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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
4軒目 犯罪者の棲む家
79/110

4-12 約束

 千花の予想はおおむね当たっていた。


 サラ様によると、たしかにエアリアル博士は、数年前から大井住市周辺の情報を集めていたという。

 時にひそかに、時に大胆に。

 そのデータはいまや膨大な量になっているらしい。


 長年、人々の思考や行動のパターンを研究し続けてきたそうなのだが……サラ様は衣良野とターを喰らったことで、ようやくその研究の「真実」に行き着いた。


『やつは中でも、特に異様なパターンの人種を発見したようだ。上屋敷家や大庭家といった、特異な家の者をな……。それは出資者を探している最中の副産物だったらしい。梁子、以前、家の前に変なやつがいたことがあったな?』

「……あ!」


 梁子は、以前、自宅の門のところで、うしろから一緒に入ろうとしてきた輩がいたことを思い出した。そのときはすぐにサラ様が対処して、ことなきを得たが……今思うといったいどんな人物だったのかよく思い出せない。

 女だったか、男だったか。ひどくあいまいな記憶となっている。

 よく考えるとおかしな話だ。

 もしあれがエアリアルの配下の者だったとすると、「上屋敷家には不思議な力がある」と確信されてしまったことになる。


 千花に「何か思い当たることはないか」と先ほど聞かれたが、まさかあのことだったとは。つゆほども思い至らなかった。それくらい、梁子は自然に忘れていた。


『やつは、元々わしらに目をつけていたのだろう。もっと詳しくこの「力」を知れないものかと、いろいろと画策していたのだ。そして……見事わしらはその罠にハマった。まったく忌々しいことよ』

「千花も……あの映画を観たいと思ってしまった。きっかけは、あの映画のCMを見てしまってから……だと思うけど、きっとそれ以外にも何か仕掛けがあったんだと思う。ああ不覚」


 憎々しげにつぶやくサラ様に、千花も同調する。


『千花……お前はおそらく、梁子に仕掛けられた「お茶」によって、先に情報が流れていたはずだ。お前が不二丸という犬を好いている、という情報がな。ゆえに、これはお前の手落ちではない。気にするな千花。むしろわしにとっては映画館に誘導されたことは好都合だったのだ』

「でも……それでも不覚」

『ふむ。まあ、それよりも問題は映画の方だ。「お茶」は梁子の見たもの、聞いたものだけがあちらに送られる仕様になっていたが、映画は「考えていることそのもの」が読み取られるようになっていたからな。しかも人間だけではなく、わしら屋敷神にまで作用していた……これは脅威だぞ』


 梁子がおそるおそる尋ねる。


「脅威……まさか、サラ様やトウカ様の情報も抜き出されてたんですか?」

『そうだ。わずかな時間だったが、わしら屋敷神のも抜き取られていた。人外のものにまで干渉できるようになるとは……。このことは、きっとやつの「壮大な計画」を後押しする結果になったはずだ。前に「置き土産」もやってしまったことだしな……非常にまずい』

『そのようなことになっていたとはのう。知らぬことだったとはいえ、さすがに問題視せねばなるまい。先か後かの違いはあるが、どのみちわらわたちも関わることになっていたんじゃろうな。まさに千花が言うた通りじゃったわ』


 トウカ様はなにやら神妙な顔をして千花を見つめている。

 梁子はだんだん不安になってきた。当初は、自分たちとエアリアルたちだけの問題だと思っていたのだが、どうやらその範囲だけではなくなってきたらしい。


「あの、サラ様……エアリアルさんの壮大な計画って、いったいなんなんですか。いい加減教えてください!」


 先ほどから一番疑問に思っていたことをぶつけてみる。

 サラ様は一度目を閉じると、嘆息した。


『やつの、計画か? それは……人々の思考回路から別次元のエネルギーを引き出すこと、そしてそれを電力に変換して世に普及させること、だ』

「別次元の……エネルギー? そ、それっていったいなんなんですか!」

『まあ、それは……説明が、ひどく難しいんだが……。とにかく、それを取り出すために、町中の人間を実験台にするつもりのようだ。それが一番厄介なのだがな』

「な、なんだって?!」


 美空がまたひときわ大きな声をあげる。


「実験台……ってなんだよ!? 映画館で聞いたときは個人情報が悪用されるかもってことぐらいだったぞ。だ、大丈夫なのか? そんな……危険なんじゃないのかよ?」

『まあ、個人情報についてはその程度だろうが……思考回路のデータについては違うな。やつの計画では、人間が思考するときの脳の電気の流れ方を解析し、それを違う機械でトレースすることによって、宇宙の別次元からエネルギーをひっぱる……そうなのだが、その際に思考元となった人間の脳に、なんらかの障害を及ぼすことがあるらしい。危険といえば危険だな』

「はあ? なんだって?! そ、それ……さっき、あのターとかいう女の子を喰ってわかったんだろ? 梁子の神様! ど、どうにかそれ、食い止めなきゃ……やばいだろうが!」

