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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
4軒目 犯罪者の棲む家
75/110

4-8 開幕

 映画が始まる。

 真っ白な視界の中央に3つのアルファベットが浮かび上がる。


『ASP』


 あれは、企業のロゴだろうか。

 続いて映画のタイトルが表示される。


『魔法猫ファンネーデル』


 文字が消え、白い靄も晴れていくと、現実かと見紛うような映像が目の前に展開されていく。



 険しい山々の映像。

 そして、その裾野には豊かな自然が広がっている。


 静かな村の情景。

 その村はずれにある、古い教会。

 その教会に、何者かが五歳ほどの女の子を連れてやってくる。彼らの服装はボロボロだ。


「いいかい、今日からここがお前の家だ。誰かが来るまでずっとここにいるんだ。いいね?」

「おとうさんと……お、おかあさんは?」


 寒風が吹きすさぶ中、少女は涙目で尋ねる。


「お前の母親は……もういない。父親もお前を捨てた。もう養っていかれないんだ。私も頼まれてお前をここに連れてきた。さあ、もうお別れだ」

「待って、行かないで!」

「残念だがここでお別れだよ」


 何者かが去ると、残された少女は途方に暮れる。

 周囲は日が暮れてきて、だいぶ薄暗くなっていた。

 暗がりの中で少女の瞳は赤々と光る。まるで血のようなその色は何度か瞬き、その後固く閉ざされた。


 しばらくすると教会関係者と思しき老女が、建物から出てくる。


「おや。そこにいるのは誰です?」


 少女がゆっくり振り向くと、老女は目を見開いた。


「おお……! なんと『美しい』! その宝石のような輝きは……ああ、これぞ神の与えたもうた『宝石加護』の子! 神の御使いに違いない!」


 老女は、寒さに震えていた少女に温かい食事を与えると、手厚く保護することにした。

 少女はその後、瞳の色と同じ宝石の「ガーネット」という名前が付けられる。


 そして時が経ち、少女が7歳になった頃――。

 ユリオン村にひどい干ばつが起こった。

 作物は全滅し、食糧難から多くの死者が出た。


 その一帯を治めるユリオン男爵夫妻は困り果て、教会の門戸を叩いた。


「お願いだ。領民たちが飢饉に苦しんでいる。この教会では『宝石加護持ちの子』がいるそうだな。どうか我々のためにも、その子を引き取らせてはもらえないだろうか。奇跡の力でこの地にまた、豊穣をもたらしてもらいたい」

「あの子は、神の御許にいるのが一番なのですが……。わかりました。そこまで望まれるなら、神もお許しになられるでしょう。では、しかるべき手続きを行ってください」


 教会の老女は初めの方こそ渋っていたが、この夫妻の度重なる嘆願についに折れることとなった。


 ガーネットはこうして、新たな養父母の元へと引き取られた。

 ユリオン夫妻の養女になると、ガーネットはすぐに村に奇跡をもたらした。


 恵みの雨、作物の急成長、豊作……。


 その一連の奇跡は、彼女が村からいなくなるまで続いた。



『……梁子、梁子!』

「えっ? サラ様?」


 突如映像が遮断され、現実世界に引き戻される。

 あたりを見回すと、千花と美空がこちらを見ていた。サラ様も実体化している。梁子は驚いてさらに周囲を見てみた。動いているのは自分たちだけだった。他の人間は硬直したように椅子に座ったまままばたきもしていない。


「ど、どういうことですか?」

「オイラが時間を止めたんです」


 美空の手にはまだゲンさんが握られていた。得意げに語るゲンさんはにこっと笑ってみせる。


「どうして……。サラ様?」

『梁子、あの映像だが……わしらにも見えていた。やはりただ事ではない』

「えっ? それって……あれは人間の脳に干渉する機械ですよ、神様であるサラ様が見れるはず……」

『そのことなんだがな。この現象、やはり全てが「科学」ではなかったようだ。おい、藤の』

『なんじゃ蛇の』


 声掛けに応じて千花の屋敷神、トウカ様も実体化する。

 いきなり目の前に着物姿の童女が現れたので、初見の美空はすっとんきょうな声をあげた。


「んなっ、なななっ、何? ち、千花ちゃんにも何か憑いてたのかよ?! ていうか、この子もめちゃ可愛いな……。梁子、これが『少々特殊』ってやつか? 全然、少々じゃないぞ!」

