4-18 臨時休業
宮間の意外な告白に、梁子は驚いた。
「えっ? 宮間さん、双子のご兄弟がいらっしゃたんですか? じゃあ、わたしが見たのは……」
その言葉を引き継ぐように、河岸沢が口を開く。
「ああ、たぶんそいつだろうな。宮間とは関係ない第三者という可能性もあるが、俺はほぼそうじゃねえかとふんでる。なにせそいつは……」
河岸沢はそこで言葉を切り、意味深な視線を宮間に投げかけた。
「正真正銘の人殺しだからな」
「えっ? それって……どういうことですか」
「学生のときか? とにかく過去にも一度人を殺してるんだよ、こいつの兄貴は。それでしばらく少年院に入ってたんだが……2年ほど前にシャバに出てきたらしくてな。とくりゃ、合点がいくだろ?」
宮間を見ると、かなりこわばった表情をしていた。
それはそうだろう。事実とはいえ、兄弟を「人殺し」と悪しざまに言われたのだから。しかも、今度の事件の疑いまでかけられている。
河岸沢の言うことが正しいなら、やはり宮間の兄が犯人なのだろうか。こうも怪しい点が符合していると、その人物しかありえないと思えてくる。
梁子の胸中は複雑だった。
宮間でなくて良かったという気持ちと、もしその兄が犯人だったら、ゆくゆくは宮間自身を傷つけてしまうのではないかという惧れとが混在していた。
エアリアルの計画のことを思うと、そんな場合ではないというのはわかっている。一刻も早く、どんな手段を使っても犯人を捕まえなければならない。
けれど、宮間だって今まで一緒に働いてきた仕事の仲間だ。彼が傷つくような結果には、できればなってほしくない。彼の兄が犯人でなければいいのにと梁子は切に願った。
「宮間、こういうことがあるから……お前は、その加害者家族であるという事実を隠すように生きてきたんだろ? 違うか?」
こういうことというのは、事実を知っている者からありもしない罪を疑われたり、変な目で見られる、といったことだ。河岸沢の言葉に、宮間は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべていた。
「店長は口が堅いと思ってたんですけど……まさか河岸沢さんにも知らされてただなんて。ちょっとショックだなあ」
「はっ、俺はこの店の『総合アドバイザー』だ。大輔さんとはもともと一蓮托生なんだよ。隠し事なんてのはほとんど無えんだ。なめんな」
「なめてはいませんが……まあ、いいです。店長には恩義がありますからね。こんな俺のことをすべて知ったうえで雇ってくれましたし……。他の方に言わないでいてくれたことには、感謝します。ああ、河岸沢さんにも一応、お礼を言っておきましょうか。ありがとうございました」
「そんな礼を棒読みで言われても嬉しくねえよ。まあ俺は……別にお前のためにそうしていたわけじゃねえけどな。店に余計な厄介ごとを持ち込みたくなかっただけだ」
そう言って、河岸沢はふんと鼻を鳴らす。
宮間は足元を見ていたが、やはり思い直したのかきちんと礼を言った。
「いえ……どんな理由でも黙っていてくださって助かりました、ありがとうございます。もし周囲に知られていたら、きっと仕事がしにくくなっていたでしょう。僕だって、生きづらいのは嫌です。ですから……ありがとうございます」
「……別にいいって言ってるだろ」
丁寧にお辞儀をする宮間に、河岸沢は疑いの目を向けていた。普段と違う態度をとられて、少し気持ち悪がっているようだ。宮間はそれに、苦笑した。
「ははっ。しかし……兄がもし、その連続殺人事件の犯人だとしたら、もうここでは働けなくなるでしょうね。迷惑をかけてしまいますし……。もう未成年じゃないですからね……兄が捕まったら、今度は実名報道になるはずです。そうなったら、今度こそ……」
