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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
1軒目 魔女の墜落した家
8/110

1-6 街と、上屋敷家と守り神

 梁子はその後、近くの飲食店で昼食をとると、一度大学へ戻り、残りの講義を受けることにした。

 あのまま帰宅しては時間がもったいないと感じたのだ。

 午後も講義が三つほどあり、全部終わる頃には夕方になっていた。

 学園内にある書店に寄ってからバス停へと向かう。


「あ、バスが来てます、サラ様! 急がないと……」

『ああ……走れ、梁子!』


 大通りまで来るとシャトルバスがちょうどやってくるところだった。

 学生たちの列の最後尾に並ぶ。

 帰宅ラッシュ時だからか、バスの中は乗客でいっぱいだった。

 人の視線が集まるのが気にかかるが、構ってはいられない。


『発車します。吊革におつかまりください』


 梁子はぎりぎり座席に座れなかったため、運転手のアナウンス通りにした。

 窓の外を町の明かりがゆっくりと流れていく。

 そのひとつひとつを、梁子は目で追った。



 「大井住おおいすみ市」は東京都下にある、小さな町である。

 元は練馬区の西の一部、南大泉、西大泉、東大泉、大泉町、大泉学園町があった場所だが、20XX年に「大井住学園」という学園ができた数年後に独立した街となった。

 今はそれぞれ南大井住、西大井住、東大井住、北大井住、大井住学園町として改名し、区画整理もしなおされている。


 市の南北にはそれぞれ、西武池袋線の「大泉学園駅」、そして延伸した大江戸線の新駅「大井住駅」がある。

 その中間に国立学校「大井住学園おおいすみがくえん」があった。

 文科省が「世界に貢献出来得る人材を広く育成する」ことを目的とした、莫大な国家予算をかけてできた教育施設である。

 この学園は幼、小、中、高、大学とエスカレーター式であり、かつ飛び級制度も導入している。

 海外の留学生や、先進国からわざわざ呼び寄せた客員教授も多い。

 さまざまな施策の甲斐あってか、設立から十数年たった今では何人ものノーベル賞受賞者や名だたる研究者を輩出するまでになっていた。


 大泉学園駅の北側に建設されることが政府から発表された当時、地元住民の反対運動も多々あったが、周辺はすぐに関連企業や飲食店などが乱立した。


 梁子の勤めるピザ屋もその頃、駅の北口にオープンしている。

 多くの投資家や企業家たちがその動きに参戦した。

 予想通り、その大半は集客に成功し、ますます学園周辺を活気づかせる一因となった。

 大泉学園駅と大井住駅を南北に結ぶ幹線道路沿いは、今では吉祥寺に勝るとも劣らない一大繁華街へと成長している。


「はあ……」


 思わずため息がもれる。

 謎の家の訪問に加え、みっちりと講義も受けてきたのだ。

 さすがに疲れが溜まっていた。


 梁子はもとは地元の小学校に通っていたが、学園ができてからは親の勧めもあってこの学園の小学校へと編入していた。

 正直言って、編入するにはものすごく努力しなければならなかった。

 この学園の授業レベルは平均よりもかなり上で、プログラムもきつかった。しかも中学に入ってからはかねてからのライフワークの間取り集めも本格的に始めた。両立するのはかなり大変だった。


