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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
4軒目 犯罪者の棲む家
78/110

4-11 小泉邸の団欒

 美空の家のリビングは、見違えるようにきれいになっていた。

 梁子が何度も片づけに通ったせいもあるが、美空が自主的に掃除したせいでもある。散らかっていたゴミやゴミ袋はひとつもなくなり、家具もすべて拭き上げられていた。


「おじゃまします」


 そこへ、小柄な千花がトコトコと入っていく。

 歩くたびにふんわりとしたスカートや、長い黒髪が揺れる。その様を、美空はぼーっとしながら眺めていた。だがすぐにハッと我に返る。


「いけない、いけない……。ごほん! い、今、お茶入れるからさ。みんなその辺に座っててよ!」

「うん」

「あ、ありがとうございます。美空さん」


 梁子たちはソファに腰かけると、あたりを何気なく見回した。

 ガラスのローテーブルがピカピカになっている。足元のラグも、掃除器で取りきれなかったゴミがきれいになくなっていて、全体がどことなく小ざっぱりとしていた。梁子はひそかに感心する。


「はあ、美空さん、わたしが来ない間にずいぶんと頑張ったんですねえ……」


 千花はと見ると、ダイニングテーブルの上の花瓶を眺めていた。そこには黄色い西洋水仙が活けられている。あたりに爽やかな香りが漂い、そこだけ文字通りパッと華やいでいるようだった。

 見慣れないものだったので、梁子が尋ねる。


「美空さん、このお花……どうしたんですか? どこかで買ってきたんですか?」


 すると、美空は冷蔵庫から大きなペットボトルを取り出しながら応えた。


「あ、それね。庭に咲いていたやつなんだ。外を掃除してたとき見つけてね。綺麗だったから飾ってみたんだけど……変かな?」

「いいえ! 素敵ですよ、こういうの」

「うん。千花も……いいと思う」

「そうかい? へへへ」


 美空は照れて、勢い余ってグラスに注いでいた飲み物をあふれさせてしまった。

 あわててペットボトルの口を上に向けるが、間に合わない。

 あわわ……と台所の上にこぼれた液体を拭いていると、足元にいたゲンさんが感極まったように泣き出した。


「ああ……もうオイラ、感激です! ミクがこんなふうにお客様をおもてなしするようになるなんて! あと、お花を飾ったりもするように……ああ、本当にこれは、梁子さんたちのおかげです! なんとお礼を申し上げて良いのやら!」

「ちょっと、ゲンさん。大げさだよ……」


 笑顔でゲンさんをたしなめつつ、美空がお菓子とグラスの乗ったお盆を運んでくる。

 サラ様とトウカ様はいつの間にか姿を現し、梁子たちの真上に浮かんでいた。

 トウカ様だけはずっとそわそわしている。外の「庭」が気になるらしい。じっと窓の方を眺めていたが、ふっと美空の方に視線を移す。


『……お主はここに、一人で住んでおるのか? 美空とやら』

「え、あ、まあ……両親は海外にそれぞれ単身赴任してるんだ。長いこと、帰ってきてない。だから今は……アタシとゲンさんだけだよ」

『そうか。お主らだけで……』

「うん……。あ、それより二人ともコレどうぞ。喉、乾いてるだろ?」


 美空はそう言って、梁子たちの前にグラスを置く。

 やはりなにがしか心境の変化があったらしい。以前であれば、さっきのような質問をされたときに無視するか、逆に「お前には関係ない」などと食ってかかっていた。美空の成長に、梁子は思わず嬉しくなって、顔がにやけそうになる。


「ありがとうございます。では、いただきますね。美空さん」


 あわてて口元を押さえながら、グラスに手を伸ばす。美空は不思議そうにこちらを見ていたが、構わずに口をつけた。……と思ったが意図せず咳き込む。


「げほごほっ! な、なんですかこれ! か、変わった味……」

「ん? これかい? ハトムギ茶っていうんだけど……口に合わなかった?」

「鳩麦茶? 鳩のエキスかなんかが入っているん、ですか? だからこんな……」

「はあ? 鳩のエキスってなんだよ、気持ち悪い。ハトムギっていう植物のお茶だよ……。ええと、健康にいいっていうから、ちょっと買ってみたんだ。アタシはまだ飲んだことなかったんだけど……そんなに変なのかい?」

