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上屋敷梁子のふしぎな建物探訪  作者: 津月あおい
3軒目 一寸法師に案内された家
65/110

3-17 真壁巡査とのデート4

「そう、ですよね。こんな思いを向けられても……上屋敷さん、ご迷惑ですよね」


 そう言ってしゅんとする真壁巡査に、梁子ははっきりと告げる。


「わたしは、あなたの気持ちに応えられません。もっと、向き合ってくださる方と……恋愛なさった方がいいです。わたしが言うのもなんですが……」

「俺はっ、上屋敷さんがいいです! 他の誰でもない、あなたが……」

「そう言ってくださって、ありがとうございます。わたしも……上屋敷家の人間でなければ、アナタと付き合えるかもしれない、そう思ったりしました。でも……わたしは家を捨てることができません。あの家を引き継ぐ『使命』があるんです。アナタをお迎えする……そんな未来も想像しましたが、やはりできないとわかりました。だってそうでしょう? アナタは警察官で……こんな怪しげな家に入るなんて、とても現実的じゃないですよ」

「それは……100%そうとは言い切れない、と思いますが……」

「もしその神様が人を殺すような神様でも……ですか?」

「……!」


 殺す、という表現に、真壁巡査の表情が若干険しくなる。


「うちの神様は……上屋敷家を守るためなら、家の者を守るためなら……平気で人を呪い殺せるんですよ。『そういう』恐ろしい力をもった神様なんです。科学的に証明はされないでしょうが……」

「それって……」


 聞き捨てならない言葉に、真壁巡査がハッとする。


「以前、俺、聞きましたよね? なにか犯罪に巻き込まれているんじゃないですかって。それは……あなたの家のことだったんですか。誰かを、呪い殺す予定でもあるんですか?!」

「真壁巡査」


 梁子は一呼吸おいて言う。


「別に……そんな予定はありません。ですが、わたしが誰かに襲われた場合、そのときは神様が術を発動させることでしょう。相手を呪い殺す術を……。普通に相手は原因がわからないまま、死に至ります。そして……誰かをそうして殺すことができれば、上屋敷家は今までとは比べ物にならないほどの莫大な富を、手に入れることができるんです」

「そんな……そんな不可思議なことが……」

「これは『緊急事態』のみの話です。普通はわざわざこちらから他人を殺めにいくようなことはしません。むしろ、そんな事態を回避するために、わたしたちはそのお力を『うまく』調整して生きてきたんです……。細々と恩恵を得られるように。誰も傷つけず、自分たちだけで……完結するように。むやみに人を殺すようなマネはしたくないんです。でも、もし……万が一、誰かに危害を加えられたとしたら……? そのときは……一族の命を守るためならば、わたしたちの神様はきっとどんなことでもするはずです。そのときアナタは、警察官としてわたしたちのそばにいられますか? 誰かが変死する様を……見届けられるんですか? きっと……できないはずです」

「それは……」

「ですから」


 梁子はそこで言葉を切った後、深くお辞儀をする。


「ありがとうございました。真壁巡査。そのお気持ちだけで……とても、嬉しかったです。ありがとうございました」


 真壁巡査はいまどんな顔をしているだろう。表情が、見れない。どんな気持ちでいるのかも、梁子は聞くことができなかった。

 ただ頭を下げて、待つ。

 ボートの床を見つめていると、暗い声が上から降ってきた。


「俺は……あなたにはふさわしくない。そういうことですね?」

「……はい。残念ですが」

「そうですか。なら……諦めます」


 真壁巡査は、そう言いきった。

 梁子はくっと喉を鳴らす。なにかこみ上げてくるものがあったが、理性でそれを押しとどめた。ここで泣いたら、ダメだ。さっきみたいに泣いたら、きっと相手の決心を鈍らせてしまう。

 梁子はぎゅっと一瞬目をつぶってから、顔をあげた。


「わかって……いただけましたか。ありがとうございます。あの、くれぐれもこの話は口外なさらないでくださいね? 真壁巡査がそういう人ではないというのは信じておりますが……念のため……」

「……上屋敷さん」

「はっ、はい」

「俺……上屋敷さんを好きになれて良かったです。まさか、こんなお話までしてくれるとは思わなかったけど……でも、それぐらい、真剣に考えてくださったってことですよね? 俺のこと……。まだお話の全部は信じられないですけど、でも、信じるしかないんですよね。きっと……すごく悩まれましたよね? これ以上はもう俺のことで悩まなくてもいいです。あなたを好きでいることは……もう、諦めますから。でも、これからは……これから『も』、一警官としてあなたを守らせてください。それが、唯一自分にできることですから……。いいですか、上屋敷さん!」


 それは、どこまでも明るい声だった。

 ああ、なんてまっすぐな人なんだろう。自分もこの人を好きになって良かった。これで、これ以上傷つけることをしなくて済む……。

 梁子はそう思い、安堵の息を吐く。


「ありがとう、ございます……真壁巡査。わたしなんかを、これからも守ってくださる……そんな風におっしゃっていただけて……」


 わずかに微笑むと、どこか心の一部が軽くなったように感じた。


「そのお言葉で、とても、救われました。アナタがこれからもどこかでわたしたちをひっそりと見守ってくださるのなら……この街の安全を守っていただけるのでしたら、安心です。もし……」

