3-13 奉納の儀式3
梁子は自宅に戻るとお堂の中に入った。
夜のため、ひんやりとした空気が流れている。
部屋の明かりをつけると、壁際の棚から製図セットをとりだした。
床に三椏紙を広げる。自分の血が入ったインク壺にガラスのペンをつけると、さっそく小泉邸の間取り図を作成していく。
「まず、庭に車一台分の駐車場……と。道路に面したところにアコーディオン型の伸縮性の門扉……二階建ての一軒家の外壁は白。屋根が緑。玄関は黒い金属製の扉。白い格子がついた出窓がいくつか。一番の目玉は……このコーナー窓!」
外観をさらさらと描きあげながら、次に一階の間取り図を別の場所にものすごい速さで描いていく。
「玄関からまっすぐ伸びている廊下の右手にLDK。左手の手前には6畳ほどの和室。左手奥に脱衣所。そして風呂場。階段は折り返しになっていて、その左手に収納庫。右手にトイレ。次に二階は……」
梁子は定規も使わずに完成させると、続いて二階の間取り図も描きはじめた。
「階段を上がったところに一帖ほどの廊下。右手の手前が洋室の書斎。左手が夫婦の寝室……この部屋には唯一ベランダが存在してましたね。そして、右寄り奥に6帖ほどの美空さんの部屋。この部屋にコーナー窓がありました。ちょっと別の余白に特筆しておきます……部屋の角部分がちょうどそのコーナー窓、と。内側に支えとなる支柱が存在していて……この支柱には部屋の壁紙とおなじものが貼られていました。出窓の上にカーテンレールはなく、目隠しとして鉤針編みのレースが突っ張り棒にかかっていた。この部屋には普通の出窓も存在していて、わりと日当たりのよい部屋でした……」
あらかた書きこみ終わると、梁子は住民のゲンさんについても注釈を入れる。
「美空さんの家族構成は書きましたが、ゲンさんは居候ですからね。ええと……時間の妖精、通称小さいおじさん、っと。本当に、最近不思議な家というか……不思議なものと出会いますよね。こんなことってあるんですね」
『本当だな。なぜ、この時期なんだろうな……何か理由があるのか……』
「えっ? 何か言いました?」
『いや、きっと気のせいだな』
「サラ様、さっきから何を言ってるんです? 意味わからないままじゃなくて、ちゃんと説明してくださいよ」
『なんでもない。それより、早くそれをよこせ』
「はいはい。あーもう……しょうがないですね。ではサラ様、ご奉納いたします。時間の妖精がいる小泉家の間取り、お納めください」
サラ様が口を開けると、間取りはするすると口の中へと吸い込まれていった。
もぐもぐした後大きな音を立てて飲み込む。
『うむ。ああ、美味い家だった! ご苦労だったな、梁子』
「いえ」
『今回は邪魔が入らんでよかったわい』
「え、入ったじゃないですか」
そう言って、床に置いておいた一冊の辞書を手に取る。
『それは、邪魔になる前に処分したろう。だから「入ってこなかった」ことにする』
「違うでしょう? 衣良野さんがこんな状態になって……エアリアルさん何かしてこないですかね? その……美空さんのところに。他の『物の精』さんたちが来ませんかね? わたしは不安です。またこの間の正吉さんのように……」
『それは平気だろう。もし何かしてくるとしても、次にわしと相見えるときは向こうは全滅だ。そんなリスクを冒すとは思えん……。するとしたら、この辞書を引き渡してもらいたいという「交渉」くらいだろうな。そう、わしはふんでいる』
「そうですか……。それにしても、どうしてエアリアルさんはわたしたちを監視しようとしてたんでしょうね。衣良野さんの言うとおり……わたしたちが屋敷神のこと説明しないってわかってたからですか。まだ一度もきちんとお呼ばれしてないのに……信用ないですね、わたしたち」
『それを試すまでもなく、わかってしまったのだろうよ。天才とはそういうものだ。最初から無理と判っているなら、そこに労力や時間を割くよりも、別のことに有効に使ったほうがよいと考える』
「そんな。だとしたら本当に心外ですよ……」
『心外って、だったら話せるか? できんだろうが』
「まあ、そりゃそうなんですけど……なんか別のお手伝いができたかもしれませんし」
『はあ……とにかくこの件は相手方の出方を待て。良いな? で、その辞書はどこに置くつもりだ』
「え? あ、この棚に置いとこうかと……」
そう言って、梁子はちゃっかり三椏紙が入っていた棚に置いてみる。
『おいおい、そこに置くな。そこにあったら大黒が見てしまうだろうが!』
「あ、そうですね。それはちょっとまずいですか。となると……やっぱりわたしの部屋ですかね」
『そうしておけ。わしだって、ここにあったら胸糞悪いわい』
「はい。じゃあ、持っていきます」
そう言って辞書をバッグにしまおうとすると、携帯端末の着信音が鳴る。
このメロディはメールではなく、電話の方だ。
まさかもうエアリアルが? と思わず梁子は身構える。
『出ろ』
「サラ様、でも……」
『いいから早く出ろ』
「は、はい……」
バッグの中から出して、梁子は画面を見て驚く。
そこにはエアリアルの名前ではなく、番号だけが表示されていた。
おかしい。エアリアルならば登録したから名前がでないということはないはずだ。別の電話からかけてきているのだろうか。梁子はためらいながらも、通話のボタンを押す。
「はい。もしもし」
すると、受話口からは陽気な男の声が聞こえてきた。
「あ、上屋敷さんですか? 夜分遅くにすみません」




