4-10 女子会
「ということは、梁子さんはその博士の家に行ってから……いろんな不思議に遭遇しはじめた、ってことなんだね」
「はい。たぶん」
サラ様がいない間、梁子は、簡潔に今までのことを千花たちに説明していた。
千花は、まずそれらの情報と、サラ様が話していたことを頭の中でまとめる。そして誰にとってもわかりやすい言葉で話すので、梁子と美空はその頭の良さに舌を巻いていた。
「はへー、やっぱ千花ちゃん、すごいな……。おかげでアタシにも少しだけ理解できた気がするよ。つまり、梁子がアタシと出会ったのは、その『お茶』を飲んだからなんだな? 普通だったら、一般人がゲンさんを見つける、なんてことないもんな」
ゲンさんと顔を見合わせながら美空が言う。
「そう。でも、正確にはさっきの『ター』とかいう女の子が、空を飛んでいるのを目撃してからになるのかもしれない。いや、すべての始まりは……もっと前。たぶん、もっと以前から梁子さんは目をつけられてたんだと思うよ。事前になんらかの誘導を……仕掛けられていたはず。そうじゃなきゃ、わざわざ隠れ住むようにしていたその博士の家を、梁子さんたちが見つけ出せるわけないんだ……。ねえ、梁子さん、何か心当たりはない?」
「えっ? えっと、特には……」
「そう。じゃあ違う質問。その博士の家は、今どこにあるの?」
「ええと……高速のインターチェンジの北のあたりですよ。前は西大井住にあったんですが、北大井住の方に引っ越されたんです。一度逃げられた、っていうか……あ、でもサラ様がそのときも新しい場所をつきとめてくれました。そしたらそこにはまったく同じ家が建っていたんです。わずかな期間で、それはもう細部まで完全に同じものが……。もうビックリしましたよ。幻影でできているから、すぐに再現できちゃうんですって。すごいですよね」
「幻影で? それはたしかに、すごいね……。いったいどういう仕組みなのかな。エアリアル博士、か。魔法を科学で解明しようとした人……やっぱり、ただ者じゃないね。えっと、他になにか情報は……と」
また携帯端末で何かを調べはじめたので、梁子たちはそれを見守る。
美空がこっそりと梁子に耳打ちしてきた。
(なあ、千花ちゃんってさ、さっきもだけど、頭を使う場面になると急に饒舌になるよな。ってか、キャラ変わってない?)
(え、ええと……昔からそうなんですよ。いつもはポーッとしてて、必要最小限のことしかしゃべらないんですけど……)
(はー、本当に頭のいい子なんだな)
(自慢の親戚です。実は飛び級してるんですよ、彼女)
(えっ、本当か! 可愛くて、それに頭もいいなんて……う、うらやましい!)
(はあ、同感です……)
美空と梁子がうらやましがっている間に、千花はあるページを開いていた。
「ふむ、なるほど。そこ以外にもいくつか土地を買ってるみたいだね。あと、大井住市近辺の住民の調査とかも……してたみたい。博士があの大学に勤務するようになったのは、数年前からみたいだから、たぶんその時から、いろいろ準備してたんじゃないかな」
「ちょ、ちょっと千花ちゃん? いったいどうやったらそんなに色々とわかるんだい? どっかに全部書いてあんの?」
あまりの調査スピードに、美空が思わず突っ込みをいれる。
だが、そんなたいしたことないという風に千花は答える。
「うん、雑誌のインタビュー記事。海外のだけどね、そこに書いてあった。『とても興味深い土地を見つけた、そこに自分の研究の可能性を感じた』だってさ。熱く語ってるよ」
「へ、へえ~」
「そうか……もしかしたらそのときに梁子さんの家のことを知ったのかもね」
「え? どういう意味ですか?」
ひとつの結論に達した千花に、梁子は疑問符を投げかける。
「資産家たちのピックアップもしてたんだよ、きっと。研究の拠点となる、国や街の出資候補者たちを事前に調べておくのも、研究者だったらするかもしれない。莫大な費用がかかるとわかってたんだろうね。……ってことは」
それを聞いて、梁子は背中に氷柱を入れられたようになった。
それは千花も同じだったようで。
「千花も……同じ? 目を付けられていたのは、千花の家も……。きっと、遅かれ早かれ、どこかに誘導されていた。現にこうして映画館に……。梁子さんが選ばれなかったら、千花がその代わりに……なってたんだ」
『千花、それは少し考えすぎではないか?』
考えが飛躍しすぎていると感じたトウカ様が待ったをかける。
だが、千花は譲らなかった。
「ううん。こういうのは、少し考えすぎくらいがちょうどいいよ。向こうは千花よりかなり上手。だから……本当ならもっともっと綿密に予測しなきゃいけない。ああ、こうしている間にも……」
「そうですね。なんだろう、わたしとても嫌な予感がします……」
「うん。梁子さん、サラ様の言ってた……『壮大な計画』ってなんだろう。千花、それもすごく気になるよ……」
千花は恐怖心を払拭するように、また携帯端末でエアリアルの経歴を調べはじめた。
「もっと博士のことをよく調べなきゃ。ん? これって……」
画面のある一点を見つめる千花。その目が、徐々に見開かれていく。
「そうか! だとしたら、やっぱりこれは大井住市、ひいては世界全体が危ないかも……」
「えっ?」
『なんじゃと?』
不穏な言葉が、また千花の口から飛び出す。梁子をはじめ、トウカ様も驚きの声をあげた。
そこへ、ちょうどタイミングよくサラ様が戻ってくる。
