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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
4軒目 犯罪者の棲む家
87/110

4-20 張り込み 

「さてと。この辺が目的地みたいだな……」


 運転席の河岸沢があたりを見回しながら、車を路肩に停める。

 梁子と千花、そして河岸沢と宮間の四人は、白いワンボックスカーに乗って大井住学園の西側にあたる住宅街へとやってきていた。

 この車は店長の私物で、急きょ貸し出してくれたものだ。梁子たちにはまさに渡りに船である。身を隠しながら宮間の兄の家を偵察するにはもってこいだった。


 助手席に座っていた梁子は、カーナビの画面と外の景色とを見比べる。

 車の前方にはまっすぐに伸びる道があり、その先はY字路となっていた。


「ええと……住所通りだと、あのY字路の間にある建物が、お兄さんの住んでいるところみたいですね……。そうですよね? 宮間さん」

「うん、たぶん。そうだと思う」


 訊かれた宮間は、河岸沢の後ろの席にいた。

 大きなマスクをしている。万が一、近所の人に見られたり、彼の兄に気付かれたりしたら面倒だからだ。宮間は手元の携帯の画面をスクロールした。


「父のメールには……角地にある三階建てのビルって書いてあるね」

「じゃあ、きっとあれですね。細長いですし……なんだかビルっぽいです。ここからじゃよくわからないですけど……あれはたしかに『家』なんですね? 集合住宅アパートじゃないですよね?」

「うん。建物全体が、まるっと一軒分の賃貸だって。見た目ほど広くはないと思う。一階がガレージで、二階が1DK、それと屋上が……うん? あ、三階建てじゃないね、正しくは二階建てだ」


 じっと、四人はその建物を眺める。

 20メートルほど先に建っている家は、たしかにビルのように見えた。灰色の外壁で、窓が縦に三つある。正面から見ているのでわかりづらいが、宮間の言うことが正しいとすると、奥行きはそんなにないと思われた。

 それにしても一階がガレージだけというのは珍しい造りだ。もしかしたら、昔はなんらかの『店』だったのかもしれない。看板の名残もないので、今ではもうどんな風に使われていたのかは判然としない。だが、平らな屋根というのも手伝って、『家』という印象はあまり感じられない建物だった。


「鋭角、だね」


 ぼそっと、梁子の後ろの席の千花がつぶやく。


「ああ、あの角のとこまで目一杯建物になってんな。やーな感じだぜ」


 それを引き継ぐかのように河岸沢も不愉快そうに口走る。

 二人ともいったい何を言っているのだろうと梁子は首をかしげた。


「え? お二人とも何か気になるんですか? あの建物……」

「うん。梁子さん、あそこ角地だよね?」

「ええ、二股の道の間にありますから……そうですね。それがどうかしたんですか?」


 千花に言われて確認した梁子だったが、河岸沢はずずいっとVサインを梁子の目の前に差し出してきた。


「四つ辻じゃなくて、Y字路の間。それだと普通、角度はこんなふうに90度以下になる。ああいった場所は風水的に良くねえんだ……」

「ああ、なるほど。そういうことですか」


 梁子はぽんと手を打って納得した。

 建築を学んでいるかたわら、そっち方面のことも調べたことがある。


 土地の形によって、その家の運が変化するのだ。

 

 現代では気にしない人も多くなったが、一応三角の土地は風水的には良くないと言われている。一番悪いのは、その土地に合わせるように三角の建物を建てることだ。

 狭くてもなるべく四角状の建物を建て、余った角の部分の土地には樹木などを植えるのが良いとされている。


 あの宮間の兄が住んでいるとされる建物は、その地形に沿うようにほぼ三角に建てられていた。

 それが何を意味するのか、梁子もわからないわけではない。


 三角の土地や建物に住む者は、だいたい健康を害したり、家族や近所と仲が悪くなったりする。

 四角は平穏をもたらし、三角は人を落ち着かない状態にさせるのだ。角というのは攻撃性を表す。それが鋭ければ鋭いほど住人はストレスを受け、だんだんと精神を蝕まれたり、挙句の果てには攻撃的な性格になったりする。 


 その家に、元犯罪者が住んだらどうなるか。

 それは想像に難くない。


「宮間さん、あの家にお兄さんが住まわれたのって、どれくらい前なんですか?」

「えっと……一か月くらい前、かな。前は中野区に住んでいたそうなんだけど、仕事先をクビになったみたいでね、それから今のところに引っ越したんだそうだよ。たぶん、何かもめごとを起こしたんだろうね。それで……」

「そうですか……」


 沈痛な面持ちの宮間を見て、梁子はそれ以上何も言えなくなった。

 もめごと――。元犯罪者というのは、ふとしたきっかけでトラブルを起こしてしまうものなのだろうか。梁子にはわからない。けれど、きっと宮間もその兄と同じ悩みがあったのだろうと思った。