 高校に入ってからはさらにバイトも加わって、目の回るような忙しさになった。

 けれどもそれは、すべてはサラ様のため。我が家の繁栄のためであった。

 そのためなら梁子は身を粉にすることも惜しまない。



 バスはそろそろ駅前にやってきた。


 大泉学園駅を南にまっすぐ下っていくと、森に囲まれた大きな邸宅が見えてくる。

 そこが梁子の生家、上屋敷家である。

 100m四方の土地の周辺にはぐるりと高い土壁がたち、うっそうと生い茂る木々の向こうに館と思われる二階建ての建物が大通りから見え隠れしていた。


 降車のボタンを押して出口に向かう。


 バスを降りると、梁子は家の壁沿いに横道に入り、南門に向かった。

 大きな瓦屋根の門である。

 端にあるインターフォンを押すと、母親が出た。


「ただいま。梁子です」

『はいはーい、今開けますね』


 開錠する音がして、横の小さな木戸が開いた。

 周囲の安全を確認してから中に入る。

 以前、うしろから一緒に入ろうとしてきた輩がいた。すぐにサラ様が対処してことなきを得たが、同じようなことが起こらないとも限らない。


 そっと木戸を閉めると、オートロックのガチャリという音がした。

 そこから先は石畳がつづいている。

 数m進むと二階建ての木造の家が木立の間から姿を現した。

 足元や玄関の上の明かりがぼんやりと全体を照らしている。


「ただいま帰りました」


 玄関を開け声をかけると、奥から白い割烹着を着た梁子の母親、ゆかがやってきた。

 背はそれほど高くなく、年の割に童顔で胸は梁子と同じくらい大きい。

 ゆかは不気味なくらいにこやかな笑みを浮かべていた。


「今日はどこへ行ってらしたんですか? 梁子さん」

「えっと、その……もちろん大学ですよ?」

「嘘おっしゃい。その画材セットを持っていくのは間取り関係の時だけでしょう?」

「ええっと……まあ、そうです。午前中は……たしかに調査に行ってました。でも、午後はちゃんと行きましたよ、大学」

「やっぱり……。家のこととはいえ、学業とはバランスよくなさってくださいね」

「はい……。あ、サラ様をお堂に還してまいります」

「ええ。そうなさってください。サラ様、お疲れ様でございました。今日もありがとうございます」


 母親は梁子の背後に向かって深く一礼すると去って行った。

 梁子はホッとして玄関から延びる廊下を進む。


 屋敷はロの字型になっており、その中央に大きく開いた中庭にサラ様のためのお堂があった。

 緑青色になった銅版葺の屋根に、太いしめ縄が入り口の上にかかっている。


 中庭を横切るように屋根つきの渡り廊下を歩いていくと、その先はお堂に続く木の階段だった。

 全体はまるで寺か神社の拝殿のような造りとなっている。

 外灯や建物からの明かりで、それは神秘的に闇に浮かび上がっている。

 階段を登り、木戸を開ける。


「失礼します」


 12畳ほどの和室の奥に「御神体」が飾られていた。


「今日もありがとうございました。サラ様……」

『うむ……梁子もよく休めよ』


 正座して両手を合わせると、体からすうっとサラ様が抜けてご神体へと移動していく。


「明日は学校が終わり次第、あの家に向かおうと思います」

『ああ、まあ何時に来いとは指定されなかったからな。午後でもいいだろう』

「はい」

『一筋縄ではいかないように思うがな……はてさてどう出てくるか』


 しゃがれ声が嬉しそうに含み笑いしている。

 声とともにサラ様は姿を現していたが、この美しい化生からは想像もつかないほど、その後ろに鎮座する御神体は異形だった。


『なんだ、変な顔をしおって。梁子、お前もここにいつか並ぶのだぞ』

「ええ。それはわかっています。とても嬉しいことです。サラ様と、一緒になれるのは……」


 御神体――それは体色の白い大蛇のミイラとたくさんの位牌であった。


 乾燥して体積が減ってはいるが、とぐろを巻いた蛇のミイラはおよそ一抱えほどの大きさである。

 日本のどこにこんな大きな蛇がいたのだろうと思うほど、その胴体は太かった。今だったら深い山奥か外国の密林にでも行かないといないだろう。

 生きているときの体長は10mにも及んでいたという。


『お前の祖父母や歴代の先祖の魂は、いつもわしとともにある……いずれお前も……そのときが楽しみだな』

「ええ。後継者はわたしだけですから……いずれわたしも喜んで魂をささげましょう。でも、婿様は……いったいどんなお方なのか」

『まだ見繕うには早い』

「そうですか? まあ、わたしはいつでもお会いしたいと思ってますが……婿様も死んだらサラ様に食べられるんですよね? それをよしとする方がはたして現れるでしょうか?」

『それに見合うだけの価値がお前とこの家にあれば、そう難しいことでもない。まあ案じるな。わしにすべて任せておけ』

「はあ……。まあ楽しみにしております。それでは。おやすみなさいサラ様」

『ああ、おやすみ。梁子』

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