4-6 入場
映画館の中に入ると、正面にチケット売り場があった。
スタッフはいない。代わりに箱型の自動券売機が置いてある。千花は10台ほど並んでいる真ん中あたりに向かい、携帯端末をそれにかざした。
「もう、三人分予約してあるから、まとめて払っておくね」
ピロンと電子音が鳴り、決済がはじまる。
「あ、はい。ありがとうございます、千花ちゃん」
「普段なら1800円だけど、レイトショーだから一人1600円……はいコレ」
出てきたチケットを千花が配る。
梁子と美空は財布を取り出し、お金と交換した。
「ありがとうございます。はい、コレ代金です」
「アタシも、コレ。ありがと」
「映画が始まるのは9時半からだよ」
「わかりました。じゃあまだ少し時間がありますね。飲み物とか買っておきますか?」
「うん」
「売店売店……と。ん?」
ぐるりとフロアを見回した美空が、右手に広間があるのを発見する。そこには飲み物や軽食などの、様々な自動販売機があった。ベンチやテーブルも設置されており、軽く休めるようにもなっている。
先陣をきって美空がそこへ向かった。梁子と千花も歩き出す。
「さてと。どれにしようかな……いろいろあって迷うなぁ」
「どれもおいしそう……」
「え? 200円? ペットボトルでこの値段ですか? こういうところって料金高いんですよね……まあ仕方ないか。必要経費ですね。うん、買いましょう! 微炭酸紅茶ッ!」
梁子だけが値段の高さにぶつぶつ言っている。ようやく決意したのか、選んだ飲み物のボタンを押す。すると、それを覗き込んでいた千花も続けて同じ自販機に端末をかざした。
「それ、千花も買う。あとポップコーンも」
「千花ちゃん?! けっこう食べますね?!」
さらに軽食を購入しようとする千花に、梁子は目をむく。
さっきまでクレープを食べていたのに、ポップコーンまでとは。千花は体型とか気にならないのだろうか。梁子は自分の体を見下ろして思う。
「千花は……もうちょっと太ったほうがいいらしいの。そうすればいろいろ成長する、ってトウカ様が。千花も、梁子さんみたいになりたい」
「えっ? ちょっ、それってどういう意味ですか? たしかに体重は若干ありますけど……」
「違う。そうじゃなくて……背が高くて、胸が大きいからいいなって、そういう意味。そういえばそっちの人も胸大きいね?」
「えっ? アタシ? ああ、まあね。でもその……千花ちゃんはそのままでいいんじゃないかな。うふふ。可愛さが神レベルだし。いや、憧れる気持ちはわかるよ? アタシだって、千花ちゃんぐらい可愛ければいいなあって思うさ。でも、それぞれいいところがあるんじゃないか? アタシにも、千花ちゃんにも……さ。所詮、ないものねだりだよ。あるものをありがたがらなきゃ」
「そう……だね。その通り。でも、千花は美空さんも……うらやましいって思ってる。特に恋愛面が」
「へっ?」
「小人さんとラブラブでうらやましいよ」
「はあっ? ど、どうしてそれを……。梁子?!」
「あ、えーとすみません。かくかくしかじかで話してしまいました」
「なんだって!」
秘密を暴露されたと知って、美空は怒りをあらわにした。鬼のような形相で梁子をにらむ。
「あなたを信じてたのに……ひどい! 勝手にバラしたのか?!」
「すいません。でも、三人で行くためには仕方なかったんですよ……」
「どうしてそれにこだわるんだ。そもそもいきなり三人じゃなくったって良かっただろう」
「そうなんですけど……」
叱責を受けて、梁子はだんだんと口が重くなる。
別に、ただ単に人数を増やしたかったわけではない。二人づつ集まるよりは、三人で合う方がよりいいと思ったのだ。
梁子は、二人のことを「友達として」もっとよく知るため。
美空は、家族以外の人とのかかわり方を知るため。
千花の場合は、おそらく恋愛について。