「い、いえ……ちょっと想像と違ってただけです。てっきりウーロン茶か何かだと思ったので……。そうですか、ハトムギ茶……でしたか」

「ハトムギ茶、千花はわりと好き。シミ、シワ、ニキビなどの肌トラブルの改善、美白、新陳代謝力アップ、便秘解消、などの効果もあるし……栄養もたくさんある」


 そう言って、千花はすました顔で飲んでいる。

 今のは、携帯端末で調べているようには見えなかった。何も見ずにそらんじていたので、もともと知っていた情報なのだろう。


「家でも飲んでいたし、大学でも……学んだ。ハトムギは数珠玉っていう植物とほぼ同種。仏具に使われることはないけど……そういう名前なの。美空さん肌白いし、綺麗だし……こんなの飲む必要、あまりないと思うけど」

「いやいやいや。千花ちゃん、なめてもらっちゃあ困るよ! アタシはこれでも引きこもり歴が長いんだ。食生活の乱れには誰よりも自信があるよ! 肌が白いのは生まれつき。それとめったに外に出ないからだ。放っておいたらお肌も体の中もボロボロ! だから必要ありありだ!」

「……」

「美空さん、それ、自慢するとこじゃないです……」


 千花がきょとんとしていたので、梁子がすかさずツッコミを入れる。


「そうか? まあ、いつだって女は綺麗で、健康でいたいもんさ。なんにせよ、アタシはこれを飲み続けることにするよ。梁子も、どうしても飲めないっていうんじゃなければ、せっかくなんだ。飲んでみてくれ」

「そうですね。わたしも綺麗になりたいですし……ではいただきます。お菓子も出していただいたことですしね。一緒に食べれば……」


 そう言って、梁子は木の器に入っていたお菓子をつまむ。


「むむっ。こ、このクッキー。これもなんか違いますね。甘みが普通よりもやさしいというか、なんというか……」

「おっ、気づいたかい。それはね、おからのクッキーだよ!」

「おから……」

「おっと、千花ちゃん、次はアタシに説明させてもらえないか? おからというのは、大豆から豆腐を作るときに、豆乳を絞った際に出る絞りかすのことだ。要はゴミ。でもたくさん食物繊維があるからね! こいつも便秘解消にはうってつけってわけだ。そして、なにより糖質も抑えられる! って……これはこのお菓子の宣伝文句うけうりなんだけどね」

「美空さん……便秘なんですか?」

「梁子っ!? だからっ、アタシは……あんまり外に出ないから、運動できないんだってば! もう、それ以上言わせんなよっ!」

「はい、すいません……」


 どうやら美空は便秘らしい。引きこもりの悲しいさがなのだろう。

 健康に気を付けはじめたようだが、それにしても、いったいどこで買ったのだろうか。


「あの、美空さん、これって……薬局で買ったんですか? あの、駅前にある……。たしかこういうのがいろいろ売ってた気がしますが、もしかして独りで行かれたんですか?」

「あ、いや、その……」

「えっ、行ったんですか?! す、すごいじゃないですか! わたしが今回の映画に誘わなくても美空さん独りで……」

「い、いや違うんだ! 行ってはみた。だけど、その……レジまでは行けなくてな……」

「はい?」

「そうなんです」


 もごもごと口ごもる美空に代わって、ゲンさんがテーブルの上に登ってくる。


「このあいだ、一回オイラと外に出てみたんですけど……その時に薬局まで行ってみようかってことになって。でも、結局会計まではできなくて……。しかたなく同じものをネットで購入することにしたんですよ。だから、これは自宅に配送してもらったやつなんです」

「そうだったんですか……。でも、よく『外出しよう』と思われましたね?」

「いや、まあ……散歩に出たのは夜遅くだったんで、人もそんないないだろうってな。……でも、無理だった」

「まあ、美空さん……少しずつ行きましょう。ね?」

「ああ……」


 ぽり、ぽりと美空は肩を落としながら、クッキーを食べはじめる。なんとなくしんみりしていたが、それを千花の一言が打開する。


「ねえ、あの……そろそろ『秘密の女子トーク』、しない?」

「え、あ、そうでしたね! そうそう、女子会! ええ、そのために来たんでした。ではゲンさん。その……時間の方、お願いできますか?」

「はい。あ、ミク……」

「うん。ゲンさん、お願い」

「わかりました。では……」


 ゲンさんは美空と顔を見合わせると、こくりとうなづきあった。

 そして両手を上に伸ばし、目を閉じる。しばらくすると、風に揺れていた窓の外の木々がぴたりと止まった。見た目にはあまり変化はないが、どうやら時が止まったようだ。


「はい、もういいですよ。このリビングの中と、外界を遮断させました。この部屋以外はすべて時が止まっています」

『……そうか。では、話の続きをしよう』


 そう言って、腕を組んで瞑目していたサラ様がゆっくりと顔をあげた。

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