4-17 宮間の秘密
結局、あの黒いものがなんだったのか、梁子は訊けずじまいだった。
サラ様に問いただしたが最後、何か後悔しそうで……。
あれはきっと、サラ様の「本性」だ。呪術を用いて作られた神であることの証――。
殺意が明確になればなるほどあれが色濃くなっていくのかもしれない。
心の奥底ではなんとなくわかっていた。
けれども、まだそれをはっきりとはさせたくない。
サラ様は、いつでもきれいで優しくて……あたたかい存在だ。それが急にああ見えるようになってしまったなんて、梁子は認めたくなかった。事実がどうであれ、まだ梁子は「知らないまま」でいたかった。
***
「おはよう、梁子さん」
「おはようございます。千花ちゃん」
翌朝、梁子は自宅に来た千花と再び合流していた。
今日の千花はロイヤルブルーの服に身を包んでいる。もともとクラシカルなロリータ服を好んで着ている千花だったが、この日は一段と落ち着いて見えた。頭には同色の青いバラがあしらわれている。
なにか、なみなみならぬ覚悟を感じさせる恰好だった。
これからダイスピザへと向かうが、梁子はなんとなく気が重い。
すでに店長にはメールで休暇の申請をしていた。そんな中、その職場へと向かうのはいささか居心地が悪い。
シフト表を確認すると、今日は日曜のためフルメンバーとなっていた。午前中は宮間と大輔、そして河岸沢というメンツだ。あの男に会ったら絶対何か言われるに決まっている。梁子はそれを思うとげんなりした。
「大丈夫? 梁子さん、体調悪いの?」
すかさず千花に心配される。梁子はかぶりを振った。
「だ、大丈夫です。ちょっと気がかりなことがありまして……。それより、千花ちゃんも大丈夫ですか? 昨日帰ったの遅かったですし、あまり睡眠時間がとれなかったのでは」
「少し興奮して眠りづらかったけど……大丈夫。短くても質のいい睡眠をとったから。それより、早く行こう。仕事が始まっちゃったら迷惑かけちゃうよ」
「ええ。では行きましょうか」
二人は市営バスに乗り込み、ダイスピザのある方角へと向かった。
朝の時間帯とあってバスの中はそこそこ混んでいる。また、梁子と千花という組み合わせでもあったので人々の視線もそれなりに集まっていた。
「そういえば、ゲンさんは?」
「えっと、まだこの中に……」
小声で話しかけられた梁子がそっとバッグの中をのぞきこむと、のそりと起き上がるゲンさんとちょうど目が合った。
「ふあああ、良く寝ました。というか……ここはとてもいい場所ですね。「急がなきゃ」と思う気持ちがあふれてます」
にっこり笑うと、ゲンさんは両手を上に伸ばして何かを吸収しはじめた。きっと「食事」をしているのだろう。梁子はハッと我に返るとあわててバッグの口を閉じた。
「うへへ……『お人形さん』は今日も元気なようですね。というわけで千花ちゃん、目的地につくまで静かにしてましょうか」
「……はーい」
ゲンさんの声が外に漏れたらまずいと思って塞いだが、もしまわりに聞こえてしまったとしてもそういう「人形」を持っているということにすればいい。千花もそれを察したのか、しれっとその体で返事をしてくれた。
バスは大泉学園駅の南口までやってくる。ぐるっとロータリーをまわると、所定の位置に停まった。
途中、交番が見えた。中にいる警官たちは見えなかったが、梁子はつい真壁巡査の姿を探してしまう。たぶんまだ病院の方にいるはずだ。ここにはいないとわかっているのに、もしかしたらと思ってしまう。
こんなにも胸の中を占めていることに、梁子は愕然とした。
『発車しまーす』
運転手のアナウンスが流れて、バスがまた動き始める。梁子はなるべく考えないようにした。今は、連続殺人犯を探すのが先決だ。
やがて、ダイスビザの近くに到着すると、梁子たちはバスを降りる。
「ねえ、梁子さん、その宮間さんってどんな人?」
「宮間さんは……そうですね、20歳くらいの背の高い男性ですよ。いつも真っ黒い大型バイクに乗っていて、黒縁メガネかけている真面目な方です。犯人と姿がとても似てますけど……でもサラ様いわく別人、なんだそうです」
