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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
4軒目 犯罪者の棲む家
92/110

4-25 犯行発覚

 行きついた先は、大井住市の北の方に位置する高級住宅街だった。

 あたりはすでに真っ暗で、人通りは少ない。男は目立たないところにバイクを停めると、ある家に向っていく。


「あ、あの家がターゲットなんですかね? みなさん、そろそろ準備をしてください!」


 真壁巡査はそう言っていったん男を追い越すと、少し離れたところに車を停めた。相手に気付かれないよう四人はそろそろと車を降りる。


 その家は、切妻屋根の二階建てだった。

 遠目から見ても、かなり大きな邸宅だとわかる。瓦の上には一面ソーラーパネルが載っており、玄関や窓なども最新のそれだった。セキュリティ面はきっと万全なことだろう。


 だがそれも、ヒューマンエラーがあっては意味がない。

 侵入者が堂々と正面から入っていったら。またその人物が危険ではないと家人が判断してしまったら。せっかくの防犯設備も、そのいっさいが無駄になるのだ。


 男が門の中に入っていったので、四人も慌てて家の近くに移動した。植え込みの木々に身を隠すようにして様子を窺っていると、玄関の呼び鈴が鳴らされる。


「はーい、どちら様?」


 案の定、家人は警戒心のかけらもなくドアを開けてしまった。万全の防犯をしていることでかえって気が緩んでしまう人は多い。

 上品そうな中年の女性だった。

 男はそのわずかに開いたドアの隙間に足を入れると、思いっきり取っ手を引いた。そしてポケットからすばやく凶器を取り出し相手に突きつける。闇夜に鈍い光が煌めき、あっと悲鳴があがりそうになると、ゲンさんがバッグから飛び出した。


「そこまでです、殺人犯!」


 小さな両手を前に突き出し、周囲の時間を止める。梁子たちと犯人だけが世界から切り離された。


「うわあ……ほんとに時が止まってる?」


 宮間は近くの庭木を触ろうとして葉っぱが一ミリも動かないのに驚いていた。


 男は、急に動かなくなった女性に違和感を覚えていたようだが、すぐにまたその喉元に切りかかった。だが、まるで刃がたたない。何度も何度も切りかかるが一向に傷付かない女性に、男は焦りはじめた。ナイフを握ったままその場でうろたえはじめる。


「真壁巡査、今です!」

「はいっ」


 梁子の合図とともに、真壁巡査が走り出した。

 男は近づいてくる足音に思わず振り返る。ヘルメットをしたままだったのでその表情まではわからなかったが、どうやら逃げ出そうとしているらしかった。真壁巡査と向き合ったまま、左右をキョロキョロと見回す。


「無駄だ。大人しく降伏しろ! 俺は警官だ!」


 そう真壁巡査が告げると、男は無言のままこちらに突っ込んできた。ナイフを両手で持って、体当たりしてくる。

 梁子はさっと青ざめた。

 もしかしたら、刺されてしまうかもしれない。サラ様に真壁巡査を護ってもらおうとして、しかしすぐにその必要はなかったと思い知らされた。


 曲がりなりにも警官である。

 真壁巡査はひらりと身をかわすと、次の瞬間には犯人の腕をねじりあげていた。後ろ手にされた犯人はあまりの痛さに思わずナイフを取り落す。梁子はすぐさま走って行って、そのナイフを取り上げた。


「か、上屋敷さん! 危ないですからあなたは下がっていてください!」


 真壁巡査が注意するが、梁子はまったく意に介さない。


「ご心配ありがとうございます、真壁巡査。ですが……これは危険なのでわたしが預かっておきます。で、殺人犯さん、残念でしたね。第六の犯行は阻止させていただきました!」

「……!?」


 梁子が笑いかけると、男はヘルメットの中でうめくような声をあげる。


「まさか、あそこまでしておいて、自分は犯人ではないとおっしゃるんですか? それは言い訳が立ちませんよ。あなたがしっぽを出すまで、こちらはずっと監視していたんですから!」


 梁子がそう言い放つと、後ろから千花と宮間がやってきた。千花は携帯端末を胸元くらいの位置に掲げ、それをまっすぐ犯人へと向けている。そこには小さなフラッシュ用のランプがついていた。


「うん、バッチリ撮れたよ。犯行の一部始終。最近のアプリはすごいね……夜間の撮影もくっきり映る」

「なっ……!」


 男は動画を取られていたと気付くと、わなわなと震えだした。さらに千花の後ろにいた人物を見て叫び声をあげる。


「なっ、なんでお前がこんなところにっ……!」

 