「ああ、そうだな。お前は確実にその犯人の家族だってバレるだろうさ。それと、この店にもなんらかの影響が出るだろうよ。テレビ局が取材にやって来るとか、誹謗中傷の電話が鳴るようになるとかな。まったく! お前の兄貴、更生して出てきたんじゃねえのかよ……」
「さあ……わかりません。少年院を出たあと、どこかで一人暮らしをしていたはずなんですが。今、どんな風に暮らしているかというのは知らされてないんですよ」
「はあ? 『知らされてない』って、どういうこったよ」
河岸沢の意見はもっともだった。梁子もそれは気になった。
家族なのに、知らされてないとはいったいどういうことだろう。
「父だけは定期的に、保護司という方から兄の様子を聞いていました。でも、いつも僕や母にはその情報は知らされてなくて。意図的に教えられてこなかった、といった方が正しいでしょうか。兄の情報をすべてシャットアウトすることで、僕が変に意識しないようにしてきたんです。それは兄に対しても行われていたようで。ですから……きっと兄も、今の僕の様子は知らないはずです」
「なんっだ、そりゃ! 過保護か!」
思わず河岸沢のするどいツッコミが入ったが、それを無視して梁子は宮間に詰め寄った。
「……じゃあ、お兄さんのこと、そのお父さんならご存知なんですね! どこに住んでらっしゃるのか、今すぐお訊きしたいんですけど。よろしいですか」
「え? なんで、そんなこと……」
「わたしたち、直接そのお兄さんに会って、いろいろと問いただしてみたいんです。事件のこととか」
「はあっ?」
「そ、それは止めた方がいいんじゃ……」
梁子の発言に、河岸沢も宮間も賛成できかねるといった反応だった。たしかに女性だけで、しかも殺人犯かもしれない人物のところに乗り込むのは危険だと判断されたのだろう。そう思うのは至極当然のことだ。
だが河岸沢の危惧する点はそれだけではなさそうだった。梁子の家のことを知っているので、きっとサラ様の恐ろしい呪いが発動されることを懸念しているのだろう。梁子は怪訝な目で見られていたが、無視した。
宮間が心配そうに声をかけてくる。
「上屋敷さん……そういうのは全部、警察にまかせておいたほうがいいよ。いくらなんでも……それは……」
「すいません。ちょっと事情があって、どうしてもわたしたちがこの事件を調べないといけないんです。犯人が誰なのか、そして、どうしてこんなことをするのか……。調べたうえで、捕まえないといけないんです。詳しい事情は話せませんが……安心してください。犯人の手掛かりがつかめたら、その都度『知り合いの警察官』に相談することになっていますから」
「知り合いの警察官? ってあいつか……」
河岸沢は誰なのかすぐにわかったようだった。
「なら、まあ……いいか。じゃあ、宮間。今すぐその親父とやらに連絡をとれ。そんで兄貴が今どうしているのかを確認しろ!」
「なんで河岸沢さんにそんなこと命令されなきゃならないんですか? 僕はまだ、上屋敷さんが探偵みたいな真似をするの、賛成したわけじゃ……」
「いいからやれ。もうすぐ店始まっちまうぞ。それとも何か? お前が上屋敷の代わりにその兄貴を押さえておけるってのかよ? まだ犯人だとも決まってねえのに」
「はあ……わかりました。気が進みませんが、上屋敷さんにもいろいろ事情があるようですしね……。とりあえず、父に訊くだけ訊いてみます」
そう言うと、宮間はどこかに電話をしはじめた。
チッと舌打ちをすると、河岸沢が梁子のそばにやってくる。
「おい、これで良いか?」
どこまでも不服そうな表情だったが、梁子も「一応」感謝の言葉を述べておくことにする。
「別に、そこまで頼んではなかったですけど……。ええ、ありがとうございました、カシザワサン」
「お前も棒読みかよ! ったく……こんな面倒ごとに巻き込みやがって……」
「すいません。でも、宮間さんがそんなご兄弟をお持ちだったなんて……全く知りませんでした。ビックリです。しかも、店長や河岸沢さんは知ってただなんて。そしてその人が今回の事件の犯人かもしれないだなんて……」
