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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
4軒目 犯罪者の棲む家
91/110

4-24 秘密兵器

 全身真っ黒なライダースーツを着た男が、バイクにまたがる。

 あの身長の高さからすると、たぶん宮間の兄で間違いない。エンジンの唸りをあげて、バイクはY字路の左の道へと突き進んでいった。


 真壁巡査はアクセルを踏み、慎重に車を発進させる。決して気付かれてはならない。あくまでも適度な距離をおいてどこへ向かうのかを確かめるのだ。

 助手席の梁子も、また後部座席の千花も宮間も、固唾をのんでなりゆきを見守っていた。



 これから起こるとされているのは殺人事件だ。


 梁子はそれを想像してわずかに身震いする。

 だめだ。それが起こる前に阻止しなければ。だが、はたしてうまくいくだろうか。


「あの。上屋敷さん……これからどうするの?」

「え?」


 宮間が突然梁子に尋ねてきた。


「いま兄を追いかけているけど……君はこのあとどうするつもりなの? もし、このまま犯行が行われるんだったら、僕は止めたい。でも……どうやって止めたらいいか」

「宮間さん。実は、まだお話していなかったんですが……わたしたちにはとある秘密兵器があるんです」

「秘密兵器?」

「ええ。にわかに信じてはもらえないかもしれませんが……『時を止める能力者』がいるんです」

「え?」


 車内に沈黙が流れる。

 宮間はもとより、運転中の真壁も怪訝そうな顔をしていた。たしかに、そんな漫画かドラマでしかありえないようなことを急に言い出されたら、相手の正気を疑うに決まっている。

 だが、梁子は意に介さず続けた。


「本当です。あ、真壁巡査……いま運転なさってますけど、これから決して慌てないでくださいね。危ないですから」

「は? えっと……どういうことですか、上屋敷さん」

「これからその能力者をご紹介します。五人目の……助っ人です」

「え? どこに」


 キョロキョロと目だけを動かして宮間が周囲をチェックするが、当然、車の中にはこの四人しか乗っていない。


「梁子さん? まさか……」


 千花だけは何のことかいち早く気付いたようだった。梁子のバッグを、身を乗り出してじっと見つめている。梁子はそれに軽くうなづいた。


「ええ、そのまさかです。さあ、『ゲンさん』出てきてください。みなさんにご挨拶を」

「はあっ、オイラは気が乗らないんですが……まあ、これも美空のためですね。よいしょっと」


 小さな声が聞こえたかと思うと、梁子のバッグから小人が這い出てきた。

 梁子と真壁巡査のちょうど間にある小物入れの上に乗り、ゲンさんはぐるりと一同を見回す。


「はじめまして! 時間の妖精、ゲンと申します。千花さんはもうオイラをご存知ですけれど……こちらの男性お二方に姿を見せるのは初めてですね。今回の捕り物に微力ながらも助力させていただきます。よろしくお願いいたします」

「なっ……!」

「こ、小人? うわわっ……!」


 よそ見の時間が少し長すぎたらしい。真壁巡査はハンドル操作を誤りそうになっていた。梁子の予想通り、かなり動揺したようだ。急いで元の位置に車を戻したが、もし方向がそれた先に対向車や障害物があったら……と皆は冷やりとする。梁子が静かに苦言を呈した。


「真壁巡査! だから言ったじゃないですか。気を付けてくださいって。さすがに驚くなっていうのは無理な話ですけど……」

「す、すみません! ですが上屋敷さん、その……こここ、これはいったい?」

「まあ、いろいろありましてね、最近お知り合いになったんですよ。この方はすごい能力を持ってらっしゃるんです」

「えっ、あ、そ、そうですか……」

「うわっ、本当にいたんだ……。あの、ちいさいおっさんとかって言われているやつ……だよね?」


 後部座席の宮間は、驚くよりも好奇心が勝っているようだった。きらきらとした目でゲンさんを見つめている。


「失敬な! ちいさいおっさんとは世間が勝手に名づけたもので、正確には『時間の妖精』というのです。時間の妖精は、人の忙しいという気持ちを利用して、時を止めたりゆっくりにしたりできるのですよ」


 ゲンさんはミーハーな視線にやや不快感を示しながら、それでも丁重に説明していた。少しでも自分のことをわかってもらおうとしたのだろう。


「美空を傷つけた犯人は……オイラもしっかり見ています。あいつだけは許せません。きっちりこらしめて、二度と悪さができないようにしてやります!」


 ぐぐっと拳を握りしめて、強い意志があることを示す。そんな横で、運転している真壁巡査は「ん? ミク……?」とどこか首をかしげていた。


「あなたのお兄さんだろうが、オイラは容赦しませんからね。覚悟しておいてください!」


 そう宮間に対して言い捨てると、ゲンさんはまた梁子のバッグの中へと戻っていく。梁子は急に真顔になった宮間を見つめた。


「宮間さん。このあとどうするか……でしたよね? わたしは今ご紹介した『時間の妖精さん』に犯行を直前で阻止してもらおうと思ってます。犯人が玄関を開けて家人を襲おうとしたところで、時間を止めてもらうのです。そして、そこをわたしたちが取り押さえる……と、そういった段取りでいこうと思ってます。具体的には、真壁巡査に捕縛してもらうことになると思いますが……」