 行く先々で、過去の犯罪のことが明るみになる。

 すると、周囲からいらぬ偏見を持たれ、居心地が悪くなる。

 そういうことをずっと繰り返してきたのだろう。


 宮間の兄は、自分が犯罪者であることを。

 宮間自身は、その犯罪者の身内であることを。

 周囲には絶対に知られたくない、そういう思いでずっと生きてきたのではないだろうか。


 だが、その強すぎる思いは、時に人を異常な行動に駆り立てる。

 今朝の河岸沢の言葉にもあったが、宮間兄弟は真実を隠すためにきっと必要以上に真面目に生きてきたのかもしれない。誰よりも仕事に打ち込み、まっとうな人間であろうとしてきたはずだ。


 思えば宮間一太という人間は、過剰なほど仕事をきびきびとこなす人間だった。

 梁子はそれを尊敬のまなざしで見ていたが、もしかしたらそれは「あえて」「意図的に」行ってきたことだったのかもしれない。

 兄とは――犯罪を犯す人間とは違うのだと、周りに誇示するために。

 規則やルールを厳守する人間となったのだ。


 だが……そうした演出は、やりすぎるといらぬ軋轢を生む。

 現に河岸沢は宮間のやり方に食ってかかっていた。とすると、宮間兄の方もそういう仕事仲間ともめ合っていたのかもしれない。


「今、一か月前って言った?」


 千花が突然、宮間に対して質問を投げかけた。

 宮間は少しだけ驚いたように返事をする。


「え? ああ、それが何か?」

「それだと……ちょうど連続殺人事件が発生した時期とかぶる。最初の中野区の事件が4月1日、次の杉並区が8日、その次の武蔵野市が15日、その次の練馬区が22日、その次の……昨日の大井住市の事件が29日。全部一週間おきに行われてる」


 宮間はもとより、他の者もみなハッとした。

 いよいよ宮間の兄が犯人だという線が確定してきた。


「とすると……次の犯行はまた一週間後ってことですか? 次は、5月……」


 梁子は思いついたことを口走りながら、車の前を走り抜けていくバイクに目を奪われた。

 それは小泉邸の前で見た大型の黒いバイクだった。


「あっ、あれ! あのバイク! わたしたちが見たやつですよ!」

「おおっ、あの建物の前に停まったな。あれが……宮間の、兄貴か?」


 遠ざかったのでわかりにくくなったが、運転手は建物の右脇の道に寄せると、ガレージのシャッターを開けてバイクとともに建物の中に入っていってしまった。


「ど、どうでしたか、宮間さん。一瞬でしたけど、お兄さんだってわかりましたか?」

「……」


 宮間は梁子に問われても、しばらくじっと無言で建物の方を見つめ続けていた。

 やがて、深く目を閉じる。


「うん。たぶん兄だよ。それにあのバイク、僕のと型違いだった……。ちょっと前に父が訊いてきたんだよ。お前が乗っているバイクはどんなのだってさ。きっと、それに似たやつを兄に贈ってあげたんだろうね。必要なものがあったらいつでも言えって……常に言ってたみたいだから」

「……ずいぶんとまあ、甘やかしてるねえ。そのバイクもおめおめと犯罪に利用されたかもしれねえんだろ? まあ、本当にそうだったかどうかは実際に犯行現場を押さえなきゃわからねえが……。今日は様子見だな。動きがなけりゃ、またその『来週』にしたらどうだ?」


 ぐいっと両肘をあげて伸びをしながら、河岸沢がそう提案する。

 梁子はその言い方が微妙に癪にさわったが、河岸沢の言うことももっともだったのでしぶしぶ納得した。


「来週……そうですね、千花ちゃんの法則でいくと5月6日の土曜日ですか。とすると、今日は事件は起きないかもしれませんね……。うん。じゃあもう少しだけ、見ていきましょうか。せっかく皆さんも付き合ってもらっているわけですし。あ、そうだ。連絡しておかないと……ちょっとすみません」


 梁子は思い出したのか携帯を取り出し、真壁巡査に連絡を入れた。

 容疑者を見つけたこと。そしてそのアジトを見つけたこと。次の犯行が来週起こるかもしれないこと。それらをメールで送信すると、すぐに返事が来た。


『件名:ありがとうございます 本文;お忙しい中、連絡いただいてありがとうございます。非常に有力な情報ですね。ですが、くれぐれもご無理なさらないでください。そして、これをできれば捜査本部の刑事たちに伝えてください。あなたはこれ以上関わったらいけない』


 梁子はさらにメールを返信した。

 容疑者が、梁子の仕事仲間の家族であること。そして、警察が介入する前にまず梁子たちが不思議な現象をどうにかしなければならないこと。だから、まだ刑事たちには言えないこと。今はとりあえずその仕事仲間たちと一緒にいること。

 すると、さきほどの事務的な文面とは少し違った印象のものが返ってきた。


「件名:心配です 本文:それならば仕方ありませんね。自分もまだ黙っていることにしましょう。ですが、やはり心配です。今、女性だけで行動していないというのは安心しましたが、河岸沢さんがいるというのは……。できれば自分が行ってあげたかったですね。来週の5月6日は非番です。なので、今度は自分が付き添います。いえ、付き添わせてください。お願いします」


 なんだろう、もしかして……焼きもちを焼かれている?