「すいません。だから……わたしからは事情があってうまくお話しできなかったんですよ……。というか、美空さんの前で姿を現していいんですか、トウカ様?」

『こんな不思議な小人を手元に置いておるんじゃ。この娘は、わらわたちのことも口外する気はないじゃろ。それよりも蛇の、わらわに何を聞きたいんじゃ?』

『あの卵から「力」の流れを感じたが、お主は何か感じたか?』


 サラ様に問われて、トウカ様はわずかに思案する。 


『そうじゃな。たしかにわらわも……妙な「波動」を感じたの。あの中に、何かあるようじゃ』

『やはりお主もそう感じたか。おい、ゲン』

「は、はいっ」


 急にサラ様から声をかけられて、ゲンさんはびくっとしながら背筋をぴんと伸ばす。


『お前、あの卵を開けられるか?』

「へっ?」

『何者かがあそこにいるのなら、そいつはどうにかしてあの卵を開閉させて入っていったはずだ。だから卵だけの時間を動かして開けてみろ』

「えっと……中の人物は動かさないで、ということですね?」

『そうだ』

「わかりました。やってみます。幸いここには『早く映画を観たい』と思ってやってきた人たちの思念がたくさんありますからね……よっと」


 ゲンさんは軽く目を閉じると、両手を卵に向けた。

 すると卵の上半分がゆっくりと持ち上がっていく。数本のジャッキのようなもので支えられていたようだ。中に誰かがいる。その姿がしだいに露わになっていく。


「えっ? あの人は……」


 思わず梁子は立ち上がる。中にいたのは、エアリアル邸で見た、猫の精「ター」だった。


「どうしてターさんが!」

『あの者がいるということは……やはりあの女科学者がかかわっているようだな』

「ほ、本当にターさんなんですか? 別人じゃ……」

『だったら確かめてみるか? 近くへ行って、あいつの止まった時を動かしてみようではないか』

「は、はい……」


 移動しようとして、梁子はふと千花が気になった。

 千花は、じっと一点を見つめたまま動かない。


「ち、千花ちゃん?」

「ごめん……梁子さん、美空さん。やっぱり危険だったみたい……だね。千花がこんなお誘いしなかったら、こんなことには……」

「そんな! 千花ちゃんのせいじゃないですよ。それに、危険かどうかはまだわかりません。あの子に聞いてみないと」

「梁子さん……」

「千花ちゃん、アタシもよくわかんないけどさ、たしかに梁子の言うとおりだよ。千花ちゃんは悪くない。あそこにいる人もどうやら梁子たちの知り合いみたいだしさ……あとは任せてみようよ。アタシもこれがどういう状況なのか知りたいし。結局は機械じゃなくて、人が動かしてたってことなんだろ? だったら詐欺じゃないか! ちょっと文句言ってやる」


 美空は拳をつくって凄んでみせる。

 その態度に、千花はわずかに微笑んでくれた。


「ええと、美空さん……。まあいいです。じゃあ、さっそく確認しに行きますか」


 微妙に間違っていた気もするが、美空の言うことも一理あったので、梁子は何も言わないでいることにした。

 そして三人は卵の元へと向かった。


「うわ……いろんな機械がくっついてますね……」


 梁子は近くでじっくり観察して驚いた。卵の中にはちょうど一人分の座席があり、そこにターがすっぽりと収まっている。卵の殻の内側にあたる部分には、モニターや機械のコード類がびっしりと張り巡らされていた。ター自身は、ちょうどモニターがあった部分を見つめたまま時が止まっている。

 モニターには、劇場内の様子が360度映し出されていた。

 ということは、ターには梁子たちが来たことを把握されていた、ということになる。


「それじゃあ、そろそろいいですか? その子の時を戻しますよ?」

「はい、お願いします」


 ゲンさんが皆に確認をとると、手をターの方に向けた。

 しばらくして、黒いワンピースを着た少女が動き出す。


「ん? あれ? なんで……」


 目の前の光景に理解が追いつかないのだろう。卵の蓋が開いていることに驚愕している。やがて、その視線が移動し、梁子たちに定まった。


「上屋敷、梁子……。そうか。あはっ、やっぱりバレちゃったんだね。でも、さすがマスターだ。よくここまで『誘導』できたもんだよ」

「誘導……?」


 聞き捨てならない言葉に、梁子が疑問符を投げかける。


「そうだよ。君、ウチに来た時にHが出したお茶を飲んだだろう? あれは君の因果律を変えるためのものだったんだよ」

「因果律を変える?」

「オウム返ししかできないの? まあ、無理もないか。マスターの高尚な考えを理解できる人間なんてそうそういないもんねー。でも……Dを喰らっておいて、それでもわからないなんて君たち相当なおマヌケさんだよね。結局ここまでノコノコやって来ちゃうんだから」

「なっ……」


 バカにしたような笑みを向けられて、梁子は言葉に詰まった。たしかに、何も状況が理解できていない。因果律とはなんだ? 衣良野をサラ様が食べたことは、すでに向こうにも知られていたようだが……それとこれとがまったく結びつかない。