「ふーん。それってめちゃくちゃ怪しいけど……それにしても梁子さんの職場の人だなんて、すごい偶然だね。……いや、偶然じゃないのか」
「え?」
「だから、これもエアリアル博士が仕組んだかもしれない、ってこと」
「……そうなんでしょうか?」
「わからない。でも、こんな偶然、できすぎてる」
「そうですね。……あ、着きました。ここです」
梁子は黒字に白いサイコロと、赤い文字で「ダイスピザ」と書かれた看板の店を指差す。その建物の横には二台の宅配スクーターが停まっていた。そのスクーターの横の隙間を梁子たちはすり抜け、店の裏手に回る。
そこには、二人の男がいた。
一人は真っ黒なライダースーツを着た宮間。そしてもう一人はビジュアル系バンドマンのような格好の、河岸沢である。
「おはようございます」
「か、上屋敷! てめえ、大輔さんから聞いたぞ。今日急きょ休みもらったんだってな。それでここに来るたあ、いいご身分じゃねえか」
「はあ……」
梁子が挨拶すると、案の定河岸沢が噛みついてきた。苦笑いをうかべていると、不思議そうに宮間がこちらを見つめている。
「上屋敷さん、休みだったのにどうして……ここに? それと、そっちの子はいったい……」
「はじめまして。大庭千花と申します。少し用があってお邪魔しました」
ぺこりと千花がお辞儀をすると、途端に河岸沢が顔をしかめた。
「うわっ! 気づかなかったが、なんっだこりゃ。木の……お化け?」
「失礼なこと言わないでください、河岸沢さん! 千花ちゃんのことは……とりあえず今はいいです。それより、今日は急にお休みをいただいてしまってすみません」
「……ああ」
河岸沢はまた何か「見えて」しまったようだ。だが今はその話をしているときではない。
梁子は単刀直入に話を切り出した。
「実は昨日……わたしのもう一人の友人が、今噂になっている連続殺人犯に襲われてしまったんです」
「なにっ?!」
「えっ?」
宮間がどのような反応をするのか確かめる。
だが、河岸沢はもとより、宮間も普通に驚いているようにしか見えなかった。梁子は話を続ける。
「幸い一命は取り留めたのですが……その現場にわたしとこの千花ちゃんがちょうど居合わせてまして。それで……警察からそのときの話をきかせてほしいと言われているんです。今日はそのためにお休みをいただきました……。と、いうのは表向きで」
「は? 表向き?!」
聞き捨てならない言葉だったのか、河岸沢が強めの口調で訊き返してくる。
「はい。本当は……その現場で宮間さんそっくりの男性を見かけたんです。ですので今日は、その真偽を確かめたくてここへ来ました。なにかご存じありませんか、宮間さん」
「はあっ? それってどういう……」
河岸沢は途中までわけがわからないと言った表情で聞いていたが、ふいにハッとすると口をつぐんだ。
「おい、宮間……どういうことだ」
「どういうこと、と言いますと?」
河岸沢の言葉に、宮間はまるで心当たりがないといった風に応える。
「とぼけんじゃねえ。俺はお前の『家の秘密』を知ってる。正直に答えろ。これは『誰の』仕業だ?」
「……河岸沢さん、どうしてそれを」
途端に不穏な空気になった。河岸沢は宮間の何かを知っているようである。そのことに、宮間は親の仇でも見つけたかのような険悪なまなざしを向けた。
「いやな、ちょっと店長から聞いたんだ。安心しろ、他の誰かには口外してねえ……」
「店長が……? いや、それはいいとして。だからですか? だから僕のことをずっと毛嫌いして……」
「違う。俺がお前を嫌いなのは、たんに性格が気にくわねえだけだ。家のこととは関係ねえ。だがな、もし上屋敷の言うことが本当なら……お前は知っているはずだ。いったい『どっちが』犯人なんだ?」
「どっち……?」
河岸沢の言葉に、梁子は思わず反応する。どっち、とはどういう意味だろう。
しばらく場に沈黙が流れたが、観念したのか宮間が口を割った。
「わかりました。お答えします。それは……たぶん、僕の兄です。宮間太郎……僕の、双子の片割れ。おそらくその兄がやったことだと思います」