 そのことに気付いた瞬間、急に顔が熱くなった。ふと視線を上げると、じとっとした目で河岸沢がこちらを見つめている。


「なっ、なんですか?!」

「いや~? なーに赤くなってんだ、と思ってよ。あ、さてはあのお巡りさんにイイコトでも言われたのかあ?」

「ばっ、バカ言わないでください! そんなことありません。もうっ、か、河岸沢さんのせいですよ!」

「はあ? なんで俺のせいなんだよ」

「秘密です! そ、それより……今日って日曜ですよね? あの、宮間さんのお兄さんって何のお仕事されてるんでしょうか。今日お仕事お休みだったとしたら……」

「ああ、たしか……新聞配達員だって聞いたよ。一応、正社員みたい。だから、日曜が定休ってわけじゃないのかも……今日は保護司って人に会いに行く日だったはずだから、特別に休みかもね」


 よどみなく答える宮間に、梁子は頭に疑問符を浮かべた。


「あれ? あの、宮間さん? どうしてそんなに詳しく……? いったいお父様になんて言って訊いたんです」

「いや、それは……職場の近くで兄さんを見たって言ってみたんだ。それと、職場の女の子が兄さんとトラブルを起こしそうになってるって。だから、一度兄さんの所在とか、仕事先のこととかいろいろ聞きたいって……そしたら、父はまた事件を起こされちゃ敵わないって思ったみたいでさ。今までなんだったんだろうってくらい、すんなり教えてくれたんだよ」

「そ、そうだったんですか……」


 梁子はなんだか、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 本来であれば、宮間は兄とずっと接点をもたないようにして生きていくはずだった。それが、自分のせいで巻き込んでしまい、兄のことを知る機会をつくってしまった。


 これは、あまり良くないことなのだろう。

 それでも梁子は宮間が協力してくれてとても嬉しかった。



 ※ ※ ※



 その後、ずっと交代で監視を続けていたが、宮間の兄は家から一歩も出てこなかった。

 四人は近くのコンビニにそれぞれ休憩をしに行ったりしていたが、もうこれ以上見ていても動きはないだろうとなり、夕方ごろに撤収となった。

 ダイスピザに戻ると、店長の大輔が粉まみれになりながらピザを焼きまくっていた。かたわらには午後からの出勤予定だった、ここあがいる。


「あ、みんなおかえりっす~」

「どうだった! 上屋敷、収穫はあったか?」

「ええと……はい。少しだけありました。店長、今日はすみません。それと、ありがとうございました。車貸していただいて……」

「いいってことよ! それより上屋敷、あ、みんなも見てくれ! 新作ピザの試作品だ。時間があったらやりたいと思ってたんだが、今日はある意味でグッドタイミングだったな。おし、これ全部、みんな試食してみてくれ!」


 調理台の上にはフルーツのたくさんのったピザやら、ナッツのピザやら、サツマイモをたくさんのせたピザやら、少し奇妙なピザが何枚も並んでいた。

 一同はちょうど夕方ということもあって腹が空きはじめていた。一瞬そのピザの奇天烈さに躊躇したが、すぐさまその食欲のおもむくまま手を伸ばす。


「んんっ? なんだこの甘酸っぱい味は! しかし、意外とうまいな……」

「うん、歯ごたえが面白いですね……」

「サツマイモのやつ、ホクホクおいしいです!」

「千花も食べていいの? じゃあ、遠慮なく……」

「うーん。珍味! あ、やっぱアタシの考えたナッツピザ、けっこういけるっすよ~」

「え、これお前が考えたのかよ!」

「そうっす。あ、アタシが考えたのは、これとこれと……で、店長の考えたレシピが……」


 ここあは調理台の上に置いてあったレシピ帳をめくって、みんなに見せつける。

 今まで何十枚と二人で試作品をつくっていたらしい。


「これと、これ……あとこれっす!」

「うわっ、なんだこれ……」


 河岸沢はそれらを見て驚愕している。


「うどんピザ、ラーメンピザ……これって炭水化物オン炭水化物じゃねえか。カレーピザ……ああ、これはいいな。え、メロンパンピザ? どういうピザ……ってかむしろパンじゃねえか!」


 ぶつぶつ河岸沢がつぶやく中、さらにピザ窯から変わったピザが取り出される。笑顔の店長がそれを切り分け、またみんなに配られる。

 そうした一連の動きを、宮間は感慨深げに眺めていた。それを梁子も複雑な気持ちで見つめる。 

 これからの行動次第では、このメンバーで仕事をすることはもうできなくなってしまうかもしれない。この、和気あいあいとした一瞬が永遠に続けばいいと思う。けれど、未来はどうなるかわからない。そんな不安を、宮間も感じているのだと思った。


 梁子はピザをほおばる千花と視線を交わす。

 そして、頃合いになった時を見計らって、ダイスピザを後にした。

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