「まだ断定はできねえけどな。証拠だって集めなきゃ、どうにだって言い逃れできんだろ。お前、そいつに会って、どう話を突き詰めるとか考えてたのかよ」
「ええと……はい。被害者の女性の家に行きましたか、ってお伺いしようと思ってました」
「はあ? バカか! 単刀直入に訊いてどうする! あー、駄目だこりゃ。お前……悪いことは言わねえ、全部警察に任せとけ。証拠固めもしてもないのに、下手に突撃して警戒されちゃ敵わねえだろ。お前本職の邪魔する気か?」
「その辺は、千花がいるから大丈~夫!」
ずずいっと梁子と河岸沢の間に千花が割り込んでくる。
「まずは周囲を観察して、相手の動きをチェック。それから、状況証拠と照らし合わせて、犯行の裏付けを取ってから接近する。これ、探偵の定石」
「お、おう……。まあ、それも本当は警察がやるべきところだからな? 無茶するなよ?」
河岸沢がクギを刺すと、千花はこっくりと大きくうなづいた。
「はあ……しかし、あいつがあんな性格になったのは……やっぱりその兄貴が原因なのかね」
「はい? 性格?」
急に話が変わったので、梁子は思わず聞き返す。
河岸沢を見ると神妙な顔をして宮間を見ていた。決してふざけているわけではないようだ。梁子はなんとはなしにその話に耳を傾ける。
「だからよ、宮間ってのは、几帳面すぎるっていうか……融通がきかねえ、真面目すぎる性質だろ? ああいう野郎は、俺は大っ嫌いなんだ。けどな……双子で、姿、形が似ているからこそ、より自分は規範を守ろうと思ったんだろ。反動が大きすぎだけどな……」
「なるほど……。わたしは別に嫌いじゃないですけどね、宮間さんの性格。むしろ尊敬してますよ。仕事に真面目で素晴らしい人です。河岸沢さんの方こそ、少しは見習った方がいいんじゃないですか? ガサツでデリカシー無いし」
「はあっ?! 俺のどこがガサツでデリカシー無いってんだよ」
「そういうところです。口調とか」
「ああっ? ったく、どいつもこいつも……」
イライラがピークに達したのか、河岸沢は立ったまま貧乏ゆすりをしはじめた。それを見た千花が、そっと梁子の背後に寄り添ってくる。
「ちょっと、河岸沢さん。千花ちゃんが怖がってます。それ、やめてくださいませんか?」
「うるせえ。知るかよ、ったく……今日は最悪だ! ただでさえ日曜で忙しいってのに。スタッフは一人減るわ、ちまたで噂の殺人事件に首突っ込むバカはでてくるわ、その上その犯人が宮間の家族かもしれねえだと? どんだけ厄日なんだよ」
「すいません。変な話持ってきちゃって。でも、どうしても犯人を見つけなきゃいけないんです、わたしたち……そうじゃないと……」
「ん?」
河岸沢がその言葉に不思議そうに首をかしげたが、梁子はそれ以上何も言わなかった。
エアリアルのことは言えない。この人たちも、巻き込むわけにはいかないのだ。今はとりあえず、犯人を捜している、という恰好だけ見せていればいい。それ以上は余計なことである。
「まあ、よくわからんが……お前、とんでもない厄介ごと引き寄せてきたもんだな。これがお前から感じた『嫌な予感』ってやつだったかもしれねえ。俺の危惧してた通りになったな」
「……否定はしません。たしかに、わたしが一部、その因果となっています。ですが……宮間さんのお兄さんのことは……いずれ、露見することになっていたと思いますよ。わたしが関わらなくても……遅かれ早かれ、こうなっていたはずです」
エアリアルと自分が出会わなかったとしても。
あの「お茶」を飲まなかったとしても。
ずっと陰で、エアリアルは犯人に対し実験を行ってきた。
ということは、どのみちこの連続殺人事件は起こっていたということだ。
今やこの事件の被害者は、美空も含めると5人にものぼっている。この時点でようやく犯人の素性がわかってきたが、それはラッキーな方だと言うべきだろう。もしずっと誰にも何も知られないままだったら、その被害はもっと増えていたはずだ。