『ああ、喰った喰った。しかしあんなものをいくら喰らっても、新しい情報は得られなんだな。また複製体を作られるかもわからんし……あくまで一時しのぎ、か』
ぶつぶつ言いながら、サラ様はゲンさんに目を止める。
『ゲン、あと残り時間はどれくらいだ?』
「えーと、あ、あと残り一分もないかと……」
『そうか』
サラ様は梁子の前まで来ると、皆を見回して言った。
『よし。では、先に伝えておこう。皆の者……よいか、今後いっさいエアリアルの話はするな』
「えええっ? ど、どうしてですか!」
梁子がひときわ大きな声をあげる。
『どうしてって……口外すればそれに準じた制裁を受けると、そういった契約をしただろう。あんな契約いますぐ破棄してやりたいところだが……あの女科学者が目の前にいないことにはな、それもできん』
「ああ、そうでした! でもサラ様。みなさん、まだ納得できてないみたいですよ。わたしもですし……もうちょっと詳しい話をしておいたほうが……」
『ダメだ。またあとで話せ。こちらの作戦を気取られるおそれがある。どうしてもというなら、ゲンが時を止めた時だけにしろ。とにかく……今はもう時間がない。全員、席に戻れ!』
「ええっ、はっ、はい!」
サラ様とトウカ様は姿を消し、梁子たち三人も急いで元の席へと戻った。
全員が着席すると、美空の掌の中でゲンさんが腕を下し、一気に時が動きだす。観客たちが次々と我に返っていく。
異常にまっさきに気付いた者たちがざわつき始め、劇場内にアナウンスが流れた。
『魔法猫ファンネーデルをご鑑賞中の皆様に申し上げます。現在、なんらかの不具合が発生し、上映が中断されました。原因が不明のため、上映をいったん中止させていただきます。大変申し訳ありません。つきましては、速やかに劇場よりご退出願います。また危険が想定されますので、中央の卵型の装置には絶対にお手を触れないよう、お願いいたします。なお、本日の鑑賞料金についてですが、速やかにご返金させていただきます。詳しくは後ほど入り口付近の自動券売機にてお手続きをお願いいたします。重ねてお詫び申し上げます。できるだけ速やかな復旧をお約束いたしますが、今後の上映スケジュールは未定となっております。引き続き、魔法猫ファンネーデルをご鑑賞中の皆様に……』
電子的な声が繰り返される。
いったい、誰がこの内容を考えたのだろう。まるで最初から、このような事態が想定されているようなアナウンスだった。
たしかに、なんらかのトラブルは営業を続けていれば起きるだろう。けれどこのアナウンスは明らかに天災や火災などの内容ではなかった。この映画は、エアリアルによって、ほぼ完ぺきに作られたシステムだ。機械自体のトラブルなど、本来であればあり得ないはず……。
梁子たちは不気味に思いつつも、他の観客たちとともに劇場を出た。
入り口付近の自動券売機には、たくさんの人が詰めかけていた。いくらレイトショーの時間帯でも、他の劇場の観客たちを合わせるとかなりの数になったらしい。
梁子たちは返金してもらうのを諦めて、大井住ムービーランドを後にした。
「なあ、ちょっとウチまで来ないか?」
バス停付近まで来て、美空が言った。
「まだ話し足りないしさ。どうだい?」
「ええ、いいですよ。少し時間が遅くなってますけど……わたしは大丈夫です。あ、千花ちゃん。美空さんの家、わたしたちの家からも千花ちゃんたちの家からも割と近いところにあるんですが大丈夫ですか?」
「うん……大丈夫だと思う。家に一応連絡しておく。梁子さんが一緒にいるなら、許してくれると思う、たぶん。近所だったんだ、美空さん」
「そうみたいだな。アタシはまだみんなの家、知らないけど……。よっしゃ、じゃあ、決まりだな! あ、そうだ。ウチでさっきの『女子会』の続きするんだったらさ、ゲンさんのために『急いで』ほしいんだ。二人とも、できるかい?」
「女子会?」
「女の子がする秘密の話……って言ったらそう呼ぶだろ」
「ああ、なるほど」
「で、どうなんだよ。できるのか?」
「ああ……はい。たしか、焦る気持ちが必要なんでしたよね? ゲンさんが力を使うには」
「そうそう」
「わかりました。やってみましょう」
「千花も……まだ気になることがあるし。やる」
「よしっ、そうと決まれば!」
三人は、バス待ちの列の最後尾に並んだ。
「……ああ! ごほん、早くバス来ねえかな~! 急いでんのに!」
「そ、そうですね。早く早く! バス、来ないですかねえ?」
「えっと……千花、足踏みしようかな? 足踏み!」
三人はいきなり怪しい行動をしはじめた。きょろきょろとあたりを見回したり、激しい貧乏ゆすりをしたりする。かなり不審だ。まわりに頭のおかしい子たちと思われたかもしれない。
事実、通行人たちは遠巻きに眺めながら誰もかかわろうとして来なかった。視界に入れても、極力見ないようにしている。目の前に並んでいる人たちも同様だ。努めて無関心をよそおい、無視を決め込んでいる。
梁子は少しだけ恥ずかしかったが、これも女子会のため、と割り切った。
「ええと……まだですかね、まだですかね?! もう、早く来てください!」
しばらくすると、梁子の必死の願いが届いたのか、バスが到着した。三人はそわそわし続けながら乗り込む。椅子に座っても、また激しく貧乏ゆすりをしたので、他の乗客たちから梁子たちは白い目で見られた。
(ううう……早く、早く目的地について欲しいです! は、恥ずかしい……!)
梁子は涙目になりながら、それでも貧乏ゆすりはやめられなかった。