「はい?」

「もしもの話ですけど……。もし、わたしや、わたしの家族が最悪の事態になったら、真壁巡査はどうされますか? アナタは……神様の力で人を殺した者を捕まえるんですか?」


 最後に、これだけは聞いておこうと思った。

 法律的にはどうなるのか。それは、梁子が気になっていたことの一つだ。


「……難しい、ですね。自分がその場にいるかどうかというのもありますが……それを裁くのは自分じゃないですからね。不思議な力で相手が死んだとしても……それを『あなたがやった』とか『あなたの神様がやった』と実証できないのであれば、罪に問われることはないでしょう。自分が捕まえられるかどうかもわかりません。過剰防衛という罪にあたるのかもしれませんが……それすらも実証されないとなると逮捕の判断が難しくなりますね」

「そうですか……まあ、そういった事態にならないよう、気を付けます。普段からも防犯を心掛けてはいますが……」

「ええ。そうしてください。自分も、上屋敷さんが危険な目に遭うのは嫌です。はあ……そうか……上屋敷さんの第一印象が不思議だと感じたのは、このことがあったからか……」


 ぶつぶつとつぶやきながら、真壁巡査はまたオールをこぎはじめる。

 梁子はなんとなくその姿を見つめた。

 もう、こうしてゆっくり会うこともないのだと思うと、妙な感傷に支配される。


「真壁巡査……」

「はい?」

「わたしも……会えて良かったです。アナタに、好きになってもらえて……アナタを、好きになれて。本当に……良かった」

「上屋敷さん……」


 オールを止め、真壁巡査がこちらを見る。


「あの……自分と上屋敷さんは……両思い、だったってことでいいんですか?」

「はい?」

「えっ、だってそうでしょう。立場的に付き合えなくても……好き、同士……だったんですから……」

「あっ、え、えっと……」


 指摘されて初めて、梁子はそうだと思い至った。思わず顔が熱くなる。

 ふと顔をあげると、真壁巡査も赤くなっている。


「ああ、まったく、惜しいなあ……。俺も好きで……上屋敷さんも好きになってくれたっていうのに。どうして付き合えないんだ俺たちは……はあ……」

「そ、それは……」

「あ、冗談ですよ。冗談。諦めたって、さっき言ったでしょう? でも……」

「えっ?」


 ぐらり、と一瞬ボートが揺れる。

 気づいた時には肩に手が置かれて、ぐい、っと顔が近づけられていた。

 軽くあたたかいものが押し当てられる接触。

 真壁巡査から、梁子は口づけをされていた。


「すみません。これで全部、なかったことにしてください。そうじゃないと……俺……」

「真壁巡査……」


 ボートがバランスを崩しそうになったので、あわててまたもとの位置に真壁巡査が座りなおす。


「おっと、危ない! すいません。危険なことして……。ああっ。訴えられても……いえ、ブタ箱送りにされても文句は言えないですね、これは……」

「あの……」

「申し訳ありません! どうしても、この気持ちを抑えきれなくて。だって……こんなの、あんまりだ! あなた自身の気持ちだって無下にしている……!」


 梁子は口元を押さえて震えた。

 こんなことをされたのは初めてだった。家族以外の誰かに、触れられることすらめったにないのに。

 サラ様は、こんなとき、いつもいったい何をしているのだ。

 さっきだって……引き寄せられた。いとも簡単に。今なんて……。さらに信じられない。


 ふと振り向いた真壁巡査は、梁子の異常を見てとたんに顔色を蒼くした。


「えっ? あ、あの……? ど、どうしました? 嫌でした? き、気持ち悪かったです、か? あ……あの、ちょ、調子に乗りすぎました! すみません! ど、同意もなかったのに、勝手に……あ、あああ……な、なんてことを……自分は……!」


 我に返ったのか、真壁巡査は頭をかかえて苦悩しはじめた。 

 たしかに、急にキスをするなどわいせつ行為の何物でもない。いくら恋愛感情を持っていようと、さすがにやりすぎだっただろう。

 しかし、梁子が震えていたのは別の理由だった。


「あの、真壁巡査、そんなに心配なさらないでください。あの……い、嫌ではなかったですよ。びっくりはしましたけど……あの、誰かにキスされたのって……はじめてだったので。あと……なんで、こんなことをされたのか疑問で。あ、諦めたって、おっしゃいましたよね?」

「あ……そ、そうですね! あああ、そ、そうだ。それなのに……。上屋敷さん、すみません! あと、ファーストキス? だったんですか? ああっ、あの、本当にすみません! すみません!」

「あの、真壁巡査……」


 いままでにないくらい動揺している相手を、梁子はどうにかして落ち着かせようとした。

 けれど一瞬、とある光景が視界の端に映りこむ。

 それは真壁巡査の後方、ボート乗り場近くの自動販売機のあたりだった。


 大きな黒いバイクが一台止まっていた。乗っていたのは、全身真っ黒いライダースーツを着た人物だ。その人物は地面に降り立つとフルフェイスのヘルメットを外す。自販機の前に立ち、ゆっくりと飲み物を選んでいる……。

 梁子は、その人物に見覚えがあった。

 思わず目を見開く。


「あれは……み、宮間さん?」


 梁子は意外な人物を発見し、激しく動揺した。

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