4-5 大井住ムービーランドにて
「ふんふふーん、ふんふふーん……」
慣れない鼻歌を歌いながら、梁子は停車したバスから外に出る。
「到着っ!」
軽やかに地面に降り立つと、背後ではまだ美空がまごついていた。
梁子は振り返り呆れ顔になる。
「何してるんですか? 早くしないとバスの運転手さんや他のお客さんたちに迷惑ですよ?」
「あ、いや、その……大丈夫、ここまで来たからには……うん」
なにやら美空は外の景色を見て怖気づいているようだった。
梁子たちはとあるテーマパーク前のバス停にやってきていた。バス停の向こうには高い塀がそびえたち、少し離れたところには大きな門がある。通りには、夜9時をまわっているというのにまだけっこうな数の人がいた。
「いいから早く……降りてきてくださいっ!」
「わっ! おい、引っ張るな!」
美空の手を取り、強引に引きずり下ろす。
出入り口の扉が閉まり、クラクションを鳴らしながらバスが走り去っていった。
美空はというとキョロキョロあたりを見回しながら、梁子の手を振り離そうとしている。
「はっ、離せ! ただでさえ人目につくのが嫌だってのに……こんなことされたら余計目立つだろうが!」
「ああ、すみません。つい……。それにしてもよく一緒に来てくださいましたね」
「梁子がどうしてもって頼み込むからだろう? 本当はアタシは来たくなかったんだ。それを……。だからっ、いい加減離せって!」
「はいはい」
怒り出しそうになったので梁子はあわてて手を放す。
美空は久々の外出ともあって、ばっちりとおしゃれをしてきていた。赤系のチェックワンピースに大きめのトートバック。髪型も、前髪を赤いピンで留めた後、三つ編みを横に一房垂らしている。
梁子はいつもの黒っぽいシャツとロングスカートだった。ザ、地味ファッション。通常運転である。
「はあ、知らない子も来るっていうし……気が重い。あーやだやだ。どうして来ちゃったんだろ」
「今更後悔しても遅いですよ。それに……本当はまんざらでもないんでしょう? いい機会じゃないですか。わたしも今日は楽しみにしてたんです。その子も友達がいないんで……今日はみんな友達がいない者同士、仲よくやりましょう?」
「はあ……まあ、いいけどさ。それより、夜ならそんなに人がいないって言ったのはどこのどいつだ? 全然少なくないじゃないか。いったいこれは……どういうことかな?」
「あ、あらー? そうですね。わたしもここ初めて来ましたので……ちょっと情報不足でした。さすがに土曜ですし、それなりに人いましたね。うへへ」
「笑ってごまかすな。はあ、結局こうなのかよ……まったく」
「普通の映画館でしたら、この時間帯は本当に人がいない……みたいですけどね。でも、ここは特別なテーマパークですから。映画館以外もありますし……。まあ、いいじゃないですか。ほら、待ち合わせ時間に遅れちゃいますよ。早く行きましょう!」
「……」
急かすようにさっさと歩き出す。
美空が動こうとしないので、梁子はまた右手を差し出した。
「また、手、つなぎますか?」
「わーかったよ、もう!」
そう言って、しぶしぶ美空も歩き出す。
大井住ムービーランドは、数年前に大井住市の東側にできた、映画関連のテーマパークだ。
もともとここには映画の撮影所があり、さらに映画館や複合商業施設も併設されていた。
あるとき施設を大幅改装することになり、「どうせやるなら」と映画会社は大型テーマパークとして再リニューアルさせることを決意した。
ちょうどその頃、大井住市の発展が目覚ましいこともあったのが一因とされる。大井住学園関連の集客数を見込めると判断した会社は、優秀なエンジニアに設計させて最新の映像技術を取り入れた映画館や、VRゲームのようにリアルな映像体験ができるアトラクションなどを建設した。
そのもくろみは見事当たり、今では都内でも一、二を誇る人気テーマパークとなっている。
梁子は、ここへはまだ一度も来たことがなかった。
映画館だけだった頃には幼いときに家族と来たような気もする。だが、テーマパークがオープンしてからは初めてだった。
千花が勧めてきた映画は、このテーマパーク内の特殊な映画館でないと観られないらしい。どんな映像なのか詳しくは知らなかったが、調べてみると世界でもまだ数か所でしか放映できない実験的な技術を用いた映画、らしかった。