 そう言いながら真壁巡査を見やると、彼は大きくうなづいた。


「ええ、任せてください、上屋敷さん! よくわかりませんが……この小人さんが不思議な力を使うってことですよね。タイミングさえ教えていただいたら、自分が取り押さえに行きますから。安心していてください!」

「そ、そうですか。ありがとうございます、真壁巡査」


 妙に物わかりのいい真壁巡査に礼を言うと、彼は残念な笑顔になった。だが、しばらくすると、またそれが急に元に戻る。


「あっ、しまった! 今の角を曲がられてしまいました。すいません! Uターンしますね」


 一瞬の隙をついて、振り切られてしまったようだ。バイクは左に曲がったのに、この車は直進してしまったのだ。こちらの追跡に気付かれていたわけではなさそうだったが、見失ってしまったのは痛い。真壁巡査はあわてて途中の空き駐車場に車を入れると、今来た道を引き返しはじめた。


「くそっ、追いつけ! 見失ったらせっかくの作戦が……」


 先ほどの角を正しい方向に曲がると、その先にはもう黒いバイクの姿はなかった。一同に焦りが生まれる。とりあえず直進し続けているが、運転手の真壁巡査は他の者以上にだらだらと冷や汗をかいていた。


「ど、どどど、どうしましょう。ああっ、自分のせいでせっかくの追跡が……!」

「落ち着いてください、真壁巡査。次の角を……右に曲がって」

「え? 上屋敷さん?」

「その次の信号を左に」

「は、はい」


 真壁巡査は半信半疑なようだったが、梁子が指示するまま運転を続けていると、やがてあの黒いバイクの姿を再発見することができた。


「あっ、追いつきました! すごい! ど、どうやったんですか? まさか上屋敷さん、追跡のための発信機でも取り付けて……?」

「違います。そんなもの取り付けたりしていません。買ってもいないですし。あの……一言で言うと『占い』です。どちらの方角に進んだのか、その都度占っているんです。ごめんなさい、ナビをしなくちゃいけなかったのに、少しおろそかにしてました」

「え? な、ナビって……それはあなたの……というよりは、サラ様という神様のお力、ですか? もしかして」

「ええ、そうです……」


 梁子は、サラ様が耳元でつぶやく方角をそのまま口にしていただけだった。こうすれば、たとえ姿を見失ってもまたすぐに相手へとたどり着く。化けタヌキの正吉を探した時と同じ方法だった。


「神……様?」


 宮間がぼそりと疑問を口にする。


「なんのことを言ってるのかな?」

「宮間さん……これも、信じられないことかもしれませんが……わたしには不思議な力を持つ神様が憑いてるんです。ずっと、皆さんには内緒にしてきました。あまり口に出せないことでしたから……ね。あなたと同じように。あ、河岸沢さんだけは知ってましたけど」

「えっ!?」


 宮間と真壁巡査が同時に叫ぶ。その驚く意味は、それぞれ違ったようだが。


「あの人……ホントなんなんだよ……。店長の相談役とか言ってたけど、ちょっとなんでも知りすぎじゃないか? まあ、河岸沢さんのことはいい。それより、なんていうか……小人もそうだけど、不思議なことが起こりすぎてるなあ。ちょっとついていけてない」

「別に、これらについて深く知ろうとする必要はないですよ。ただ、今回の犯人を捕まえるためにこの力を使うことになるので、一応説明だけでもしておこうと思ったんです」

「まあ、よくわからないけど……。無理だけはしないでね」

「ありがとうございます、宮間さん。あなたには……言っても大丈夫かなって思ったんです。わたしの神様のこと……。あ、誰かにしゃべったりしないですよね?」

「ええっ? ああ、それって黙ってなきゃいけない感じ? まあ僕も……こういう家族がいる身だから、そういうのはわかるけどね。うん……大丈夫。誰かに言うつもりなんかないよ」


 宮間は黒縁メガネを中指の腹で押さえると、窓の外に視線をそらした。どういう気持ちでいるかはわからなかったが、梁子はひとまず安心する。

 千花は、特にいまは自分のことを話す必要はないと考えているのか、黙っていた。


 バイクは大通りに出て、北上しはじめる。

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