それぞれ知りたいことを、複合的に比較できた方がいいのでは、とそう判断したのだが……勝手と言えば勝手な行動だった。やはり美空を怒らせてしまった。
きっと秘密をペラペラとしゃべる口の軽い女だと思われただろう。弁解しようにも、どう言い訳すればいいかわからない。どうしようと悩んでいると、ふいに千花が助け船を出してくれた。
「美空さん、梁子さんを怒らないで。千花は誰にも話さないから、それは安心して……この三人だけの秘密。それは確実だから……。あのね、千花は……美空さんと同じように人ではないものを愛しているの」
「何? 今、人ではないものって言った?」
「うん、そう。千花は人間じゃないものを愛してる……。美空さんの秘密を口外しない代わりに、美空さんも千花の秘密を話さないって約束してくれる?」
「えっ? ええと……まあ……」
「じゃあ、話すね。あのね、千花は……千花の家で飼っている犬が好きなの。黒い柴犬で、不二丸って言うんだけど……」
「はあっ? 待て待て。まだ了承してないんだけど? ていうか犬? ど、どうして……。たしかに恋愛なのか、それ?」
「うん、恋愛。不二丸はただの犬じゃない。式神って言って、人の姿に変化できる……犬。それで、千花の片思いなの」
「そ、そう……シキガミ?」
「うん、とにかくね、今日千花は不二丸とのいろんなことを美空さんに相談したいって思って来たの。だから……わかって。それを知っていなければ、千花は今日ここに美空さんを呼んでない」
「そう……か。はあ、なんとなくわかったよ。千花ちゃんも結構『ワケアリ』なんだね。梁子が言ってたのはこういうことか……。口外されるとまずい相手なんて……ははっ、なんというか難儀だね。それに奇妙な縁だ。よしっ、守るよ約束。梁子も……ここにいる人間以外には、もう話すなよ。それで今回は許してやる」
「あ、ありがとうございます。よ、良かった……」
ふう、と三人とも軽い息を吐く。
一時はどうなるかと思ったが、千花の必死さに免じてもらえたようだ。
しかし、千花は不二丸への恋心をかなりこじらせているらしい。三人で会って正解だったと梁子は改めて思った。自分の恋愛遍歴では太刀打ちできない。これは、「その道」の先輩である美空にどうにかしてもらわなければ。
「で? 相談って? 今ここで話せることなのかい?」
「ええと……話すと長くなるから、千花のことは映画が終わってからでもいいかな?」
「うん、まあ……いいけど」
「ありがとう。あの……美空さんは……その小人さんと付き合ってるって言うけど、それってどういう感じなの?」
「どういう感じって? あ、あー、梁子、その辺は話してないんだな?」
「え、えっと……はい」
「まあ、説明するのは難しいか……。実際見てもらった方が早いか? 今も一緒についてきてもらってるんだけど、見る?」
「えっ? どこどこ? 見る。見たい!」
「そう。じゃあ……今は人があんまりいないし、いいよ。ゲンさん、ちょっと出てきて」
「あ、はい。どうも初めまして……」
美空がちらりとトートバッグの口を開けると、小人のゲンさんが顔を出した。
ゲンさんはよそ行きのオフホワイトのジャケットを着ている。全体的に白っぽい印象だ。これも美空が全部作ったのだろうか。妙にちょい悪オヤジ感が出ている気がする。
「うわあ、本当だ……すごい」
思わず驚きの声を上げる千花。
「本当に、小さいおじさんなんだね……。ええと……初めまして。ゲンさん、っていうの?」
「はい。今日は、よろしくお願いします」
「千花です。よろしく。あの……さっそくだけど、その……ゲンさんも美空さんのこと……好きなの? 恋人同士ってホント?」
「えっ?! ええと……お恥ずかしながら……そう、ですね。オイラとミクはそのう……はい」
言いながら、真っ赤になってバッグの中に隠れるゲンさん。それを見て、千花はすべてを察したようだった。
「あ、わかった。もういい。ご馳走様。はあ……千花も早く不二丸とこうなりたい……」