『ああ。その通りだ。よって必ず、阻止せねばならん。ゆえに、これからあの女科学者のところへ乗り込む。もはや一刻の猶予もない。行くぞ梁子』

「えっと……あの……これからですか? それって、エアリアルさんを食べるってことですよね?」

『そうだ』

「……わかりました。行きます」


 梁子は一瞬うつむいたが、すぐに顔をあげてそう言った。

 すると横にいた千花が立ち上がる。


「サラ様。これを見て」


 千花は、手元の携帯端末の画面をみんなに見えるようにした。

 そこには大井住市の地図が表示されており、何か所か赤いマークが点在している。


「これは、エアリアル博士が買ったと思われる土地。さっき、市役所のデータをハッキングして確認した。大井住学園を中心として、計10か所ほど円を描くように点在してる。そのうちのいくつかは、何かを建設している形跡がある。これらの建物は……きっとその電力を生み出すための施設」

『ふむ……。このわずかな時間で、よくそこまで調べられたな。さすがだ、千花』


 サラ様は、千花の携帯の画面を覗き込むと大きくうなづいている。

 千花は画面を操作して、さらに独特なかたちの鉄塔の写真を表示させた。


『たしかに、これは衣良野の記憶にある、発電施設と酷似している。まだ試作品らしいがな……これが起動するときは、すでに実験開始の時らしい。あの女科学者は、ここに住む人間たちがどうなろうとおかまいなしなのだ。まったく、胸糞の悪い……』

「あとね、博士の論文もいくつか参照したんだけど……彼女はダークマターとダークエネルギーの研究もしていたの。ダークマター、暗黒物質……いまだどんなものなのかくわしいことがわかっていない未知の物質だけど、それを解明できれば重力などの仕組みがわかるとされてる。宇宙と人間の脳の構造が似ている、っていうのは千花もきいたことがあるけど……もしかしたら博士はそれらをひとつに関連付けたのかも……。だとすると、すごく危ない。未知の物質が暴走したとしたら……世界的な影響がでるかもしれない。サラ様、千花も行く! トウカ様、いいでしょ?」

『困ったものじゃ。これも、その女科学者とやらの思惑通りなのかもしれんぞ。蛇の、わらわたちは逆におびき出されておるのではないか?』


 わずかな危惧を口にするトウカ様に、サラ様は毅然として言った。


『そうだろうな。だが、このまま何もしない、というわけにもいかぬ』

『ふむ……いささか乗り気ではないが、仕方ないの。上屋敷家にだけ責を負わせるわけにもいかぬしな……よし、わかった。わらわたちも参ろう』

「え、いいのですか、トウカ様。サラ様?」


 千花たちもついてくるということに、梁子は急に不安になる。

 すがるように見上げると、サラ様は瞑目して言った。


『相手は、どんな対応をしてくるかわからぬ。ゆえに、いざというときには、わしは大庭家のことまで気が回らぬぞ。それでもよいなら……』

『はなから、そんなことは承知の上じゃ。みくびるな、蛇の。わらわたちも自らの身を守ることを優先するわ。お主らこそ覚悟しておけ』

『承知。ではそろそろ行こうか。こういったことは、早い方がいい。先も言ったがな』

「あ、あの、アタシたちは……?」


 そんな中、美空がおずおずと口を開くと、サラ様は一刀両断した。


『お前たちは、来るな。もともとわしらがやつに関わったのが始まりだ。これ以上、お前たちを巻き込むわけにはいかん。そうだろう、梁子?』

「ええ。エアリアルさんのところへは、わたしたちだけで行きます。どうにか、事を治められるといいんですけど……万が一ということもありえますからね。そうなったら、美空さんたちが危ないです。せっかくできたお友達を……守りきれないと嫌ですから」

「そんな! アタシだって、あなたたちの役に立ちたいよ!」

「美空さん」

「……」


 美空は、急に意気消沈して言葉を詰まらせる。言ってはみたものの、実際どんな役に立てるか思いつかなかったのだろう。そんな美空に、ゲンさんが声をかける。


「ミク……オイラも、もうあまり力が残ってません。こう言ってはなんですが、ついて行ってもあまりみなさんのお役には立てないと思います。こんなオイラで、すみません。でも、いざというときにミクを守れなかったら、オイラだって後悔してもしきれません。みなさんの言うように、ここで大人しく待っていませんか? ね、ミク……」

「ゲンさん……」


 美空はゲンさんをそっと抱き上げると、辛そうに笑った。


「うん、わかったよ。アタシらには、何もできないんだね。ここで、待っていることしか……」


 そんな美空の手を千花がそっと握る。


「美空さん、帰ってきたら思う存分恋バナしよう……。だから、千花たちの帰りを待ってて」

「千花ちゃん……。それ、何か死亡フラグみたいだからやめて。でも……うん、いいよ。思う存分語り明かそう! アタシも、もっとゲンさんとののろけ話、したいしね。約束だ!」

