表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
4軒目 犯罪者の棲む家
71/110

4-4 【大庭千花の提案】

「これ……観たい」


 大庭家のリビングでテレビを鑑賞していた千花が、ぼそっとつぶやいた。

 そこにはある映画のCMが流れている。


「映画ですか。4月29日ロードショー。もうすぐですね」


 千花の膝の上で寝そべっていた黒の柴犬が、人語を話す。

 式神の不二丸だ。


 しばらく見ていると、またもう一度同じものが放送された。この番組はよほどこの映画会社からスポンサー料をもらっているとみえる。

 続けざまに流れた映像に、千花は身を乗り出した。


 ――黒い猫が走るシーン。

 そこから一転、雨の中を怪しげな魔法使いがやってくる。

 黒猫は地面に倒れ、今にも死にかかっている。

 魔法使いは魔法薬を使って猫の命を救う。元気になった黒猫は、とある目的地へと向かう。

 そこは人さらいのアジトだった。黒猫と仲よくしていた少女が囚われており、黒猫は彼女を助け出すために戦いを挑む。

 魔法の薬で不思議な力を得ていた黒猫は、人間の姿に変身して活劇を繰り広げる。

 はたして黒猫は愛する少女を助け出せるのか――。  


『魔法猫ファンネーデル、VR3D、4月29日ロードショー』


 題字と公開日が現れて、映像が切り替わる。

 今度は新発売の清涼飲料水のCMだ。


『奥日光の天然水、バナナ味出た! バナナ、バナナ~、バナバナナ~』


 見ざる言わざる聞かざるの三猿がバナナを持って、歌い踊っている。

 千花はテレビを消すと、手元の携帯端末で先ほどの映画を詳しく調べ始めた。

 映画の公式サイトを検索して、あらすじやキャストなどをチェックする。


「やっぱり主人公はあの猫……それで恋愛映画……か。うん、面白そう」

「千花様。そんなに観たいんですか、この映画」

「うん。ちょっとね、ストーリーが気になってる」

「ストーリー?」

「そう。猫が人間に変身する……それってまるで不二丸みたい、でしょ?」

「なるほど。たしかにそうですね……まあ、僕は犬ですけど。それで観てみたくなったんですか?」

「うん。なにか、親近感がわいたの。それにこのファンネーデルって猫、どうしてそこまでこの少女を愛するようになったのか……それも気になって。少女が攫われるまではただの仲のいい友達だったらしいんだけど。不思議……。人間の姿にしてもらったから、かな。わからない。ねえ、不二丸はわかる? この猫と少女のこと」


 まっすぐな瞳で千花は不二丸を見つめる。その目はなにかしらの期待がこもっている目だった。けれど、じっと見つめられても不二丸は困ったように首をかしげるだけだ。


「ええと千花様、すみません。僕には……よくわかりません。その……きっと僕も同じような目にあったとしたら、必ず千花様を助け出しに行くと思います。それはお誓いできます。でも……それが恋愛ってものかどうかは」

「……うん、そうだね。ありがとう不二丸。それでいいんだよ」


 少し残念そうな笑みを浮かべて、千花はギュッと手をにぎりしめる。


「千花たちは……映画の子たちとは関係が違う。主と従者、そういう関係。そういう『絆』しかない。でも……この映画には……それ以上の『絆』があるって、そういう『夢』が描かれてるの」

「夢?」

「ねえ、千花は……不二丸が好き。不二丸は?」

「僕も千花様が好きですよ!」


 しっぽをぶんぶん振りながら、嬉しそうに言う不二丸。

 だが、千花はそうではないという風に首を振った。そっと体を離すと、命令する。


「不二丸。人型に変化へんげして」

「……えっ? はい」


 ためらいつつも、不二丸は犬から人間の青年の姿へと変身する。それは実体ではなく、あくまで幻影だ。千花はその手をとった。実際にはそれも、「手を握っている」と錯覚しているに過ぎない。


「千花は……不二丸とこうして手をつないで街を歩いたり、映画にも一緒に行ってみたい。外でお食事したり、買い物もしたいと思ってる。でも……まだ不二丸は術の力が不完全だから、人の多いところに出掛けることはできない。一度にたくさんの人に幻術をかけられないから……きっと混乱を招く。今はまだそんなことできる状態じゃないって、わかってる。でも……早くそうしたいと思う。それは、不二丸が千花の大事な『ペット』だからじゃない」

「えっ? なに? 僕、千花様の大事なペットじゃないんですか?! しょ、ショックです! た、たしかにまだ式神として未熟ですけど、千花様の願いであればもっと頑張って修行してですね……」

「違う。間違った。そうじゃない。不二丸は大事なペットだし、大事な式神。それはたしか。でも……それだけじゃない……って意味」

「えっ? 千花様?」


 主従の絆を否定されたと感じた不二丸は一瞬あわてたが、すぐに訂正されたので落ち着いた。

 でも、それだけではないというのは一体どういう意味なのか。食い入るように見つめる。


「千花は……不二丸が好きなの」

「あ、はい。それはさっきも……」

「それは……恋人になってほしい、って意味なの。でも不二丸はそうは思っていない。それはわかってる。だから、これは千花だけが思ってることなの。千花だけが思っていればいいこと……」

