『そのように見えるな。おい、土の精とやら。そやつらはいったい何だ?』

「この者たちは……古戦場、処刑場、事故現場、殺人現場、自殺の名所といった場所に留められた者たち。いわゆる地縛霊と言われる者たちの『名残なごり』だ……」

『ふむ。なるほど』


 土の精リオの言葉を受けて、サラ様はひとりで得心している。梁子は疑問に思って訊いた。


「な、なにが『なるほど』なんですか?」

『たしかあやつは土の精と言ったな? であればおそらく……他のやつらと同類に違いない』

「他のやつらって……衣良野さんたちのことですか?」

『ああ。やつらに「本体」というものがあるなら……さしづめあのリオとかいう者はそういった呪われた土地の「土」を依り代としているのだろう。そして……』

「ご明察」


 リオは口を三日月形に歪めると、影たちをゆらゆらと揺らしながら近づいてきた。


「たしかに、私はそういった陰の気がわだかまる土地の土……。もともと土にはモノを吸収したり、留めたり、引き寄せたりする力がある……。私は、そういった土地に引き寄せられた怨念を『使役』していた。ここに設置されてからはこの周囲の怨念を取り込んでいたのだが……それらは霧散させられてしまったようだ。ならば、もともとの怨念だけでどうにかしてみせよう」


 突然ぷつりと髪の毛から切り離され、影たちが襲い掛かってくる。

 だが、サラ様が迫りくる直前で結界を張った。影たちはそれ以上近づいてこられない。


『これでこの影たちはこれ以上進めん……。建物も蔦で覆われておるし、さらなる怨霊も呼び寄せられぬだろう。さて土の精よ……ここから如何様にする?』


 煽ってみせたサラ様だったが、リオは顔色を変えるどころか不敵に笑い始めた。


「ふはははっ、怨念と言えば……お前も、そうなのだろう? 私に引き寄せられた『お前たち』からも……大きな陰の気を感じる。我がマスターを殺さんとする、その『気』……私にはとても心地良い。さあ、この場においていつまでその気を抑えていられるかな?」


 ざわざわと床に広がった髪が波打ち始める。

 すると、影たちが一斉に結界の壁に手をついた。青白い結界の一部が徐々に黒く染まっていく。サラ様の表情が、その瞬間変わった。


『なっ……?』


 見る間に、サラ様の顔が苦痛に歪んでいく。


「サラ様!?」


 梁子の呼び声もむなしく、サラ様はくの字に体を折り曲げた。

エアリアルの作った人工精霊はすべて「イニシャル」と「名前」がついています。

(イニシャルは通称でナンバリングみたいなものです)

ちなみに、それぞれの由来をここに乗せておきます。


「B」……broom    →逆から読んで「ムーア」

「C」……cat      →逆から読んで「ター」

「D」……dictionary  →逆から読んで「衣良野糸士」

「H」……house    →逆から読んで「エスオ」

「S」……soil       →逆から読んで「リオ」



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