もし、そうなっていたら……。
きっと今まで以上の怨嗟が世の中にうずまいていたはずだ。被害者が増えれば増えるほど……その関係者たちの恨みつらみは増す。そして、「それ」は犯人だけではなく、宮間たち加害者家族にも向かっていただろう。
そのとき宮間がどうなるかはお察しだ。
今の方がまだ、ましな状況といえるかもしれない。今なら次の被害を阻止できる。犯罪を未然に食い止めることができる。宮間のためにもそれは梁子たちがやり遂げなくてはならないことだった。
「それにしても、お前の神様……」
「はい?」
「いつにも増して……なんていうか、怖ぇ感じになってるな。どうしたんだ?」
いつのまにか河岸沢は梁子の背後をじっと見ていた。だが、さっと視線を外して「やっぱ何でもねえ」と言い捨てる。
「え? ちょっと、河岸沢さん? なんですか急に」
「いや、いい。お前もおそらく気づいてるんだろ?」
「……」
言われて、梁子は口をつぐんだ。やはり河岸沢には感づかれていたようだ。サラ様が妙な変化をしはじめているということに……。
梁子はそれについて話すべきか迷った。が、結局やめた。
おそらく話しても、さして意味はない。
これは、あくまで上屋敷家の問題なのだ。サラ様を最終的にどうするかは上屋敷家の人間が決めること。それならば、たとえどのような結果になろうとも後悔しないように行動するしかない。
「別に……気にしないでください」
「そうかよ」
梁子はとりあえず目の前の問題に集中することにした。
宮間の電話がようやく終わる。
「……お待たせ。今の居場所が、わかったよ。この大井住市内に住んでるみたいだ……。驚いたよ、こんなに近くに住んでたなんてね。あ、住所はここ」
「ありがとうございます、宮間さん。調べていただいて」
宮間が携帯の画面を見せてくる。それは、親から送られてきたであろうメールだった。詳しい住所が記載されている。宮間はそれをさらに梁子の携帯に転送してくれた。
「いい? くれぐれも、自分たちだけで行動しないでね。危ないから」
「はい。大丈夫です。では、お仕事の前にすみませんでした。もう……行きます。じゃあ千花ちゃん、行きましょうか」
「うん……」
梁子たちが立ち去ろうとすると、その前に大柄な男が立ちふさがった。
見上げると、それはダイスピザの店長、大輔だった。
「て、店長っ!」
「いやー、ちょっと外国人の観光客に道を聞かれちゃってね! みんな、遅れてすまん! というのは半分本当で……実はさっきまでみんなの話を立ち聞きしちゃってたんだ。宮間、上屋敷に知られちゃったな……。あと、河岸沢に相談しててすまん」
「い、いえ……」
申し訳なさそうに謝ったかと思うと、大輔は一転、ガッツポーズを作って声を張り上げた。
「だが、そうとなったら今日は『臨時休業』だ! ついにこの日がやって来た! 華子、これが男の決断ってやつか……? ああ、燃えるっ! 宮間、河岸沢……悪いが今日の給料は無しだ。ってことで、上屋敷についてやってくれないか」
「はあっ?」
「て、店長!? 何を急に……」
「男ってのはな、ここぞというときに動かなきゃならねえ……そういうときがあるんだよ! なあ、華子!」
大輔は先ほどからちょいちょい虚空を見つめて亡き妻に語りかけている。妙に芝居がかっているため、まわりの人間はぽかんと口を開けて見ていることしかできない。梁子はというと、これはきっと大輔の心強い後押しだと感じて喜んでいた。
「ありがとうございますっ、店長! こんなわたしのために!」
「いいってことよ。だが、気を付けるんだぞ、上屋敷。男二人を連れていくといっても、相手が相手だからな。無理はするなよ?」
「はいっ!」
梁子はガシッと、熱く店長と手を取り合う。
こうして、梁子と千花は頼りになる(?)助っ人二人を手に入れた。