 梁子が動揺していると、サラ様が見かねて口をはさんできた。


『梁子はマヌケではないぞ』

「さ、サラ様?!」

『わしは理解していたが、あえてこいつには説明していなかった……。すでにこちらの情報が筒抜けになっていたものでな』

 

 サラ様の言葉に、ターが眉根を寄せる。


「何だって?」

『気づかぬとでも思ったか。因果律を変える……言葉はたしかにそれっぽいが、所詮は小手先の技術。衣良野を喰らってわかったわい。こちらの情報を逐一収集して、スーパーコンピュータに分析させる。そしてそこから導き出されるこちらの行動パターンを予測し、先手を打って対応する……。そうした一連の『システム』のことをお前は言っているのだろう? まあ、すべて衣良野が持っていた知識の受け売りだがな』

「ふふ、やっぱりそこまでわかってたんだ。ってことは……」

『そうよ。だから「わざと」梁子にはわしが知っていることを教えなかった。そして「わざと」ここへ来させたのだ。敵の懐に入ることも、作戦の内よ』

「ははは。そう、やっぱりね。どうりで最近動きがなかったわけだよ。どういう手を打ってくるのかわからなかったからやきもきしてたんだけど、そうか『わざと』だったんだね。それで? ここまで来てどうするつもりだったのさ」

『さてな。実際来てみるまでは確信が持てなかった。お前がここでどのように働かされているかまでは衣良野もよく知らなかったのでな……。とりあえず、「やつ」がかかわっていたということは確証が得られた。その「計画」をひとつ潰すくらいはしておこうか。梁子だけではなく、その友人たちも危険にさらされておるようだしな……』


 そう言うと、さっそく両者のにらみ合いがはじまった。

 梁子は二人の話を聞いていてもさっぱり事態が飲み込めない。


「えっと、あの……すいません。わたしまだよくわかってないんですけど……ど、どういうことですか?」


 またターにバカにされるだろうなと思いつつも、梁子は説明の機会を求める。

 すると、案の定ターが呆れたようなまなざしを送ってきた。


「はあ……ホントに、この人わからないの? だから……」

「なるほど、そういうこと」


 何か言おうとしたターの言葉をさえぎって、千花が口を開いた。その手には携帯端末が握られている。


「えっ? ち、千花ちゃん?」

「さっきの映画の最初に出てきたロゴ、気になったから今調べてみたの……そしたら、あの『ASP』というのは『エアリアル・シーズン・プレゼンツ』の略だった。エアリアル・シーズン……有名な女性の科学者。大井住大学でも客員教授をしていて……千花も見たことある人だった。あなたのマスターというのは、その科学者のこと。でしょう?」


 ビシッと名探偵のように言い切った千花に、一同は唖然とする。

 ターもぽかんと口を開けていた。


「ち、千花ちゃん……そ、その通りですよ。よく、看破しましたね?!」

「それくらい、二人の会話を聞いてればなんとなくわかる。ここの状況からも……」

「そ、そうですか」


 頭脳の差をあらためて見せつけられたようで、梁子は心なしかショックを受けていた。だが、それを生温かく見つめる視線が二つある。そちらの方を見ると、なんと美空とゲンさんが大きくうなづいていた。彼らも梁子と同じ立場なのだろう。梁子は少しだけ元気づけられた。


「それで……千花も誘導されたってことなんだね? ターさん?」

「えっ?」


 千花が、今までにないような険のある目つきでターを見ている。ターはにやりと笑って卵から降りてきた。


「だったらなんなの?」

「だったら? ……許せないな。単純に君たちの計略に踊らされてたこともだけど……サラ様と君の話が本当なら、たぶん、ここにいる人たち全員も何らかの実験に付き合わされてる。千花と梁子さんと美空さんだけじゃない……映画館に来た人全員が……。今日だけで何人ここへ来た? 千花はそれを知ってしまったら、どうしても許せる気がしない」

「そう。だから、なんなの? それがどうした?」

「人間を侮辱している……。頭のいい人はそれをいい方に使わないといけない。自分の私利私欲のために使ったら『破滅』しかない。君たちには、それを教えなきゃならない。トウカ様……」

『ああ。そうじゃな。面倒じゃが、仕置きが必要じゃろう』


 千花の背中におぶさるようにしていたトウカ様が、ふわりとサラ様の傍へ飛んでいく。


『蛇の。わらわも参加させてもらうぞ』

『ああ、それは心強い』


 猫の精と、屋敷神たちの戦いがはじまった。

共闘って熱いですよね。

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