「千花ちゃんは入ってすぐの広場にいるそうです。って、美空さん、ちゃんとついてきてますか?」
「ああ、いるよ! ちゃんといる! 後ろ見てみな!」
携帯端末で千花からのメッセージを確認しながら、美空の姿を確認する。
美空はふくれっ面をしながらも、梁子のすぐ後ろをついてきていた。ダメもとで誘ってみたのだが、思いの外ここまで来てくれたことに、梁子は心底ホッとしている。
あとは千花と合流した後……だが、不安で仕方ない。
けれど、それはたぶん美空も同じ思いだろう。千花にいたってもそうだ。三者三様に期待と惧れを抱いている。
門をくぐり、パーク中へ足を踏み入れると、レンガのような石畳の中心に大きなクリスタルがそびえたっていた。ちょうど人の背丈の倍くらいである。結晶の中では、まるでテレビのように映像がめまぐるしく変わっていた。映画の告知だろうか。施設の情報も別枠で表示されている。
「セーブポイント……?」
「あ、それ、わたしも一瞬そう思いました」
「すごいな……これ、どうやって映しているんだ?」
青白く光る水晶体の周りには、五つほどの大きな建物が円を囲むように並んでいる。
それぞれ、「映画館」「ゲーム体験館」「アニメ体験館」「自然・宇宙体験館」「フードコート館」と建物の前面に書かれてあった。
「あれ? おかしいですね……」
広場にいるはずの千花の姿が見えない。
待ち合わせ場所である、中心のクリスタルの前まで行く。
すぐさま梁子たちのもとへ緑やピンクの発光体が寄ってきた。それらは幻想的に梁子たちの周囲を飛び回っている。よく見るとそれは小さな妖精たちだった。蝶のような羽を淡く光らせて、ゆっくりと羽ばたいている。どういう仕組みはわからないが、それは精巧にできた機械人形のようだった。
「ゲンさん、これって……」
「ええ。オイラもこいつらと同じ恰好すれば不審に思われないですかね?」
美空がトートバッグへと、そっと話しかける。すると、中からひょっこり小人のゲンさんが現れた。人目からかばうように会話していたが、たしかにその姿はこの妖精たちと同じくらいの大きさである。
『ようこそ、大井住ムービーランドへ! ぼくはフェア』
『わたしはエアリーだよ! 今日は何をしに来たのかな? 行きたいところを案内するよ!』
急に妖精たちが話しはじめる。
これはこのテーマパークのマスコットキャラクターだった。たぶん案内用ロボットか何かなのだろう。だが、特に用はなかったので、梁子たちは無視する。やがて、フードコート館の方から千花が小走りでやってきた。その手には大きなクレープが握られている。
「ようやく、来た。遅い……待っていられなくてクレープを食べていた」
「すいません、千花ちゃん。あ、こちらが小泉美空さんです。美空さん、こちらが大庭千花ちゃんです」
「はじめまして」
「……ふっ、ふおおおおおっ!」
「……?!」
突然奇声をあげた美空に、千花と梁子はびっくりする。
「ど、どうしたんですか、美空さん!?」
「いや……なんて可愛らしいんだ! パッチリお目目に、フリフリの服! まるで等身大のドールじゃないか!」
「えっ?」
両手を胸の前で組み、うっとりしながら千花を見つめる。
どうやら美空は、千花を愛しの人形と重ね合わせたようだった。
それもそのはず、今日も千花はバリバリのロリータファッションでキメていた。若草色のクラシカルなドレスは、フリルやレースがふんだんに使われている。まるでお姫様のようだ。厚底のヒールを履いていても、千花の小さな身長ではその可憐さはまったく損なわれない。いつものウエーブのかかった黒髪には、わずかなカスミソウとともにミニハットが乗せられていた。
美空の豹変ぶりに、千花と梁子は困惑する。
「えっと……この人、何?」
「どうやら千花ちゃんの可愛さにやられてしまったようですね」
「はあ……。あの、美空さん? 今日は、よろしく」
「あっ、はい! アタシ美空って言います。こちらこそ、仲良くしてください!」
「う、うん……」
苦笑いを浮かべながら、千花は残りのクレープを口に入れる。
「じゃあ、そろそろ始まる時間だから行こうか」