「うん、約束。あんまりされると、妬ましくなるけどね……」

「ははは」


 千花から思わぬことを言われ、美空は笑う。

 今日集まったのは、そもそもこれが目的だった。女友達同士で楽しく語り合う。それだけが望みだったのに。どうして、なぜ、いつからこんな風にになってしまったのだろう。

 梁子はふと、真壁巡査のことを思い出した。

 ここにいる二人に話したかった。自分から遠ざけたあの男性のことを。彼は、今も元気でいるだろうか。自分がこれから人殺しをしにいくと知ったら、どう思うだろう。


 ゲンさんが力を解除して、時間の流れがもとに戻る。

 以降はエアリアルの話はできない。全員が、無言のまま玄関へと向かう。


「じゃあ、お邪魔しました。また、三人で会いましょうね……」

「ああ。梁子、千花ちゃん、二人とも気を付けてな」

「うん、美空さんも……ちゃんと戸締りしてね」

「うん。じゃあな」


 手を振る美空とゲンさんを残し、小泉邸を後にする。


 梁子と千花は、バス停に向かった。

 普通ならこのまま歩いて帰るのだが、こうしてバス停に戻っているということは、これからエアリアル邸に行くということだ。このことは当然、エアリアル側には筒抜けとなっている。二人は気を引きしめた。


「ねえ、梁子さん」

「……なんですか、千花ちゃん」

「千花ね、本当に恋バナ、したかったんだ。でも……しそびれちゃった」

「そうですね。わたしも……最近、失恋しちゃって。いろいろ聞いて欲しかったんですけど……」

「え? そうなの? 梁子さん、警官さんとうまくいってそうじゃなかったっけ」

「ええ、デートまではしたんですけどね。わたしからフッちゃいました」

「どうして」

「どうしてでしょうね。なんというか、合わないと思ったんですよ。ウチと真壁巡査の家とでは、環境がまるで違いますし。警察官の彼女になるなんて……家のことを思うとできない、って思ったんですよね」

「家の、って……サラ様のこと?」

「……ええ。そうです。ある人が、サラ様という屋敷神は呪術でできたものだ、って教えてくれたんですけどね。そのときはわたし、それを知らなくて……だいぶショック受けたんですけど……でもたしかにそれは当たってて。でも、それを言われたからって変えられるようなものじゃなくて。それがわたしには当たり前のことでしたしね……。でも、真壁巡査や、普通の人にとっては当たり前のことじゃなくって。そういうの、いろいろ考えてたら……好きでも無理だなって」

「好きでも無理……」


 言葉を反芻した千花は、何かを考え込んでいる風だった。

 話しながら歩いていると、いつのまにかバス停に到着する。時刻表と携帯の時間を見比べたが、まだまだバスは来なさそうだった。


「千花も、無理なのかな。不二丸とこれ以上距離を縮めるのは」

「千花ちゃん……わたしには、なんとも言えません。わたしは人間との距離もなかなか詰められないんですよ? やっぱりそこは美空さんに聞かないと」

「そうだね」

「うわ、ひどいですね! 即答! ああ、でも本当……いい恋愛したいですよね。美空さんみたいに」

「うん……そうだね」


 何台かの車が目の前を通過していく。しばらく待つと、遠くの信号付近にバスの姿が見えてきた。


「あ、もうすぐですね」

「うん」


 そんなことを言っていると、ふいに梁子の携帯が鳴る。

 画面を見ると美空の家からだった。映画館に行く前に、待ち合わせの件で電話したのを思い出す。何か伝え忘れでもあったのかと出てみると、なんと美空ではなくゲンさんだった。切羽詰まったような声が聞こえてくる。


『あ、梁子さん! 良かった、出た』

「どうしたんですか? 何か忘れ物でもあったんですか、ゲンさん」

『いえ。すいません、す、すぐ戻って来てください! ミクが、ミクが!』

「なんですか? 美空さんがどうかされたんですか?」

『さ……』

「さ?」

『刺されました。暴漢が来て。す、すぐ救急車を呼んでください! お願いします! オイラではこちらにリダイアルすることしかできなくて! お、お願いします!』


 梁子は一瞬、頭の中が真っ白になった。


「どうしたの? 梁子さん?」


 血の気が引いていたが、千花の言葉で我に返る。


「あ、そ……その。た、大変です。美空さんが刺された、って……」

「えっ?」

「よ、よくわかりませんけど、も、戻らないと……」


 手元の携帯を握り直し、震える指で119を押す。そして、足元をふらつかせながら、懸命に走りはじめた。

 嘘。お願い。嘘であって。

 そう思いながらも、嫌な想像が次々と湧き上がってくる。


『まったく、何が起きたのだ……』


 サラ様の困惑するような声を聞きながら、梁子たちは信じられない思いで小泉邸へと向かった。

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