「あ、あの……。すみません、千花様。僕……」

「いいの。不二丸はそのままでいて。ただ、いつも通り千花の傍にいてくれればいいから」

「千花様、そうは言ってもですね……」

「とりあえず、この映画を観たら……そんなモヤモヤが多少は解消できるかもしれない、そう思ったの。だから、観に行きたい」

「そう、ですか……あの、なんかすみません。僕は……そこへ一緒に行けない、と思うので……」

「うん、いいの。この映画は一人で……ううん、梁子さんと行くつもりだから」

『何? 梁子とか?』


 鈴を転がしたような声が突如聞こえてきた。

 すうっと千花たちの目の前に、半透明の童女が現れる。それは藤柄の着物を着た、大庭家の屋敷神トウカ様だった。


『珍しいの。千花よ、いったいどういう風の吹き回しじゃ。映画など、幼いころにお前の両親と三人で行ったきりではないか。梁子たちと行くなど……』

「梁子さんは友達。そういう関係だって、この間お互いに確認した。だから……」

『ああ、たしかそんなことを言い合っとったなぁ……』

「だから、友達らしいこと、したいの」

『そうか。それはわざわざ結構なことじゃ。せっかくなのだから楽しんで参れよ』

「うん。じゃあ、さっそく電話する」


 宣言通り、千花はすぐに梁子に連絡を取った。


『はい。もしもし? どうしました、千花ちゃん』


 落ち着いた梁子の声が携帯端末の向こうから聞こえてくる。


「あ、梁子さん。お久しぶり。あの……ちょっと頼みがあるの」

『はい、なんですか?』

「今度梁子さんと、一緒に映画を観に行きたい」

『えっ?! 映画……ですか?』


 驚きの声があがった後、沈黙がしばらく続く。 


『…………』

「あの? 梁子さん?」

『あっ、ああ、すいません! フリーズしてました。そんなお誘い……生まれて初めてされたものですから……うううっ!』

「あの、大丈夫? 泣いてる……の? 千花も初めて誘うんだけど……良かった、嫌だから黙ったのかと思った」

『い、いえいえ。そんなわけないですよ。すごく嬉しいです! あ、ちなみにどんな映画ですか?』

「魔法猫ファンネーデルっていう、29日からやる映画。最新のVR3Dらしい。ちょっと料金が高いんだけど、大丈夫?」

『え、ええ、大丈夫ですよ。嬉しすぎて……もうなんだって構いません。あ、もちろん面白そうだなあって思ってますよ』

「そう、それなら良かった」

『あ!』


 ホッと胸をなでおろしたところで、梁子が思い出したように声をあげた。


「どうしたの? 梁子さん」

『あ、いえ……ちょうどタイムリーだったなあって……。あの、千花ちゃん。もう一人……お誘いしてもいいですかね?』

「えっ、もう一人?」

『はい。あの……ほら、この間ちょっとお話したじゃないですか。小人さんと暮らしてる女性って……』

「ああ……うん、憶えてる。小人から友達になってあげてって頼まれた人でしょ?」

『はい。あの人も連れてっていいですかね?』

「ええと……」


 千花は言いよどんだ。

 ただでさえ、初めて友達と映画を観に行くのに、そんな知らない人が紛れ込んだらどういう状況になるのだろう。予想がつかない。梁子だけならまだしも、わけのわからない人がいるとなると……もしかしたらなにかトラブルになるかもしれない。最悪、ひどい一日になってしまうかもしれない。

 そうした不安で黙っていると、梁子はあわてて申し訳なさそうに言ってきた。


『あ、すいません! せっかく千花ちゃんとの初めてのお出かけなのに……デリカシーなかったですよね。嫌でしたよね、ごめんなさい! そんな当たり前のこと……どうしてわたし』

「梁子さん」

『……はい?』

「いいよ」

『へっ? いいよって……あの?』

「だから、その人も連れてきていいよって言ったの」

『えっ、本当に……いいんですか?』

「うん。その人も、その……小人さんと仲良いんでしょ。だったらその映画、たぶんぴったりのテーマじゃないかな」

『そ、そうなんですか? わたしも、いったいどんな映画なのか調べておきますが……じゃあ、お誘いしてもいいんですね? あ、ありがとうございます。あの……どうしてかっていうとですね、その女性、ずっと引きこもりだったんですよ。それで……もっと外に出ないとってうながしている最中だったんです。だから……これ、いい機会じゃないかって思って……。すいません、利用したみたいになってしまいました』

「いいよ。千花もその人の役に立てるなら、嬉しいし。それに千花だって、その機会利用してみたい。その……梁子さん以外の友達が、できるかもしれないし」

『え? あ、そうですね。じゃあ、ぜひよろしくお願いします! その方は……ええと、小泉美空(みく)さんといいましてですね、小人さんの方はゲンさんといいます。一応説明しておきますが、二人は……えっと、恋人同士……みたいです』

「……! や、やっぱり、そう……」


 衝撃的な発言に、ショックを隠せなかったが、千花はなんとか平静を保とうとした。


「じゃ、じゃあ、29日が公開日だから……その日にお願いする、かも」

『わかりました。美空さんが最終的にOK出してくれるかはわからないですけど……また追って連絡しますね。それじゃ! お誘い本当にありがとうございました!』

「うん……」


 通話が終わると千花はへなへなとソファに倒れこんだ。

 その姿を見て、脇にいた不二丸がうろたえる。


「だっ、大丈夫ですか?! 千花様!」

「大丈夫じゃ、ない。不二丸、膝枕して……」

「えっ、あ、はいっ! ただ今っ!」


 ささっと位置を移動して、不二丸は千花の頭を自分のひざの上に載せる。

 そこにも実体はないが、千花の頭を浮かせる術だけは施されていた。もちろん、ほのかに体温や、着ている執事服の感触も再現されている。

 千花は不二丸の膝枕を堪能しながら、またテレビをつけた。

 するとちょうど同じ映画のCMが流れている。


「はあ……『先輩』だ。千花、その人に相談しようかな……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