 宮間はその声で確信したようだった。ゆっくりと男に近づき、ヘルメットを外しにかかる。


「やっ、やめろ!」


 男の抵抗もむなしく、やがてその素顔が明らかになった。宮間は一瞬目を見開くが、すぐに落胆したように声を絞り出す。


「やっぱり……兄さんだったんだね。とても、残念だよ……」

「い、一太……」


 そこには宮間そっくりの顔があった。宮間のように黒縁メガネこそかけていないが、それ以外はやはり一卵性双生児だ。向かい合っているとまさに鏡写しのようである。


「思わぬ……再開となってしまいましたね。宮間さん」

「うん、できればこんなふうに会いたくはなかったけれど、ね」


 申し訳ないような気持ちで梁子が訊くと、宮間は苦笑いする。宮間兄は苦虫をかんだような顔をしてうつむいた。


「さあ、ここではなんですし、あなたのお家にお邪魔させていただきましょうか。積もる話もありますしね」

「……」

「拒否権はありません。さあ、真壁巡査、彼を車まで連れていってください! あと、宮間さんはお兄さんの代わりにバイクで戻ってきてくださいますか?」


 梁子がそう淡々と告げると、男たちはさっそく行動に移った。真壁巡査は持ってきた縄で宮間兄を縛り上げ、宮間はヘルメットを抱えバイクのところへ走る。

 ゲンさんは出していた手をひっこめ、また梁子のバッグの中へと戻った。また時が動き出す。老女が、玄関先でへなへなとしゃがみこんでいた。


「い、いったいなにが……?」


 困惑する老女の元へ梁子は赴き、そっと肩に手を置く。


「安心してください。暴漢はもう取り押さえました。このことを、警察に連絡してもいいですが……できたらもう少しだけ待っていてもらえますか?」


 すると、老女の体がぼうっと青白い光に包まれはじめた。


『梁子、これでいいか? あくまでも一時的だぞ』

「ええ、それでけっこうです。あの方を警察に引き渡すのは……すべてが片付いてからにしたいので。その間の時間稼ぎができればいいんです」

『そうか……』


 梁子にだけ聞こえていたしゃがれ声はそれっきり、また黙ってしまった。

 意識が朦朧となった老女を置いて、一同は車へと戻る。帰り道は、千花が運転を代わり、捕縛した宮間兄を側で監視するため真壁巡査が後部座席へと移った。



 道中、梁子は美空のことを思い出す。

 美空の両親が来た翌日、病院に顔を出しに行った。なんとなく気まずかったが、会わずにはいられなかったのだ。去り際に言われたことが梁子はずっと気にかかっていた。


「美空さん、昨日はすみませんでした。ご自宅のことですけど……」


 ベッドに横たわる美空に話しかけると、美空は手元の落書き帳にペンを走らせる。


『ああ、ありがとう。あの時、両親が来てうやむやになっちゃったのに、よく憶えててくれたね』

「いえ……」

『どうぜあの人たちは家に寄らずに帰っちゃったんだろう?』

「ええ」


 海外へ戻ることを「帰る」と表現した美空に、梁子はいたたまれない気持ちになった。


『やっぱり。だから、戸締りだけはあなたに頼んでおきたかったんだ』

「ごめんなさい。家族水入らずでお話できた方がいいかと思って……席を外しちゃいました」


 梁子が謝ると、美空は声を出さずに笑った。


『そんな気を利かすことなかったんだよ。あの人たちは、アタシに電話するときや会ってるときだけは調子がいいんだ。本音は仕事のほうが大事』


 そこまで書いて、美空は窓の方を向く。そこには白いカーテンが引かれていて外は見えなった。でも、まるでその先を見ているかのように注視している。しばらくすると、また美空はペンを執った。


『それでも、来てくれたのは嬉しかったな。まさか飛んでくるとは思わなかったから。そのあたりは今回のことに感謝すべきなのかもしれないね。二度とごめんだけど』


 梁子は美空のブラックジョークに苦笑いした。


「そんなの、わたしだってごめんですよ。美空さんが、誰かに怪我を負わされるなんて……もう絶対にあってほしくないです」

『そうだね。でも、いつもは放っておきっぱなしなのにさ、アタシがこんなふうになったらさすがに心配して来てくれたんだ。そう思ったら少しは良かったかなって思えてさ』

「そうですか……」

『うん。ありがとう、梁子。本当に』

「え?」


 その文字を見て、梁子は固まる。


「なんで、お礼なんですか? だって……」

『お礼で合ってるよ。アタシと知り合ってくれて、ありがとう。こうして色々見つめ直すことができたのも、梁子に出会えたからだ。両親は、あれでいいんだよ。もうアタシにはゲンさんも、あなたもいる。千花ちゃんて子とも知り合えたしね。アタシは、独りじゃない。両親もまったくアタシを想ってないわけじゃないってわかったから。だから、ありがとう梁子』

「美空さん……」


 梁子は次々と書かれる文字に涙が出そうになった。


『気に病むな。気に病むくらいだったら、家の掃除をしてくれ。昨日も言ったけどな』

「はい……。わかりました」

『家の鍵は、リビングの食器棚の真ん中の引き出しにあるから。退院するまでよろしく。あと、ゲンさんもね』

「はい。お任せください!」


 ビシッと美空に釘をさされて、梁子はぴんと背筋を伸ばした。人目を気にしながら、ゲンさんも梁子のバッグの中から美空を見つめる。美空はそんなゲンさんに小さく折りたたんだ紙を手渡した。それは何かと尋ねたら、ラブレターだという。

 梁子は思わず笑ってしまった。 



 そんな病院での一幕を思い出しながら、バックミラーで宮間の兄を見つめる。

 そのさらに背後には、車を追いかける宮間のバイクがあった。

 宮間には悪いが、やはりこの兄のことは許せない。あの美空を痛めつけた報いは必ず受けてもらおうと梁子は思っていた。エアリアルが施した実験の内容も気になるが、まずはこの男に自分のやった罪を心の底から悔い改めさせなければ。ゲンさんだって、はらわたが煮えくり返っているに違いない。


 梁子は宮間兄の家が近づくたびに、その思いが膨れていくのを感じていた。

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